2017年11月13日

教育無償化について考える-3~5歳完全無償化より待機児童解消、質向上を優先すべきでは

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1――はじめに~消費増税による2兆円の税収増で幼児教育無償化、3~5歳は完全無償化の方針

今、教育無償化に向けた議論が推し進められている。9月25日の経済財政諮問会議にて首相が言及したように、2019年10月予定の消費税率2%への引き上げで得られる5兆円の税収増のうち、おおよそ2兆円程度が教育無償化を含む「人づくり革命」に充てられる方向だ。

会議後の記者会見要旨によると、「人づくり革命」として、(1)所得が低い家庭の子供達の大学など高等教育無償化、(2)幼児教育の無償化(3~5歳は完全無償化、0~2歳は低所得世帯の無償化)、(3)待機児童解消の前倒し(2020年度末までに32万人分の受け皿整備)、(4)介護離職ゼロに向けた介護人材の確保、(5)リカレント教育の推進、(6)社会人の多様なニーズやIT人材教育等に応える大学などの高等教育改革が含まれる。

このうち「(2)幼児教育の無償化」に必要な公費は、詳細な政府公表資料は見当たらないようだが、各種報道によると1、政府試算では3~5歳の完全無償化には年間約7,300億円、0~2歳の全員無償化には約4,400億円必要とのことだ。この試算は今年4月頃、与党で「こども保険」の構想が議論された際に内閣府が試算したもののようだ。

この試算は緻密な仮定に基づいているのだろうが、予算ありきとなることもあるだろう。また、未就学児の子を持つ女性の就業率は上昇傾向にあるため、今後、幼稚園と比べて費用のかかる保育園へ通う子供が増えることで、少子化が進行しているとはいえ、無償化にかかる予算の拡大が見込まれる。

本稿では、特に3~5歳の幼児教育の無償化について考える。あらためて母親の就業状況や現在の未就学児の就園状況を確認し、3~5歳向けの政策として教育無償化が妥当なのかを考えたい。また、家庭が実際に負担している幼稚園児にかかる学校教育費と保育園児にかかる保育料2から、3~5歳の教育無償化にかかるコストを試算する。
 
1 「幼児教育・保育の無償化、公費1.2兆円必要、こども保険で内閣府が試算。」(2017/04/25 日本経済新聞朝刊4面ほか)。ただし、11/9の同紙によれば、政府は3~5歳の無償化対応に約8千億円を出す予定とのこと。
2 保育料については適切な統計データが存在しないため、国の定める利用者負担額の世帯所得別上限額を用いる。
 

2――未就学児の居場所~3歳以上の9割超が就園する中、無償化より教育・保育の「質」向上が優先では

2――未就学児の居場所~3歳以上の9割超が就園する中、無償化より教育・保育の「質」向上が優先では

図表1 未就学児の母親の就業率の推移 未就学児の子を持つ母親の就業率は上昇傾向にあり、2015年では最年長が6歳未満では49.7%、末子が0歳でも39.0%が働いている(図表1)。
 
働く母親の増加に伴い保育園ニーズが強まることで、幼稚園の就園率は低下傾向にある(図表2)。2015年4月施行の「子ども・子育て支援新制度」にて、幼保一体型施設として認定こども園の普及が図られた影響もあり、2016年から幼稚園の就園率は半数を下回り、2017年では46.5%である。
図表2 幼稚園就園率の推移 未就学児の居場所を各歳別に見ると(2014年の値であり最新値ではないが)、0~3歳では年齢とともに保育園児の割合が上昇する(図表3)。3歳からは幼稚園児が増えるため、3歳は9割程度、4・5歳では、ほぼ全員が就園している。

なお、より新しい値としては、各歳別の値は公表されていないのだが、厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成29年4月1日)」が参考になる。ここでは、0歳児の保育園利用率は14.7%、1~2歳児は45.7%、3歳以上児は49.3%とあり、現在では、図表3の保育園児の割合が全体的に若干増えた状況となっている。
図表3 未就学児の居場所(2014年) ところで、幼児教育の無償化の目的は、教育費負担の軽減に加え、幼児教育の有用性への期待がある3。後者については、ノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学ヘックマン教授の研究が有名だ。将来の所得や学力の向上、生活保護受給率の低下等に投資効果が最も高いのは幼児教育とのことだ。

一方で図表3より、日本では3~5歳の9割以上が既に何らかの幼児教育を受けており、無償化による需要喚起は期待しにくい。幼児教育の有用性への期待も無償化の目的の1つであるならば、保育士不足で保育の「質」の問題なども生じる中では、教育や保育の「質」向上に予算を充てるという考え方もあるのではないか
 
3 内閣官房人生100年時代構想推進質「幼児教育、高等教育の無償化・負担軽減参考資料」(人生100年時代構想会議第二回)
 

3――3~5歳の教育無償化にかかるコスト~幼稚園と保育園(上限額計算)で年間1兆4,600億円程度

3――3~5歳の教育無償化にかかるコスト~幼稚園と保育園(上限額計算)で年間1兆4,600億円程度

次に、3~5歳の教育無償化コストを試算する。(1)幼稚園児と(2)保育園児の利用者負担額を求め、最後に未就園児分を加味する。
 
1幼稚園児の教育費~年間3,644億円、給食費も含めれば4,076億円
幼稚園児の利用者負担額は、文部科学省「学校基本調査」や「子供の学習費調査」を用いて、学校区分別に在園者数に対して年間教育費(習い事等の学校外教育費は除く)の平均値を乗じたものを合算して得る。その結果、3~5歳の幼稚園児の利用者負担額は年間3,644億円、給食費も含めると4,076億円となる(図表5)。これらの値が3~5歳の幼稚園児の教育無償化にかかる年間コストとなる。
図表4 幼稚園児の学校区分別在園者数と年間学習費/図表5 現在の幼稚園児にかかる年間学習費
ただし、各世帯には自治体に申請をすれば世帯所得に応じて「幼稚園就園奨励費」が支払われる。平成29年度の「幼稚園就園奨励費」にかかる予算額は334.2億円であるため4、先の3,644億円と差し引きで利用者負担額は年間3,310億円となり、これが3~5歳の幼稚園児の教育無償化に新たにかかる年間コストとなる。

なお、2015年4月施行の「子ども・子育て支援新制度」より、新制度へ移行した幼稚園では、利用者負担額は保育園の保育料と同様、世帯所得に応じた金額となる。利用者負担額は、国の定めた世帯所得別の上限額以下で各自治体が決定する(図表6)。ただし、現在でも世帯所得に応じて、幼稚園就園奨励費補助額が支払われており、実質的な利用者負担水準は従前と変わらない設計となっている。
図表6 教育標準時間認定(1号認定)の子供の利用者負担上限額(月額)
 
4 文部科学省「平成30年度概算要求主要事項」における平成29年度の取組みより


23~5歳の保育園児の保育費~上限額で試算すると保育標準時間の場合、年間約1兆円
保育園児の保育料は世帯所得に応じた負担額となっている。ここでは、国の定める世帯所得別の上限額を用いて試算する5(図表7)。総務省「平成24年就業構造基本調査」を用いて、3~5歳の子供のいる家庭の世帯所得分布を仮定し、各層の年間保育料を算出し合算したものを、保育園児の教育無償化にかかる年間コストとする。現在の3~5歳の保育園在園者数は合計約159万人6である。この在園者数を世帯所得階級毎に分け、(図表8)、各層の在園者数に対して利用者負担上限額の年額(図表7)を乗じたものを合算し、3~5歳の保育園児の年間保育費を得る。

その結果、国の定める上限額では3~5歳の保育園児の年間保育費は保育標準時間(フルタイム就労を想定した保育時間)で年間約1兆円、保育短時間(パートタイム就労を想定した保育時間)で約9,900億円となる。つまり、幼稚園児の3,310億円に、さらに未就園児童が1割弱存在することを考慮すると、3~5歳児の完全無償化にかかるコストは年間1兆4,300億円程度となる。ただし、本稿の試算では上限額を用いているため、実際よりコストが大きく試算されている可能性が高い。
図表7  保育認定(2号認定:満3歳以上)の子供の利用者負担上限額(月額)
図表8 末子3~5歳・妻の年間就業日数200日以上の世帯所得分布
 
5 国の上限値は認可保育所等のもの。認可外保育施設では保育料が高額になりがちだが、利用者は3~5歳保育園児の約5%。
6 認可保育所等は厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成 29 年4月1日)」、認可外保育施設は「平成27年度認可外保育施設の現況取りまとめ」より。
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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