2017年07月12日

進化を続けるリバースモーゲージとヴィアジェ~超高齢社会に向けた英米仏のチャレンジ~

社会研究部 土地・住宅政策室長 篠原 二三夫

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7| 進化を続けるリバースモーゲージ
(1)HECM制度と持家政策
1987年住宅・コミュニティ開発法では、「高齢持家所有者における所得減少時における健康維持や住宅、生活費などによる経済的負担増加への対応のため、累積された住宅資産価値の流動化を、FHA保険に基づくHECMプログラムを通じて実現する~」としている。FHA保険制度の開発と運営によって、米国人におけるAging in Placeを確保する理念が謳われ、さらに、制度構築を通じて、新たに貸付機関やサービサー等の参入を促進させ、市場を拡大することが目標として掲げられている。

米国ではHUDを中心に、若者や低所得者層に対する住宅確保策としてはFHA融資保険による持家取得支援とセクション8バウチャーによる賃貸住宅家賃補助策が、生産年齢階層や中堅以上の所得者層には恒久的な住宅融資利子所得控除制度や住替・買換えを促進する譲渡益に対する非課税措置などの税制支援、高齢者層には財産税(固定資産税)の非課税もしくは減額措置や家賃補助策が講じられており、国民の様々な階層やコミュニティの成熟を含めた住宅政策が展開されている。

HECM制度は、FHA融資保険制度とジニーメイによる債券流通市場の育成を通じて、1987年法の理念に基づいて持家の流動化へのアクセスを容易にすることにより、若者から高齢者層までを貫く持家政策の最終退出(Exit)を実現する施策として位置づけることができよう。持家取得を推進してきた以上、持家は国民の資産としての価値を維持できなければならず、老後の資産としても活用できなければならないというのが米国の住宅政策のスタンスと考えられる。

(2)HECM制度によるチャレンジと今後の課題
HECM制度は導入後の成長過程において、サブプライムショックによる住宅市場の収縮と金融危機という非常に困難な時期を迎えることとなり、議会とHUD/FHAなどの努力によって、ようやく2014年度後半からFHA融資保険制度存続の危機を乗り切ったところである。

金融危機後には、住宅融資困窮者に対する様々な救済措置が講じられ14、HECM融資も居住しながら元利返済を先に延ばすことができるという特性を活かし、既存住宅融資の借り換えや生活資金確保策などの支援策を提供することとなった。このため前述のように、2009年米国復興・再投資促進法に基づき、融資限度額(MCA)を従来の417,000ドルから5割増しの625,500ドルにする措置がとられたことに加え、元本限度係数(PLF)は、2009年度以降、特に2010年度から2013年度においては、住宅市場全体を支えるために、それほど保守的な対応は講じられなかった。

しかし、結果として、固定金利を最大限に用いて限度一杯を引き出した借り手が、その後資金を使い果たし、税や保険料を滞納して破綻する件数が増えてしまった。HECMの終身デフォルト率は2009年度では17.74%だったが、2013年度には21.94%まで悪化している。

MMI基金の運用が悪化し、存続の危機が指摘されたため、リバースモーゲージ安定化法が制定され、(a)2014年のファイナンシャル・アセスメント導入による借り手の物件維持能力の査定強化、(b)60%以上の初年度融資額の制限と超えた場合の保険料率アップ(一括払いした場合のデフォルト率が高いため)、(c)妥当な場合における固定資産税と住宅火災保険の融資繰り入れ(デフォルト対策)、(d)固定金利による一括払い融資の制限、(e)2015年度からの元本限度計数(PLF)の大幅な15%引き下げなどが実施された。

この結果、2015年6月末までに終身デフォルト率は19.66%まで改善した。FHAのMMI基金の自己資本比率は議会によって2%以上とするように定められているが、2014年度は△1.2%まで落ち込んだ。しかし、2015年度は有効な保険契約金額は1,052億ドルであるのに対し純資産は68億ドルを確保でき、自己資本比率は6.44%まで大きく改善している。今後の見通しは経済・市場の変動に大きく影響されるとしているが、HUDは、ベースラインのシナリオでは、今後の保険求償が増える傾向を含め、2022年まで6~7%以上の自己資本比率を継続できると、2015年11月に議会に報告している(表5)。ただし、議会が拠り所にしている自己資本率2%の根拠はどこにもない。とりあえず、今回の危機を乗り越えるにあたり、2%はひとつのメルクマールになったが、果たして次の危機に十分対応できるのかは誰も分からないことで、今後の試行錯誤が必要となる。
表5 FHAのMMI基金におけるHECMポートフォリオの将来見通し(単位:100万ドル)
調査にあたり面談したHUD戸建部門でHECM政策運営を担う責任者は次のように述べている。

「議会の考えは、金融危機後の経験を経て、この制度運営にあたりリスクを軽減させるということと、納税者の負担をこれ以上に増やさないことである。2%以上の自己資本率を維持しつつ、いつまた発生するかは予測不能な危機的状況に際して、発行した融資分に対しては必ずリザーブをとっておくような要請があり、これを守らねばならない。HUDとしては、高齢者をサポートする手だては絶対必要と考えており、制度を維持する方針である。ただし、MMI基金を自立的に運営することは大変困難な課題であり、この制度を政策目的に対応したベネフィットと考えるべきか、単に融資と考えるべきなのか、制度の位置づけを見直す必要性は常に内包している。もし、ベネフィットと考えるのであれば、シニアへの支援コストのどこかで費用を削減し相殺するという考え方もあるだろう。ただ、当面の現実としては、連邦の制度の中で、今後HECMがベネフィットとして位置付けられる可能性は少ないと思われ、やはり融資という位置づけで対応せざるを得ないと考えている。住宅の資産価値がどの程度上がるのか、金利がどう変動するのか、そしてHECMの返済期限の到来がどの位の確率で生じるのか等々を、しっかりしたデータを蓄積・分析し、予測を立てて行かざるを得ない。もちろん、すべてが分かるわけではないし、リスクを過剰にみているのか甘いのかという判断すらHUDにとっては難しい。アプローチ自体には異なる方法があるかもしれない。したがって、この制度に柔軟に修正を加えながら、リスクレベルが適正になるまで調整を続けることが我々の使命だと考えている。」

ダイナミックな人口動態を抱え、現時点でも毎年200万人もの人口増加がある米国では、今後来る超高齢社会に備えて、リバースモーゲージについても、わが国よりも先行して、議会・政府・民間が議論と試行を繰り返し、HECM制度を創出した経緯があり、今や金融危機を経て、持家政策を完遂するために、更に進化を遂げようとしている。

さて、わが国ではリバースモーゲージ市場以前の課題として、既存住宅市場の整備を展開し、ともかく住宅が適正な価格で取引される市場をつくろうとしている。HUDやFHA等に日本の事情を説明すると、何故、日本の住宅価格(地価)は低迷を続けているのかと問われたが、十分に的を射た回答はできなかった。

一方、HECMやMMI基金の議会報告のベースラインでは、住宅価格は年率4%で長期的に上昇を続けることとしている。表4の例示の通り、実際の個々の融資現場においてもこの年率4%が融資プラン作成のために用いられている。図10は、ムーディーズが作成している連邦住宅金融庁(FHFA)の傘下にあるGSEによる融資サンプルに基づく住宅価格インデックスである。確かにサブプライムと金融危機の時期を除くと、1992年以降、米国の住宅価格は4%前後の上昇率で口を合わせたように推移している。HUDやFHA、ジニーメイ、NRMLA、その他現地の流通業者へのヒアリングでも、米国の住宅価格は今後少なくとも年率3.8%~4.0%の上昇を続けるとの見解である。
図10 Moody’s FHFA Purchase-Only Repeat Salesによる過去の住宅価格変動
 
14 当時の住宅融資困窮者や救済措置等については、拙著「米国住宅ローン市場の現状と課題、持家政策と住宅金融政策:住宅の価値と活用を考える」ニッセイ基礎研究所「所報」2009年春号 Vol. 53を参照いただきたい。
 

2――英国のエクイティ・リリースについて

2――英国のエクイティ・リリースについて

1| 英国のエクイティ・リリースの沿革
米国のリバースモーゲージにあたる融資商品を、英国ではエクイティ・リリースと総称している。商品として登場した時期は実際には米国よりも早く、1930年代に遡ると言われる。以下では、このエクイティ・リリースの沿革を記す。

1965年には既にホーム・リバージョン(Home Reversions)社(後にHodge Equity Releaseと改名)が、現在のエクイティ・リリースと類似した商品を市場に投入したとされる。その後、1972年には、終身年金保険をローンで購入し、借り手は年金によって毎月の年金収入を得ながら利子分だけを返済し、元本は死亡時に担保設定した住宅を処分して返済する仕組みをもったホームインカムプラン(Home Income Plan)が売り出された。

1978年にJG Inskip & Co.(後にHome & Capital Trust Ltd.と改名)により、この一種であるキャッシュ・リバーション(Cash Reversion)が導入され、1986年にはStalwart Assurance社(後にGE Life社と改名)及びAllchurches Life Assurance社(現在のEcclesiastical Life社)によって、より魅力あるホームインカムプランが導入され人気を博した。

1988年になると、期間中の利払いが不要なロールアッププラン、固定金利ではなく変動金利ベースで借り手リスクの高いホームインカムプランも導入されるようになった。

当時、ホームインカムプランが人気を博した理由としては、1984年までは生命保険料控除(Life Assurance Premium Relief: LAPR)が導入され、終身年金保険加入者にとってはインセンティブになっていたこと、それ以後は、1983年財政法に基づき、住宅購入にあたり、さらに魅力的なモーゲージ利子支援制度(Mortgage Interest Relief at Source: MIRAS)が導入されたことが大きい。

MIRASを使うと、借り手は金利の25%相当が利払いから毎月控除され、最大3万ポンドまでのメリットを得られた。この支援相当分の金利は、英国歳入庁が直接貸付銀行に補填する仕組みなので、消費者には利用しやすい制度であった15。米国HECMのようにノンリコース条件によって、リバースモーゲージの3大リスクをカバーする支援策ではないが、政府が利子補給を行うことでホームインカムプランの購入費用が下がったため、消費者の需要が急速に高まった。

しかし、80年代末からのインフレと住宅価格の下落は、ホームインカムプランの借り手の損失を累積させてしまった。これは担保を設定した住宅の評価額が下落し、さらに金利も上昇したため、借り入れた元本に対し複利で増える金利負担が担保設定額を超過するネガティブ・エクイティ(Negative Equity)の状態に陥り、借り手は債務超過分の利払いを余儀なくされたためである。多くの借り手は年金で生活する高齢者であるため、超過債務分を支払うことができず、居住していた住宅が差し押さえられる事態が頻発し、大きな社会問題に至った。このため1990年になってホームインカムプランは金融規制による監督を受け、新規の取扱いは停止されることとなった。

しかし、1991年には「安全ホームインカムプラン(Safe Home Income Plan: SHIP」という新商品が市場化され、同時に、同名の「SHIP」という業界団体が設立され、従来不足していた借り手に対する説明責任やコンプライアンスの充実が図られた。特に重要な点は、住宅価格の下落などによって、債務額が担保設定した住宅の評価額を超過しても超過額の支払い義務は生じない保証(No Negative Equity Guarantee: NNEGという)をエクイティ・リリース商品に採用し、消費者の信頼と安心を高めようとしたことである。しかし、初期段階のNNEG付きSHIPは、社会問題発生から間もないことと、融資掛け値(LTV)が低く設定され、消費者の需要を喚起するには十分とは言えなかった。

エクイティ・リリースが再び普及し始めたのは、1998年に借入期間中に元利返済の必要がないロールアップ条件付で、より魅力的なNNEG条件に基づくライフタイム・モーゲージ商品(Lifetime Mortgage)が商品化されてからである。ライフタイム・モーゲージは、介護施設に入居を希望する持家所有者が、十分な費用負担ができなかった際に、地方自治体が当該物件に抵当設定を行い、最終的には物件売却によって介護費用を賄っていたことが創出のきっかけとなったという。

なお、ライフタイム・モーゲージよりもやや早めに、後述するフランスのヴィアジェと類似したホーム・リバージョン(Home Reversion)16も商品化されたが、現状ではほとんど需要がない。

2004年には金融サービス機構(Financial Service Authority: FSA)によって、住宅融資や融資商品の販売に関して、適格なファイナンシャル・アドバイザーが助言や費用の説明を行うことなどを含む新たな規制17が導入された。これに呼応し、SHIPはライフタイム・モーゲージなどにおける商品説明やNNEG条件の徹底を行為規定や商品規定に設け、業界主導で消費者保護策を推進することとなった。現在、英国で提供されているライフタイム・モーゲージは、すべてNNEG条件によるノンリコース融資となっている。

このようにNNEGを含めた消費者保護策が厳格になり、さらに消費者保護策を拡充する必要性や政府に対する業界活動を効率的に行えるように、2012年には従来のSHIPを承継したエクイティ・リリース・カウンシル(Equity Release Council)が創設され、業界の関係者に広く門戸を開き、エクイティ・リリース商品や販売面での情報提供などについて総合的な活動が開始されている。
 
15 MIRASは財政難等のため、90年代中頃から急速に縮減され、2000年4月には完全に廃止された。MIRAS以降、英国では持家に対する融資金利を支援する制度はない。
16 Home Reversionは当初はエクイティ・リリースの唯一の形態であった。該当住宅の売買契約を締結し、売買代金を一括または分割して受け取るが、亡くなるまでの居住権が与えられる仕組みである。売却することから、融資契約とは異なる高齢者の住宅資産の流動化策である。現状ではライフタイム・モーゲージの普及により、ほとんど需要がなくなったことから、本稿では詳述しない。  
17 融資契約前にファイナンシャル・アドバイザーの助言を得ることについては、FCAによる制度上の義務ではないが、助言を望まない消費者でも契約が可能なのは、融資の借換えの場合や何らかの事情で融資条件を熟知しているなどの要件がある。業界は事実上の義務と認識し、業界行為規定でもファイナンシャル・アドバイザーの助言を得ないと融資契約はできないこととしている。
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社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

経歴
  • 【職歴】
     1975年 丸紅(株)入社
     1990年 (株)ニッセイ基礎研究所入社 都市開発部(99年より社会研究部門)
     2001年より現職

    【加入団体等】
     ・日本都市計画学会(1991年‐)           ・武蔵野NPOネットワーク役員
     ・日本不動産学会(1996年‐)            ・首都圏定期借地借家件推進機構会員
     ・日本テレワーク学会 顧問(2001年‐)
     ・市民まちづくり会議・むさしの 理事長(2005年4月‐)
     ・日米Urban Land Institute 国際会員(1999年‐)
     ・米国American Real Estate Finance and Economics Association国際会員(2000年‐)
     ・米国National Association of Real Estate Investment Trust国際会員(1999年‐)
     ・英国Association of Mortgage Intermediaries準国際会員待遇(2004年‐)
     ・米国American Planning Association国際会員(2004年‐)
     ・米国Pension Real Estate Association正会員(2005年‐)

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