2017年08月08日

米国生保業界における2016年のM&A、事業再編等の動向-数と規模は対前年で減少、目立つ環境対応、守りの姿勢-

松岡 博司

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米国生保市場は世界最先端の生保市場である。歴史的にM&Aや事業の再編等もさかんに行われてきた。

本稿では、米国の調査会社であるコニング社の報告書”Global Insurer Mergers&Acquisitions in 2016 -Activity Slows but Pressures Remain-”を主な情報源、AMベスト社のBest’s Briefing “Mergers and Acquisitions in the Life/Annuity Marketplace,”を参考資料として、2016年の米国生保市場におけるM&A、事業再編等の動向をまとめる。

AMベスト社のブリーフィングは、案件数や取引金額といった統計部分にはふれず、M&Aや事業再編等の目立った動きをまとめたもので、一部の保険契約の譲渡や年金リスクの移転、前年に発表され当年に完了した取引、生保会社が他業態を買収した事例など、コニングよりも幅広い事例を分析対象としているので参考とした。

なお本稿では、生命保険・個人年金事業を行う生保会社のM&A、事業再編等を対象としており、医療保険会社のM&Aは対象としていない。ご注意いただきたい。
 

1――米国生保会社が関連するM&Aの全般傾向

1――米国生保会社が関連するM&Aの全般傾向

(1)件数、取引規模
グラフ1はコニング社がまとめた、1990年~2016年の、米国生保会社が買収者または被買収社として登場する生保会社間のM&A案件の件数と取引規模の推移である。2016年のM&Aは、13件、27億ドルとなっており、2015年と比較すると、件数が18件から13件へ、取引規模も102億ドルから27億ドルへと、大きく減少している。1年前、M&Aの勢いは2016年も持続するだろうとの予想が多かったが、実際にはM&Aの勢いはそがれた形である。

AMベスト社は、こうした状況の背景には、低金利環境によりもたらされた生保会社の保守化と米国労働省(DOL)が発出したフィデューシャリー・デューティー・ルールがあるとしている(後述)。
グラフⅠ 米国における生命保険会社M&A案件の推移
(2)個別案件
コニング社がまとめた2016年の13件は表1の通りである。このうち取引金額が10億ドルを超えた大型案件は、チャイナ・オーシャンワイドによるジェンワースの買収1件だけで、その他は小規模な案件であった。なおAMベスト社は、ティーチャーズ・インシュアランス・アンド・アニュイティ(TIAA)が地域金融機関エバー・バンク・フィナンシャル・コープを買収した案件(25億ドル)をもう1つの大型案件としている。またコニングは、統計の中に含めてはいないがとしつつ、実質的な最大案件は、メットライフの米国の個人生命保険・個人年金事業のスピンオフを通じた事業再編であるとし、トレンド分析で紹介している。  
表1 2016年 米国の生命保険会社をターゲットとする主なM&A案件

2――米国における2016年の生命保険会社M&Aに影響を与えた環境

2――米国における2016年の生命保険会社M&Aに影響を与えた環境

(1)日本から始まった低金利の伝播
コニング社は、ゼロ金利政策、マイナス金利政策によりもたらされた低収益が、2015年の日本の生保会社を、プラスのリターンを得るための海外買収に駆り立てたという。中国の保険会社による海外買収も中国経済が成熟化しリターンが穏健化していく中でリターンを最大化する手立てを捜しているのだと述べている。
 
(2)より高い資本リターンを求める欧州や米国の株主の期待
一方、欧州や米国では、より高い資本リターンを求める株主の要求が保険会社経営陣の判断に大きな影響を与えている。そこでは低金利環境もM&A等の売却側の大きな理由となる。
金利が高かった間に投資した利回りのいい確定利付き証券等が満期を迎え、帰ってきた資金を昨今の低利回り証券等に投資し直さなければならない状況がもたらした生保会社のマージン低下は、海外の高収益のものを手に入れるという買い手としての意識には変わらず、収益があがらない事業を売却したいという売り手としての意識を作り出した。

欧米の生保会社は、コアとなるビジネスに事業のフォーカスを絞り、収益性の悪い事業形態から脱却したいとの方向に駆り立てられ、収益的に問題がある事業や商品を処分しようと努力してきた。
 
(3)各国の保険監督規制
欧州ではソルベンシーIIによる資本要件の強化が、中国では海外投資に伴うリスクを懸念するようになった規制当局の動きが、生保会社のM&Aに影響を与えている。
米国では連邦労働省(DOL)が発出したフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)ルールの変更が生保会社のM&Aや事業再編の動きに大きな影響を与えた。
 

3――米国における2016年の生命保険会社M&Aの特徴

3――米国における2016年の生命保険会社M&Aの特徴

(1)新たな展開を求め、自分にないものを獲得 -前向きな動機 主に買い手にとって-
1) 新たな地域や事業への参入
いくつかの買収は、地理的な拡大や事業領域の拡大を目指して実施された。
  • セキュリティ・ナショナルはファースト・ギャランティを買収し、米国南東部でのプレゼンスを高めた。
  • セキュリアンはカナダ・プレミア・ライフとその販売組織であるレガシー・ジェネラルを買収してカナダに参入した。
  • アドバンテージ・インシュアランスはU.S.コモンウェルス・ライフを買収し、プエルトリコの国際保険センターに4つめの保険会社を確保した。
  • インスパイア・キャピタルはキャピタル・リザーブ・ライフを買収して、生保市場に参入した。
  • UNUMはH+J キャピタルLLCを買収して従業員任意加入商品である歯科診療保険、眼科診療保険における能力を拡大した。
  • アメリタス・ライフはセキュリティ・ライフとセキュリティ・ヘルス・インシュアランスを買収し、従業員任意加入の歯科・眼科診療保険のプロバイダー・ネットワークを拡大した。
  • TIAAはエバー・バンク・フィナンシャル・コープを買収して、バンキング業務と貸出業務を拡大した。


2) 販売網の拡充 新たな販売手法の獲得
いくつかの買収は、販売能力を強化するために実施された。
  • ペン・ミューチュアルは、バンティス・ライフを買収し、生命保険と個人年金のダイレクト販売事業と銀行販売事業を獲得した。
  • ネーションワイドは、ジェファーソン・ナショナルを買収し、定額報酬ベースの変額個人年金販売に関する専門性と4000人の定額報酬ベースのアドバイザーを獲得した。これはDOLのフィデューシャリー・デューティー・ルールの変更に戦略的に対応するものである(後述)。
  • マスミューチュアルは、事業の再編を急ぐメットライフから、その専属リテール・エージェント網であるプレミア・クライアント・グループを買収し、自社の専属エージェント網を大幅に拡張した(メットライフの再編については後述)。


3) フィンテック企業のM&A
金融とテクノロジーを結び付けるフィンテック企業が金融サービス会社のビジネスモデルを破壊するだろうとの予測がある。生保会社はフィンテック企業に積極的にアプローチし、フィンテックを取り込むことで、将来の変動に備えようとしている。

アプローチの方式は、フィンテック・スタートアップ企業にシードマネーを供給して初期の成長をサポートする、保険にフォーカスしたインシュアテック企業を買収する等である。

2016年、米国では、ジョン・ハンコックがガイド・フィナンシャル社を買収し、自前のブランド名に名称変更した。

ノースウエスタン・ミューチュアルはラーン・ベスト社を買収するとともに、ベターメント社に投資した。ジョン・ハンコックとは異なり、ノースウエスタン・ミューチュアルはラーンベストの名称・ブランド変更を行わず、独立性を維持した。これは、より幅広い新規顧客に出会う機会を重視したものである。
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