2017年03月22日

金融緩和による市場変化と成長~巨大な買い手の存在が金融市場の機能を低下させているか~

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸

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1――はじめに

日本銀行は2016年1月29日の金融政策決定会合において、マイナス金利付き量的・質的金融緩和の導入を決定し、即日、公表した。金融機関等が日本銀行に有している当座預金残高のうち、基礎残高1には0.1%の付利を維持するものの、マクロ加算残高2は0%の付利とし、更に、上積みとなっている政策金利残高3に対してはマイナス0.1%の付利をすることが発表された。実際の適用については、次の積み期間となる2月16日からとされたが、サプライズを伴ったアナウンスメント効果は大きく、特に、短期から中期年限までの金利水準が一気に低下した。その後、実際にマイナス金利の適用が始まると、10年金利の水準も更に低下しマイナスになった。債券市場の代表的なインデックスであるNOMURA-BPI総合も、3月上旬には全体の利回りがマイナスとなってしまった。
図表1 主要年限の国債利回り推移
その後、6月末の英国におけるEU離脱の可否を問う国民投票の結果を受けて、更に、金利水準は低下し、7月の前半には40年国債利回りですら、0.1%を下回る事態すら現出した。実際に、財務省が発表した7月6日の国債金利情報では、20年国債0.022%、30年国債0.042%、40年国債0.067%となっており、イールドカーブは極めてフラットな形状になっていた。このような水準では、超長期年限の国債に投資をしても十分な利回りを得ることができなくなってしまう。超長期年限にも投資することで利回りを稼ぎ長年続く低金利を耐え忍んできた生保や年金といった投資家には、大きな打撃となったのである。もちろん、中短期の国債利回りがマイナスになった影響で、中期年限を主な投資対象とする金融機関等の経営にも甚大な影響を与えることになった。

日本銀行は市場参加者の意見を収集し、また、マイナス金利導入の過程での市場とのミスコニュミケーションを正すべく、7月の金融政策決定会合において金融緩和政策に対する包括的な検証を行うことを約束した。その結果として9月21日に導入されたのが、長短金利操作付き量的・質的金融緩和であった。新しく導入された政策の柱は二つあり、まず、イールドカーブ・コントロールでは、短期金利をマイナス0.1%程度、10年金利を0%程度となるように市場を誘導することが示された。必要に応じて指値オペを導入することも示されている。これまでの目標であった“国債の日銀による保有残高の積増額を年間80兆円程度とする”ことを表面的には維持しつつ、実際には、金利水準そのものを政策目標にしている。第2の柱のオーバーシュート型コミットメントでは、最終的な政策ターゲットの「物価安定の目標」である2%が安定的に実現するまで政策継続が宣言されている。政策の外見は変更されたものの、引続き、国債等の買入れにより、金利はマイナスから低水準にコントロールされることが確定したのである。

日本銀行が短期と10年の目標金利水準を設定したことで、間にある年限の金利水準はほぼその二つを繋ぐ線上に乗ることになった。金利のボラティリティは大きく低下することが期待された。ところが、10年に近い年限は10年金利水準に左右されるものの、より長い超長期の金利水準は、日銀の国債買入れオペ次第で水準が決まることは容易に想像された。必ずしも市場参加者が多くない超長期年限の金利は、大きく変動する可能性が高まったのである。なまじ7月に強烈なフラットニングを経験したため、超長期金利はバネのように大きく跳ね上がる危険性さえ意識されるようになった。

このように、日銀による膨大な金融緩和の影響を受けて、金融市場には大きな歪みが生じている。既に、国債市場のみならず、社債等一般債市場においても、同様に歪みが見られるようになっている。本稿では、金利市場及び一般債市場で観測される市場の歪みに関する問題の存在を確認するとともに、その先にある財政規律と経済成長の問題にまで言及してみたい。
 
 
1「量的・質的金融緩和」のもとで各金融機関が積み上げた既往の残高
2 所要準備額に相当する残高及び金融機関が貸出支援基金および被災地金融機関支援オペにより資金供給を受けている場合の残高の合計等
3 各金融機関の当座預金残高のうち、基礎残高とマクロ加算残高を上回る部分
 

2――フラットニングは解消されたものの、市場の歪みは残る

2――フラットニングは解消されたものの、市場の歪みは残る

1現在の債券市場はバブルではない
現在の債券市場の現状をバブルと表現する見方は少なくない。しかし、1980年代後半に株式や不動産で確認されたバブル現象とは、やや様相を異にするものである。その当時から運用業界に席を置いて来た経験に基づいて言えば、当時の株式や不動産は、何でもが買い材料にして購入され、多数の市場参加者が値を吊り上げて行った過程にあった。まさに、相場は買いが買いを呼ぶオーバーヒートであった。ところが、現在の債券市場においては、既にメガバンクが国債を主な投資対象から外しているように、投資家の多くは十分な利回りが得られない国内債を投資の主対象から外しているため、決して相場に過熱感はない。現実を直視するならば、市中に発行されている国債の約4割を中央銀行である日本銀行が買上げているだけに過ぎない相場である。決して、17世紀オランダで見られたチューリップバブルのような熱狂ではなく、単に、市場を圧倒的に支配しているたった一人の投資家が、淡々と流通する国債を買い上げているだけなのである。
図表2 主なセクターによる国債保有額の推移
市場に熱狂はなく、参加者のほとんどが醒めた目で国債市場の動向を見つめている。何しろ巨大な投資家が屹立しており、結果的に、市場は日本銀行の動向に左右されるだけのものになってしまっている。今年の1月下旬から2月の頭に生じた市場の変動は、日銀の国債買入れオペの動向に着目せざるを得ない市場参加者と金融市場当局との間のミスコミュニケーションにより、トランプ相場による軟弱な地合いもあって、金利が不必要に変動してしまったものである。結局、2月末に日本銀行が国債買入れオペの予定を公表することで、市場の思惑や疑念に対し極力透明度を高めようとする努力を示すことになったのである。
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金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
債券・クレジット・ALM

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