2017年06月13日

保険金詐欺の発生状況-日本と比べて、欧米では保険金詐欺はどうなっているか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4フランスは保険金詐欺により、年間25億ユーロ (約3,000億円) を支払い
次に、フランスの様子を見ていこう。フランスでは、1989年に保険会社がALFA(Agence pour la lutte contre la fraude à l'assuranceの略)と呼ばれる、不審な支払請求を調査する国家組織を創設した。この組織は、保険詐欺調査員の養成、複数の保険会社に同時に請求する詐欺事案への対処、法施行機関との連携についての助言などを行っている。

2011年には、35,042件の詐欺請求を検出し、1.68億ユーロ(約200億円10)の支払を未然に防いだと公表されている。しかし、それでも、年間で、支払保険金の15%に相当する、25億ユーロ(約3,000億円)もの詐欺支払が発生していると、ALFAは公表している11
 
 
10 1ユーロ=120円で換算 (以下、同様)。
11 “The impact of insurance fraud”(Insurance Europe, 2013) 、“Insurance Companies: Are You Equipped to Successfully Combat Fraud?”(SAS Research Report, 2014)、“Global best practice and customer cases in insurance antifraud”David Hartley(SAS FORUM RUSSIA 2016)より。
5ドイツは保険金詐欺により、年間40億ユーロ (約4,800億円) 超を支払い
ドイツでは、保険協会(Gesamtverband der Deutschen Versicherungswirtschaft, GDV)が、年間に40億ユーロ(約4,800億円)もの詐欺による支払いが発生していると見積もっている。特に、損害保険で、スマートフォン、平面テレビ、ラップトップコンピューターの故障に関する給付請求の40%までもが、詐取の目的で行われたとされている。

保険金詐欺に対処するために、HIS(Hinweis- und Informationssystemの略)という検出・情報システムが構築されている。2011年に、データ保護を担う官庁によって、ガイドラインが設定されており、それに従って、システムの再編が行われた12

ドイツでは、連邦法である刑法典で、通常の詐欺罪の他に、保険の濫用罪が制定されている。保険の濫用罪の場合、3年以下の懲役刑または罰金刑が科される。ただし、放火による損壊や、船の沈没など、特に重大なものについては、詐欺罪が適用されて、6ヵ月以上10年以下の懲役刑が科される13

以上のように、欧米では、保険金詐欺が多発しており、その対処が急がれている。
 
 
12 上記の注に記載の資料 および“Comments on the proposal for an EU Data Protection Regulation”(GDV, 2012)より。
13 第263条で、詐欺罪が規定されている。その上で、第265条では、第263条に該当しない保険の濫用罪が規定されている。
 

4――今後の保険金詐欺への対処

4――今後の保険金詐欺への対処

欧米では、保険金詐欺が大規模に発生しており、社会問題となっている。保険金詐欺の根絶に向けた対処について見ていくこととしたい。対処の方法として、定性的方法と定量的方法の2つのアプローチがある。

1定性的アプローチはソーシャルメディアとの親和性が高い
まず、提出された給付請求書類の内容を確認する際に、ソーシャルメディアの情報を用いることが考えられる。特に、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムなどに代表されるソーシャル・ネットワーキング・サービスは、世界中で、幅広く浸透している。投稿者が内容を非公開にするなどのセキュリティーやプライバシーの設定をしない限り、誰でも、投稿内容を閲覧することができる。欧米では、これを、保険金査定の調査に活用する動きが出ている。関連記事等によると、例えば、次のような事例が挙げられている14

(1) 腰椎損傷(背中のケガ)で給付を請求した人が、チャリティー・ランへの参加に向けて、スポーツジムで体操やトレーニングをしている姿が、フェイスブックで捉えられ、支払いを拒否された。

(2) 海で結婚指輪を紛失してしまったとして保険金を請求した人が、ソーシャルメディアに、失くしたはずの指輪をその人が付けている写真が掲示しているのを見つけられて、支払いを拒否された。

(3) 自動車事故で請求をした人が、実際には、故意に自動車を水没させていた。その様子が、第3者に撮影されていて、ソーシャルメディアに投稿された。そのビデオが、偶然、保険会社に見つかり、支払いを拒否された。(請求者にとっては、これこそが「事故」と言えよう。)

こうした保険金詐欺の発覚は、偶然の産物によるところが大きい。もし、こうした調査を給付請求全てに対して、入念に行うことになれば、膨大な時間を要する上に、調査の費用(人件費等)も巨額に上るものとなろう。給付請求から短時間で保険金を支払う、という顧客サービスの向上にも逆行する。
 
 
14 (1)は、“Soapbox: Cooperation is the key to cracking fraud” Michaela Koller (The Institute and Faculty of Actuaries, The Actuary, Apr. 2013)、(2)と(3)は、“Insurance fraud and social media”Leah Windt, Michael A. Henk(Milliman, Jul. 2016)に記載の内容を、筆者がまとめた。
2定量的アプローチは、人工知能を活用する
保険金詐欺の調査に、人工知能(AI)によるデータ解析を通じた給付請求予測が活用され始めている。

例えば、風水害で、被害の大きかった地域を特定することで、その地域からの建物や家財の損壊による保険金請求が多くなることを予測する。そして、被災地域以外からの請求や、被害の小さかった地域から巨額の請求があった場合には、調査に力を入れるといった方策が採られている。

また、保険金詐欺の請求には、何度も繰り返して請求するという常習性が見られる。更に、回を追うごとに、給付請求額が上昇していくという傾向も見られる。そこで、こうした傾向をもとに、過去の給付請求内容を参考にして、請求頻度が上がっている人や、請求額がエスカレートしている人について、念入りに調査が行われている。

しかし、こうした人工知能技術は、詐欺を調査する側だけではなく、詐欺を行う側にも、技術革新を引き起こしている。例えば、偽のメールやミスリーディングな情報を、アカウントやソーシャルメディアの記録としてわざと残したり、アクセスを部分的に制限したりすることで、保険会社の調査を撹乱する動きが出ている。このような新たなICT技術の活用においては、調査をする側よりも、詐欺を行う側の方が、優位に立っているとの、指摘もある15
 
 
15 “Global profiles of the fraudster: Technology enables and weak controls fuel the fraud”(KPMG, May 2016)より。
 

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

保険金詐欺の概要や発生状況について、事例を交えて、簡単に述べてきた。突き詰めていけば、保険金詐欺を起こすのは人である。詐欺の背景には、その人ならではの、癖や習慣といった手がかりが残されているであろう。定量的なアプローチのみに頼るのではなく、定性的な手法を組み合わせて、こうした手がかりをあぶり出すことで、詐欺の検出力を強化していくことが、保険金の適正な支払いのために欠かせないものと考えられる。引き続き、今後の動きに、注目していきたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2017年06月13日「保険・年金フォーカス」)

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