2017年07月12日

進化を続けるリバースモーゲージとヴィアジェ~超高齢社会に向けた英米仏のチャレンジ~

社会研究部 土地・住宅政策室長 篠原 二三夫

文字サイズ

2| ヴィアジェと市場動向
現在のヴィアジェ市場にはヴィアジェを取り扱う不動産業者が20社から25社ほどあるが、いずれも零細企業が多い。その中でも、老舗のコスタ・ヴィアジェ社が市場の40%を占めている。以下は、ヴィアジェと市場の状況について、このコスタ・ヴィアジェ社、同社もマネージメントに参加しているセルティヴィア・ファンド及び公証人から聴取した内容である。

(1)ヴィアジェの仕組み
ヴィアジェ契約は、不動産物件の売買取引の形態であり、フランスでは1804年からの民法典に基づく契約である。売り手は買い手から住宅を購入するが、ヴィアジェの場合には、用益権の一種である居住権(Droit d’Usage et d’Habitation : DUH)を売り手に残し、物件の所有権や処分権を含む虚有権(Nupropriété)だけを購入する契約になる(図16)。一般的なヴィアジェの契約では、この虚有権の移転の対価として、虚有権分の価値総額から一定の一時金(Bouquet)を支払う。次に一時金額を差し引いた差額を定期支払い金(Rente)として毎月支払う。居住権は買い手に残しているので、買い手は亡くなるまでその物件に住み続けることができる。
図16 ヴィアジェにおける居住権と虚有権、価格上昇による期待利益
上記図16の最上部の枠は居住者がいない場合の物件の市場価格であり(Valeur Libre)、市場価格は、用益権(Usufruit)かつ居住権である(Abattement DUH)と虚有権である(Nupropriété)かつ物件固有の価値(Valeur Décotée)から構成される。居住権の金額は契約時における売り手の年齢、つまりその後の寿命に影響される(余命×家賃=居住権の総額)。虚有権は、物件の所有権を示し、当該物件の売買や抵当権などの権利設定が可能である。

ヴィアジェ取引では、一時金と定期金の総額(虚有権額)が家賃の総額(居住権額)よりも低いと契約が成立しにくい。居住権の価額を算出するのに必要な家賃は市場に基づく統計データが整備されている。余命は政府が発行する死亡率表に基づいて求められる。余命は個別のものではなく、あくまでもフランス統計局(INSEE)などが公表している平均的な数値を用いる。

これらの契約金額については、契約時には公証人が認める水準でなければならない。契約前の条件説明は公証人が行うし、契約も公証人が介在して行われる。ヴィアジェに関わらず、フランスにおける不動産売買等には法の定めにより、必ず公証人が介在しなければならない。
 
(2)買い手と売り手のメリット
買い手のメリットは、銀行融資を受けなくても、あたかも融資を受ける際の頭金と元利支払いのように、ヴィアジェの一時金と年金の支払いを売り手に行えばよく、期限のメリットを得つつ、当初から大体15~20年間分の家賃に相当する居住権の価値を差し引いた価格で該当物件を購入できる点である(概ね市場価格の5~6割で購入することになる)。将来の所有権の完全な確保を考えれば、割安の資金額で購入できることになる。特にパリ市内の住宅は将来的な値上がりが期待でき、買い手にとっては人気がある。

フランス統計局(INSEE)の統計値でも、フランスの住宅価格は長期的に年率2%で上昇していることから、最終的には、この趨勢に基づく市場価格で売却できれば、売却価格から虚有権部分と居住権部分を除いた残額はキャピタルゲインとなる。居住権部分は非課税であるが、キャピタルゲインは課税される。ただし、フランスの個人のキャピタルゲイン課税は様々な減額措置があり、5年を超える長期保有では有利である。

売り手のメリットは、住みながらにして一時金(なしの場合もある)及び定期支払い金を受領し、年金の補填や様々な用途に使うことができる点である。定期金は年金生活者であるため、多くの場合は非課税であり、夫婦の場合は片方が亡くなっても、配偶者は引き続き住み続け、定期金をもらい続けることができる。定期金は物価スライド式条件付なので、物価上昇による自分の将来の購買力の縮小をある程度担保できる。もし、高齢によって老人ホームに入らねばならないとしても、退出により当該物件は空き家になり買い手は賃貸できるため、通常は従来よりも定期金額が上がる。

ただし、非常に重要なことは、ヴィアジェは射幸性の高い契約であり、契約がいつ終了するかを読むのは難しく、買い手と売り手の双方に予期しない事態が生じることがある点である。
 
(3)売り手による定期金支払いの保証
パリの公証人の話では、ヴィアジェ取引は個人取引であるから、買い手による定期金の払い込みが契約通り履行されるかどうかは売り手の懸念材料となる。このため、通常の不動産取引と同様に、契約書を公証人が作成し登記などの必要な手続きを行うことに加え、契約上、売り手から買い取った物件に対し、公証人を通じて抵当権を設定し、買い手が支払いを怠った場合には契約を解除し、売り手が所有権を取り戻せるように契約条件が設定されている。しかし、現実に契約を解除して抵当権を行使するには、9~18ヶ月ほどを要するため21、訴訟費用も含めて、契約不履行が生じた場合の対処には大きな課題がある。

もうひとつの課題として、ヴィアジェ取引において、法人が買い手となる場合、仮にその法人が破綻すると、米国のチャプター11と同様に、抵当権の行使が困難になるため、最近では別の方法で売り手の保護を図るのが一般的である。それは商品の割賦販売と同様な方法であり、一時金や定期金を全額支払わねば、所有権を移転しない方法である。売り手が死亡した場合には、自動的に所有権が移転する契約としているが、買い手が支払いを滞納した場合には、所有権は移転していないので、契約を解除するだけで済む。実際に法人の買い手が破綻するという事件が複数発生したため、2006年に法律の改正があり、今は、ヴィアジェ契約にこうした条件設定ができる。
 
 
21 フランスでは家賃滞納などの不都合なテナントを退出させる手続きにも、同様の期間がかかるという。わが国同様、借家法においても、テナントの保護が優先されている。


(4)ヴィアジェの種類
ヴィアジェにはいろいろな種類があるが、売り手が住んでいる状態の “Viager Occupé”が一般的であり、全体の80%位を占める。また、ある高齢者がいくつかの物件を所有していて、自分の住む場所以外の物件をヴィアジェで売るという居住者なしヴィアジェ “Viager Libre”が15%位を占める(表10)。他にも一時金型とか定期型、契約設定型ヴィアジェなどの種類があるが、これらが使われることは少ない。
表10 ヴィアジェの種類
(5)ヴィアジェ市場の規模
ヴィアジェ取引は2015年で約4,500件であるが、2020年までには年間6,000件を超し、徐々に需要は高まるものと見込まれている(図17)。これは所得の伸び率との関係からヒアリング先のセルティヴィア・ファンドが行った予測による。
図17 ヴィアジェの取引件数と所得伸び率の動向と今後の見通し
(6)ヴィアジェ需要の地域性
フランス全土の中で、ヴィアジェの契約数は、パリ市とその郊外が市場の約3分の1、南仏で約3分の1、残りが3分の1という配分となる。感じである。県別ではニースを県都とするアルプ=マリティーヌ県のシェアが13%、それに次いでパリの9%となっている。南仏は気候が温暖であるため、高齢になった時の準備のために、通常の売買価格よりも低い価格が期待できるヴィアジェを通じて、早いうちに物件を確保しようという需要が高いという(表11)。
表11 ヴィアジェ市場の取引数の地域シェア(2000~2010年合計)
Xでシェアする Facebookでシェアする

社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

経歴
  • 【職歴】
     1975年 丸紅(株)入社
     1990年 (株)ニッセイ基礎研究所入社 都市開発部(99年より社会研究部門)
     2001年より現職

    【加入団体等】
     ・日本都市計画学会(1991年‐)           ・武蔵野NPOネットワーク役員
     ・日本不動産学会(1996年‐)            ・首都圏定期借地借家件推進機構会員
     ・日本テレワーク学会 顧問(2001年‐)
     ・市民まちづくり会議・むさしの 理事長(2005年4月‐)
     ・日米Urban Land Institute 国際会員(1999年‐)
     ・米国American Real Estate Finance and Economics Association国際会員(2000年‐)
     ・米国National Association of Real Estate Investment Trust国際会員(1999年‐)
     ・英国Association of Mortgage Intermediaries準国際会員待遇(2004年‐)
     ・米国American Planning Association国際会員(2004年‐)
     ・米国Pension Real Estate Association正会員(2005年‐)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【進化を続けるリバースモーゲージとヴィアジェ~超高齢社会に向けた英米仏のチャレンジ~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

進化を続けるリバースモーゲージとヴィアジェ~超高齢社会に向けた英米仏のチャレンジ~のレポート Topへ