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2017年01月18日
ますます巨大化する米国の大手医療保険会社~国民に医療保障を届ける唯一無二の存在へ-オバマケアの帰趨に左右されない強さ-
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はじめに
ビル・クリントン氏が大統領に就任した1993年、ファーストレディとなったヒラリー・クリントン氏は、ホワイトハウスの西館に執務室を構え、厚生、財務、商務、労働等の各長官その他補佐官で構成される医療保険制度改革作業委員会を主導し、その年の秋、医療制度改革法案を上程した。
「マネージド・コンペティション(管理下の競争)」という概念をバックボーンに考案された改革案は、無保険者の多くが被用者またはその家族であることに眼をつけ、全ての企業に対して従業員およびその家族に民間保険会社の医療保険を提供することを義務付けるとともに公的医療保険を充実させることによって米国民全てが医療保障を受けられるようにすることを主眼とするものであった。保険会社は従業員が転職により医療保険を乗り換えるときに既往症や年齢等を理由として加入を拒むことを禁止され、州ごとに設置される保険購入団体が中小企業を代表して保険会社との条件交渉を行い、選定された複数の保険商品から従業員が自ら加入商品を選ぶ。保険料の負担が困難な小規模企業や低所得層に対して連邦政府から補助金を支給する1。
長時間に及ぶ議会での討論を堂々とこなしたヒラリー氏は、新しいファーストレディ像を示したともてはやされたが、この改革案は実現には至らなかった。
共和党政権をはさんで、次に民主党で政権をとったオバマ大統領は医療保険改革を最優先課題として就任し、いわゆるオバマケアを実現した。オバマケアでは、個人は民間医療保険への加入を義務付けられ、従業員50人以上の雇用主(企業)は従業員とその家族への民間医療保険の提供を義務づけられた。
ヒラリー氏が提唱した精神の多くはオバマケアに通ずるものがある。
米国で盲腸の手術を受けると何百万円もの診察・手術料を請求されるという話を聞いたり読んだりした方は多いだろう。病気になったら破産するしかないと身構えて暮らしている人が多いとも聞く。2013年では、米国における自己破産の62%が医療費を原因とするものであり、米国民の5人に1人が医療費に関する債務を抱えているという2。
米国には、わが国のような全ての国民が加入する公的な医療保険がない。オバマケアが一定の成果を挙げた2015年末でさえ、国民の9%もが無保険状態にある3。世界の国々が見習うべき最先端モデルというイメージの強い米国社会のこの状況はいったい何なのだろうか。
米国の生命保険業界を研究していて、どうしてもぬぐえないでいる違和感は、なぜ国が補助金まで出して国民を民間保険会社の医療保険に加入させようとしなければならないのかということである。
その背景には、公的な医療保険を自主独立の精神を崩すことと嫌う国民感情もあるだろうが、それ以上に、深く米国の人々の生活に入り込んだ民間医療保険会社の存在の大きさがあるように思う。官を補完するのでも官と競合するのでもなく、官に代わって一般国民への医療保障の提供を一手に引き受け、彼らなしには医療保障が立ち行かないという状況を築き上げた。米国の医療保障は民間の医療保険会社が担っている。
わが国では郵政民営化の折り、「民でできることは民で」というかけ声が市民権を得た。その伝で行くと、米国は最優等生のように思われる。しかし、その結果が多くの落伍者を出す自己責任の医療マーケットとは。
2016年11月の大統領選挙で、オバマケアの継承と改善を訴えたヒラリー氏と大統領の椅子を争ったトランプ氏は、オバマケアの廃止を訴えて勝利した。まもなく2017年1月20日にそのトランプ大統領が誕生する。
その就任を控え、米国上院は1月12日、下院は翌13日に、オバマケア撤廃に向けた特別予算決議案を可決した。決議は1月27日までにオバマケア撤廃に必要な法案を作成するよう各委員会に指示している。直近の報道によればトランプ氏は、代替案の策定が大詰めの段階にあると語ったとあるが、代替制度の概要ははっきりしない。完全な変更か実態的改編か、いずれにせよ、オバマケアの行く末は予断を許さない。
しかしどのように経営環境が変わっても、米国の大手医療保険会社はたくましく生き抜き、より強力になろうとし続けるだろう。本レポートを読んでいただけば、オバマケアが撤廃された方が米国の医療保険会社にとって好都合なのではないかとさえ思われるかも知れない。
本稿は、大統領の交代によりオバマケアに一区切りがつけられることを間近に控えたタイミングで、いったん、大手医療保険会社を中心視座において、米国における医療保険制度の概要とオバマケアのこれまでを見ていくというスタンスで書き進めることとしたい。
1 武藤弘明「米国医療保険制度改革の行方」生命保険経営第61巻第6号(1993年)
http://www.seihokeiei.jp/pdf/SK/SK6106/SK6106-04-H05.pdf
永島英器「米国医療保険制度の改革」生命保険経営第62巻第5号(1994年)
http://www.seihokeiei.jp/pdf/SK/SK6205/SK6205-07-H06.pdf
2 「Medical Debt, Medical Bankruptcy and the Impact on Patients」National Patient Advocate Foundation The Patient Voice August 2014 https://www.npaf.org/wp-content/uploads/2017/07/Medical-Debt-White-Paper.pdf より
3 「Health Insurance Coverage in the United States: 2015」U.S. Census Bureau http://www.census.gov/content/dam/Census/library/publications/2016/demo/p60-257.pdfより
「マネージド・コンペティション(管理下の競争)」という概念をバックボーンに考案された改革案は、無保険者の多くが被用者またはその家族であることに眼をつけ、全ての企業に対して従業員およびその家族に民間保険会社の医療保険を提供することを義務付けるとともに公的医療保険を充実させることによって米国民全てが医療保障を受けられるようにすることを主眼とするものであった。保険会社は従業員が転職により医療保険を乗り換えるときに既往症や年齢等を理由として加入を拒むことを禁止され、州ごとに設置される保険購入団体が中小企業を代表して保険会社との条件交渉を行い、選定された複数の保険商品から従業員が自ら加入商品を選ぶ。保険料の負担が困難な小規模企業や低所得層に対して連邦政府から補助金を支給する1。
長時間に及ぶ議会での討論を堂々とこなしたヒラリー氏は、新しいファーストレディ像を示したともてはやされたが、この改革案は実現には至らなかった。
共和党政権をはさんで、次に民主党で政権をとったオバマ大統領は医療保険改革を最優先課題として就任し、いわゆるオバマケアを実現した。オバマケアでは、個人は民間医療保険への加入を義務付けられ、従業員50人以上の雇用主(企業)は従業員とその家族への民間医療保険の提供を義務づけられた。
ヒラリー氏が提唱した精神の多くはオバマケアに通ずるものがある。
米国で盲腸の手術を受けると何百万円もの診察・手術料を請求されるという話を聞いたり読んだりした方は多いだろう。病気になったら破産するしかないと身構えて暮らしている人が多いとも聞く。2013年では、米国における自己破産の62%が医療費を原因とするものであり、米国民の5人に1人が医療費に関する債務を抱えているという2。
米国には、わが国のような全ての国民が加入する公的な医療保険がない。オバマケアが一定の成果を挙げた2015年末でさえ、国民の9%もが無保険状態にある3。世界の国々が見習うべき最先端モデルというイメージの強い米国社会のこの状況はいったい何なのだろうか。
米国の生命保険業界を研究していて、どうしてもぬぐえないでいる違和感は、なぜ国が補助金まで出して国民を民間保険会社の医療保険に加入させようとしなければならないのかということである。
その背景には、公的な医療保険を自主独立の精神を崩すことと嫌う国民感情もあるだろうが、それ以上に、深く米国の人々の生活に入り込んだ民間医療保険会社の存在の大きさがあるように思う。官を補完するのでも官と競合するのでもなく、官に代わって一般国民への医療保障の提供を一手に引き受け、彼らなしには医療保障が立ち行かないという状況を築き上げた。米国の医療保障は民間の医療保険会社が担っている。
わが国では郵政民営化の折り、「民でできることは民で」というかけ声が市民権を得た。その伝で行くと、米国は最優等生のように思われる。しかし、その結果が多くの落伍者を出す自己責任の医療マーケットとは。
2016年11月の大統領選挙で、オバマケアの継承と改善を訴えたヒラリー氏と大統領の椅子を争ったトランプ氏は、オバマケアの廃止を訴えて勝利した。まもなく2017年1月20日にそのトランプ大統領が誕生する。
その就任を控え、米国上院は1月12日、下院は翌13日に、オバマケア撤廃に向けた特別予算決議案を可決した。決議は1月27日までにオバマケア撤廃に必要な法案を作成するよう各委員会に指示している。直近の報道によればトランプ氏は、代替案の策定が大詰めの段階にあると語ったとあるが、代替制度の概要ははっきりしない。完全な変更か実態的改編か、いずれにせよ、オバマケアの行く末は予断を許さない。
しかしどのように経営環境が変わっても、米国の大手医療保険会社はたくましく生き抜き、より強力になろうとし続けるだろう。本レポートを読んでいただけば、オバマケアが撤廃された方が米国の医療保険会社にとって好都合なのではないかとさえ思われるかも知れない。
本稿は、大統領の交代によりオバマケアに一区切りがつけられることを間近に控えたタイミングで、いったん、大手医療保険会社を中心視座において、米国における医療保険制度の概要とオバマケアのこれまでを見ていくというスタンスで書き進めることとしたい。
1 武藤弘明「米国医療保険制度改革の行方」生命保険経営第61巻第6号(1993年)
http://www.seihokeiei.jp/pdf/SK/SK6106/SK6106-04-H05.pdf
永島英器「米国医療保険制度の改革」生命保険経営第62巻第5号(1994年)
http://www.seihokeiei.jp/pdf/SK/SK6205/SK6205-07-H06.pdf
2 「Medical Debt, Medical Bankruptcy and the Impact on Patients」National Patient Advocate Foundation The Patient Voice August 2014 https://www.npaf.org/wp-content/uploads/2017/07/Medical-Debt-White-Paper.pdf より
3 「Health Insurance Coverage in the United States: 2015」U.S. Census Bureau http://www.census.gov/content/dam/Census/library/publications/2016/demo/p60-257.pdfより
1――米国の医療保障制度の概要
(2017年01月18日「基礎研レポート」)
松岡 博司のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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2024/03/12 | 主要国の生保相互会社の状況-各国で株式会社と相互会社の競争と共存が定常化-デジタル化等の流れを受けた新しい萌芽も登場- | 松岡 博司 | 基礎研レポート |
2023/09/05 | コロナパンデミック前後の英国生保市場の動向(1)-年金を中核事業とする生保業績- | 松岡 博司 | 保険・年金フォーカス |
2023/07/19 | インド生保市場における 生保・年金のオンライン販売の動向-デジタル化を梃子に最先端を目指す動き- | 松岡 博司 | 保険・年金フォーカス |
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