2017年06月20日

潮目が変わる、中国保険業界-行政トップの事実上更迭、安邦保険グループトップの拘束のその先【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(26)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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4-政府が恐れる‘システミックリスク’の発生

保監会は、市場の健全化を進めると同時に、4月以降、生命保険会社に対してリスクコントロールを強く求める施策を発表している。特に、項主席が党の規律違反の疑いがあるとして、調査が開始されて以降、その数は増加している。

これには、政府が懸念するシステミックリスクの発生があると考えられる。李克強首相が、3月に、「国内の金融リスクを特に注視しており、その引き金となるような要素を見つけた場合、速やかに、対象を絞って措置を講じ、決して蔓延させない」と発言し、警戒感を強めていた。また、「中国の金融システムは全般的に安定しており、システミックリスクは発生しない」とも断言している。中央政府は、国全体の金融システムの安定を維持するために、それを脅かすいかなるリスクも断固として排除する構えだ。
 
本来であれば、保険セクターが金融市場全体にもたらすリスクは小さいと考えられるが、既に述べたように、2015~2016年にかけての保険市場の動きから、その小さな「引き金」も許されない状況にある。しかし、このような動きは、裏を返せば、金融市場における保険会社やその機関投資家としてのプレゼンスが高まっているともいえよう。保険会社の場合、システミックな影響には、保険会社による資産運用や提供する保険商品によ
るところが大きい。

保監会はこのような状況を受けて、4月には、保険会社に対して、金融リスクをとりまく9つのリスクやその要因についてコントロールを更に強化するよう要請した。それは、(1)流動性リスク(新たなソルベンシー規制に基づいたリスク管理、キャッシュ・フローのテスト)、(2)資産運用リスク(運用規制の遵守、資産負債の総合的管理、運用状況についての情報開示)、(3)戦略リスク(コーポレートガバナンスの強化)、(4)業務リスク(ネットなど新たなチャネルを通じた保険販売)、(5)外部要因によって発生するリスク(感応度テスト、ストレステストの実施)、(6)群集的行動(解約の殺到など)、(7)自社のリスクの全体量の測定・把握、(8)資産管理(株主による保険会社の資産の占用防止)、(9)風評リスク(管理体制の強化)である。
 
また、保監会は、急速に高まる流動性リスクを特に警戒している。直近の状況として、満期保険金の給付がピークを迎えているのに加えて、昨今の情勢から解約も増加しており、会社によっては支払に大きなプレッシャーを抱えているからだ。5月には、各社に資産運用リスクについて別途専門調査を行うよう指示を出しており、各社は、自社の資産運用状況、リスクがどこにどれだけあるかを自主点検し、保監会に報告する必要がある。特にリスクが大きいと判断された会社は、保監会が直接調査を行うとしており、ひとまず流動性リスク発生の回避に向けた監督体制の強化が進められている。
 

5-保障性商品の販売強化へのシフト

5-保障性商品の販売強化へのシフト

保監会は、2016年より、規制強化と同時に、保険会社に対して保険の本来あるべき役割をはたすべく、保障性商品、長期平準払いの貯蓄性商品へのシフトを積極的に薦めている。既に述べたように、ユニバーサル保険の販売は2016年の規制強化で縮小しているため、次の段階としては、今後、一連のユニバーサル保険のような商品の開発を防止するべく、商品に関して更に規制を強化する必要があった。規制では、商品を開発する際に守るべき原則、当局が奨励する保険商品、開発商品についての条件などを規定している。
 
今後開発を奨励する商品は、定期保険、終身保険など死亡保障商品であるが、こういった平準払契約の保険に、ユニバーサル保険やユニットリンク保険を運用特約として付帯することを禁止した。一部の保険会社は、これまで運用特約部分の勘定を分離して運用し、高い利回りを確保、特約部分の解約はいつでも可能とするといった商品を提供し、保険料収入の規模を大きくしてきた経緯がある。一連のユニバーサル保険商品の販売が難しくなった状況から、会社によっては、運用特約を付帯した商品の開発を増やす可能性もあったため、保監会が先回りして禁止した形だ。更に、今後、保険の商品名、商品説明やその宣伝資料において、高い利回りを連想させるような「理財」、「投資プラン」といった文言の使用も禁止した。

このように、保監会は、ユニバーサル保険の販売規制、保険会社への処分に加えて、金融市場全体へのリスク波及も考慮し、保険会社に対して諸リスクの管理を強化、同じ問題が再度発生しないよう、商品の開発についても規制を設けた。これらによって、上掲の商品を販売してきた保険会社は、商品、またそれにともなう資産運用や経営のあり方についても大幅な見直しに迫られている。
 

6-金融行政3部門、一元化の動き?

6-金融行政3部門、一元化の動き?

では、保険行政はどのように変わっていくのであろうか。

項主席が保監会のトップに就任したのは2011年である。急成長する金融市場に対応すべく、2012年からは資産運用について大胆な規制緩和に乗り出した。当時、保険市場は急速に成長し、資産規模が急拡大しており、国から成長産業として大きな期待が寄せられていた。習近平指導部が推し進める新シルクロード経済圏構想(「一帯一路」)において、中国保険投資基金(3,000億元)として、国内外の国家プロジェクトを中心としたインフラ建設等、エクイティ投資や、海外向け重大プロジェクト投資などに保険会社や関連会社から多額の資金が向けられている。これには、景気対策の一つとして、保険資産によって、国や地方経済を下支えさせるという中央政府の思惑や期待もあった。しかし、それでも、市場の成長を急ぐあまり、健全性が見過ごされ、監督・管理が甘くなっていた可能性は否めない。
 
中国の金融行政部門は、銀行、証券、保険の3部門に分かれており、今般、そのトップがほぼ同時に交代することになる。6年前の2011年もほぼ同時に交代しているが、今回は証券部門、保険部門が事実上更迭という点では少し異なる。

証券部門の行政トップは、少し早いが2016年に更迭され、交代している。2015年の株価の急落やその対応策が機能せず、こちらも市場の監督・管理をうまくできなかったのが要因であろう。後を引き継いだ中国農業銀行出身の劉士余氏は、株式相場の安定化に尽力していたが、そこに一部の保険会社による上場企業の株式大量買付けや敵対的買収騒動、それによって株価が乱高下するなどが発生したのである。保険行政のトップであった項主席は、党の規則違反となっているが、保険会社による株式市場への混乱を防げず、保険市場のコントロールが徹底できなかった点も、更迭された要因の1つであろう。
 
順当な交代をしたのは、金融行政3部門のうち、最も力がある銀行部門のトップのみである。しかも、就任した郭樹清氏は、2011~2013年に、証券部門のトップも務めており、金融行政の中枢に復帰した形だ。ただし、銀行部門のトップは、3部門のうち、最も力があるが、中央銀行である人民銀行総裁よりは格下になってしまう。

この6年間で、金融市場は大きく変貌し、不良債権やシャドーバンキング問題、株式市場の乱高下、保険会社による上場株の敵対的買収騒動など、金融行政が縦割りで、分断された監督体制では、システミックなリスクを抱えかねない状態にある。この状況を解決するためにも、金融行政3部門を統合し、強力な行政力を得ることで、総合的な管理監督を目指す動きもあるのだ。

今回は秋の党大会を見据えた交代とも見られているが、李克強首相が力を入れる金融分野において、行政のトップが2人も実質的に更迭された点は大きい。加えて、金融行政部門が統合された場合、そのトップに一番近いとされる郭氏は、今回、保険、証券部門のトップを更迭した中国共産党中央規律検査委員会トップの王岐山氏の元部下で、習近平国家主席からも厚い信頼を得ている人物である。保監会のトップの後任はまだ未定であるが、今後、金融行政3部門の統合に向けた動きの中で、保険監督機関自体の位置づけがどうなるかについても注視する必要がありそうだ。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2017年06月20日「保険・年金フォーカス」)

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