2017年06月09日

米国経済の見通し-米経済は消費主導の底堅い景気回復持続を予想も、無視できない国内政治リスク

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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2.実体経済の動向

(個人消費)雇用不安が後退する中、個人消費を取り巻く環境は良好
労働市場は回復基調が持続している。非農業部門雇用者数(対前月増減)は、10年10月から統計開始以来最長となる80ヶ月連続で増加している(図表4)。また、雇用増加ペースも17年は年初来で月間平均16.2万人増と、16年平均の18.7万人増からは小幅低下しているものの、失業率を維持するのに必要な8~10万人を大幅に上回っている。このため、失業率の低下基調も持続しており、5月には01年5月以来の水準となる4.3%まで低下した。

今後の労働市場を占う上で、企業の採用計画をみると、中小企業で採用増加を計画している企業割合が高止まりする一方、これまで採用増加に消極的であった大企業でも、昨年後半からは採用意欲が高まっている(図表5)。このため、企業の強い採用意欲を背景に、今後も雇用増加基調は持続しよう。
(図表4)米国の雇用動向(非農業部門雇用増と失業率)/(図表5)大企業、中小企業の採用計画
次に、賃金上昇率をみると、これまで労働市場の需給を示す労働参加率3が改善するのに伴い、時間当たり賃金に改善がみられていたが、5月の労働参加率が2ヵ月連続で低下する中で、賃金上昇率も改善に足踏みがみられる(図表6)。もっとも、労働需給の改善が続くと予想されることから、今後賃金上昇率は再び加速すると予想する。また、消費の原資となる雇用者報酬は、雇用者数の増加が加わるため、賃金上昇率を上回る増加が見込まれる。

一方、5月の雇用統計で雇用者数の伸びが市場予想を下回ったほか、過去2ヵ月分の数値も下方修正されたことから、労働市場が完全雇用に近づく中で、採用が困難になっている可能性を指摘する声もある。しかしながら、労働参加率の回復が足踏みとなっているほか、25-54歳の労働参加率が金融危機前に比べて2%程度低い水準(雇用者数では260万人程度)になっていることから、現段階ではその可能性は低いと判断している。
(図表6)時間当たり賃金上昇率および労働参加率/(図表7)消費者センチメントおよび米株価指数
労働市場の回復に加え、消費を取り巻く環境は依然として良好である。米株価が堅調であることや、減税期待から消費者センチメントが高い水準で推移しており、消費には追い風となろう(図表7)。もっとも、減税規模の縮小や減税時期の後ズレが見込まれることから、政策期待の剥落に伴う消費者センチメントの悪化には注意したい。
 
 
3 労働参加率は、生産年齢人口(16歳以上の人口)に対する労働力人口(就業者数と失業者数を合計したもの)の比率。
(設備投資)設備投資の回復が明確
民間設備投資は、12年1‐3月期以来の2桁成長となった。また、設備投資の内訳をみると、原油価格の反発に伴い、資源関連の建設投資が大幅な伸びを示したことで建設投資が前期比年率+28.4%となったほか、設備機器投資が+7.2%、知的財産も+6.7%となり、14年4‐6月期以来となる3部門揃ってのプラスとなったことが分かる(図表8)。
(図表8)民間設備投資(寄与度)/(図表9)製造業センチメント、設備投資計画
さらに、足元で製造業の企業センチメントや、設備投資計画には改善がみられる。全米製造業協会(NAM)が集計している製造業センチメントおよび、今後1年間の設備投資計画(前年比伸び率)の推移をみると、17年1‐3月期のセンチメントは63.5と、好不況の境となる50を大きく上回り、20年来で最高となった(図表9)。また、設備投資計画も14年以来となる前年比+2%程度まで上方修正されてきており、今後も製造業の設備投資は回復が見込める状況となっている。

これら製造業センチメントの改善は、基本的に昨年の後半以降の世界的な製造業の回復を反映した結果とみられるものの、昨年の大統領選挙後に急回復を示していることを考慮すると、トランプ政権の減税やインフラ投資、規制緩和に対する政策期待も一定程度反映されているだろう。このため、消費者センチメント同様、政策期待の剥落に伴うセンチメントへの影響を注視したい。
(住宅投資)回復ペースは鈍化も住宅市場の回復は持続
住宅投資は2期連続で高い伸びとなったものの、住宅着工の先行指標である住宅着工許可件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は、4月に▲11.4%と16年5月以来となる2桁の減少となった(図表10)。16年は、許可件数が3月から5月にかけて3ヵ月連続で2桁の減少となった後、16年4-6月期から住宅投資が2期連続でマイナスとなった。このため、今後も許可件数の減少が続くか住宅投資動向をみる上で注目される。

一方、住宅市場を取り巻く環境をみると、雇用不安が引き続き後退しているほか、住宅ローン金利(30年固定)も3月に一時4.5%まで上昇したが、足元は4.2%程度まで低下しており、住宅市場に追い風となっている(図表11)。また、住宅ローン申請件数も足元回復がみられることから、住宅市投資の伸びは鈍化が見込まれるものの、雇用不安の後退に加え、住宅ローン金利の落ち着きから回復は継続しよう。
(図表10)住宅着工件数と実質住宅投資の伸び率/(図表11)住宅ローン金利と申請件数の動向
(政府支出、財政収支)予算および税制改革の大統領案提示も先行きは依然不透明
5月23日に漸く予算教書(詳細版)が発表されたことで、予算編成作業が本格化している。予算教書は、本来2月上旬に発表される予定が3ヵ月以上遅れていたことから、予算編成作業は大幅に遅れている。今回発表された予算教書では、現行の予算関連法が継続することを前提としたCBOのベースライン予測に比べて、歳出を大幅に削減することで財政収支を27年度に黒字化する方針が示された(図表12)。さらに、債務残高(GDP比)については16年度実績の77%から、ベースラインでは10年後に89%まで増加すると予測されているのに対して、予算教書では60%まで削減するとしている(図表13)。ちなみに、これらの方向性は、前オバマ政権時代に議会共和党が提示してきた予算案に近い内容となっている。
(図表12)財政収支見通し/(図表13)債務残高見通し
もっとも、今回提示された予算教書は、非現実的であるとの批判が強い。これは、歳入額の試算においてはトランプ政権が進める税制改革によって、成長率が今後10年平均で2.9%まで高まる効果を織込む一方、税制改革に伴う歳入減などのコストは織込んでおらず、政権に都合の良い数値になっているからだ。

実際、債務残高についてCBOが想定する現実的な成長率予想(今後10年平均で1.9%)に変更するだけでも、10年後の債務残高は60%から76%まで悪化することが見込まれている。これは歳出の大幅な削減にも関わらず、債務残高が現在の水準からほとんど低下しないことを示している。このため、予算教書の財政収支見通しについては、議会共和党も含めて懐疑的な見方が多く、議会共和党がこのまま予算教書を受け入れる可能性は低い。

さらに、10月から開始の18年度予算についても、防衛関連予算を大幅に増額させることについては与党共和党から概ね賛同は得られているものの、防衛以外の予算額を大幅に削減させる案については、野党民主党を始め、一部上院共和党議員からも反対の声が挙がっており、大統領予算通りに議会を通過させることは困難となっている。このため、これからの18年度予算審議において、予算教書からの大幅な軌道修正は不可避だろう。

一方、18年度予算審議とは別に、夏場にかけて債務上限問題が重要課題として浮上してきた。米連邦債務残高には、3月中旬から19.8兆ドルの上限額が設定されており、トランプ政権は上限額を超える国債発行ができない。上限額を超えた場合には米国債はデフォルトするため、債務上限の扱いは非常に重要である。春先に上限額が設定された際には、CBOから上限額に抵触する時期として秋口との見通しが示されていたが、その後、税収が下振れしたことで上限に到達する時期が前倒しとなる可能性が高くなっている。このため、ムニューシン財務長官は、議会が8月の夏休みに入る前に上限額を引上げるよう要求している。

当初は、18年度予算審議と併せて債務上限額について審議されるとみられていたものの、予算編成や税制改革審議があまり進んでいない状況下で対応する必要がでてきた。オバマケアの代替案作成の目処が立たず、ロシアゲート対応もあってただでさえ審議日程が窮屈になっており、トランプ大統領の政権運営は益々困難となっている。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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