2016年12月30日

製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(前編)-エレクトロニクス系高度部材産業の現状と目指すべき方向

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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1――はじめに

これまで自動車産業とともに我が国の製造業の中核を担ってきたエレクトロニクス産業では、半導体・液晶パネルや家電など主力分野の一部において、韓国や中国など海外メーカーの急速な追い上げにより、国際競争力が著しく低下し、大幅な業績悪化に陥った企業では、人員削減や事業再編など抜本的な構造改革を迫られる場面が近年散見された。

その一方で、これらの分野に部材(部品・材料や加工技術)を供給してきた我が国のサプライヤー群の中には、米アップルのスマートフォン「iPhone」など世界的なヒット製品の中核部材の供給を担うなど、高い国際競争力を維持している企業が散見される。これらの企業群は、世界的な顧客企業から、優れた基幹部品(キーデバイス)・材料や精密加工技術など「高度部材」に関わるものづくり力を高く評価されているとみられる。これらの高度部材産業は、エレクトロニクス分野にとどまらず、自動車、ロボット、医薬品、食品など幅広い製造業を支える「キーインダストリー」と言ってもよい。

このように我が国の高度部材産業は、国内製造業の中でも比較的強い競争力を有してきたが、近年、半導体や液晶パネルなどと同様に、韓国・台湾・中国などのアジア勢を中心とした海外メーカーの追い上げなどにより、一部の分野で競争力が低下しつつある。

そこで本稿と次稿の2編にわたり、我が国の高度部材産業の現状と課題、今後の在り方について、既存文献や各種リリース資料などの公開資料を基に、エレクトロニクス系高度部材産業を中心に考察することとしたい。まず、前編の本稿では、具体的なデータや事例に基づいて、我が国の高度部材産業の現状と課題について考察したい。
 

2――高度部材産業は「機能性部材産業」と「サポーティングインダストリー」に大別される

2――高度部材産業は「機能性部材産業」と「サポーティングインダストリー」に大別される

1高度部材産業とは

「高度部材」について、決まった定義があるわけではない。そこで先行研究を調べたところ、少し古い資料ではあるが、九州経済産業局が2005年度に行った調査によれば、高度部材とは「原材料の純度、組織構造などの高度な制御を行い、または、高度な成形加工技術によって生まれた性能・機能性に優れた材料、部材及び一部の部品」1を指す。なお、同調査では「部品については、部材との区分が明確でないものもあるため、部品も含めた定義とした。しかし、部品には多くの部材によって組み立てられた機器に近いものもあるため、一部の部品に限定するのが適切であると考えられる」2と指摘されている。本稿では、この定義を基本的に踏襲しつつ、部品については、受動部品、接続部品、変換部品など、いわゆる「電子部品」は高度部材に含めないこととする。

高度部材産業は、(1)化学合成、製膜、精密成形、光学、バイオ、MEMS(微小電気機械システム)などの高度な「科学技術」を持つ比較的事業規模が大きい企業群が主として担う「機能性部材産業」と、(2)鋳鍛造、プレス加工、めっき、切削加工、熱処理、金型設計、表面処理などの高度な「ものづくり基盤技術」を持つ匠の中小企業群、いわゆる「サポーティングインダストリー」の2つに大別できると考えられる。
 
2開発過程と企業規模に関わる特徴

「機能性部材産業」では、企業の研究開発部門の研究者・エンジニアによって社内業務や社外での共同研究・学会活動を通じて社内に蓄積される「科学的知見」、「サポーティングインダストリー」では、熟練工によってものづくりの現場で長年にわたって培われる「匠の技能・ノウハウ」が、各々競争力の源泉となる。

機能性部材産業は、科学的知見を基に進められる研究開発のリードタイムが相対的に長く、また研究開発投資や設備投資の必要規模が比較的大きいなど高い不確実性を伴うため、中小企業が関わるにはリスクが高いとみられ、企業体力が相対的に強い大企業・中堅企業が担うケースが圧倒的に多いとみられる。一方、サポーティングインダストリーは、開発過程の予測可能性が比較的高く、また職人的・現場的知見が活かしやすいため、中小企業が関わりやすい面が強いと思われる。
 
3多様で広範な産業分野に及ぶ具体事例

機能性部材産業の代表例としては、主として大手化学メーカーが手掛ける電子材料が挙げられ、日本企業は同分野でこれまで高シェアを確保し高い国際競争力を誇ってきた。また、医薬品や農薬の原料(中間体・原薬)、機能性食品素材なども機能性部材のカテゴリーに含まれ、多様で広範な産業分野に及んでいる。

サポーティングインダストリーも、技術分野ごとに様々な事例が存在するが、例えば自動車部品用プレス金型、素材にない機能・性質(電気的特性、磁性、光反射・吸収等)をめっきによって付加する「機能めっき」、半導体・光学部材などの先端分野で必要となるセラミックスやシリコンなどの硬脆性素材の微細加工、半導体製造装置の中枢部品の一部として用いられる高精度の特殊ネジなどが挙げられる。
 
4高度部材産業と川下産業の擦り合わせが我が国製造業の強みの源泉

我が国には、世界的にも稀有な高度部材産業集積が形成されていると言われる。高度部材産業を形成する企業群と、自動車、電機・電子、産業用機械・製造装置、ロボット、医療・福祉機器、医薬品、農薬、食品などの最終製品を提供する企業群(川下メーカー)との開発や生産の現場での極めて濃密かつ迅速な連携、いわゆる「擦り合わせ」が、我が国製造業の強みの源泉となってきた。

また、擦り合わせ段階での試行錯誤は、更なる技術の進化・蓄積=イノベーションの源になると考えられる。
 
1 九州経済産業局「九州地域における高度部材産業の産学官連携に関する調査研究報告書」(2006年3月、委託先:日本アプライドリサーチ研究所)より引用。全国の地方公共団体の中でいち早く高度部材産業に着目し、その振興に注力してきた三重県も、同県「みえ産業振興戦略」(2012年7月)の中で九州経済産業局による定義とほぼ同様のものを用いている(弊社は調査研究の受託(筆者がプロジェクトマネージャーを担当)により、同戦略の策定に関わった)。
2 引用元は脚注1と同様。例えば、半導体および液晶パネルは、スマートフォン、タブレット、薄型テレビなどの最終製品のキーデバイス(基幹部品)となるが、高度部材産業の考察では「部材」ではなく「(中間)製品」として扱い、半導体・液晶パネルの製造プロセスで使用される多くの電子材料を「部材」として扱うことが通例である。
 

3――高度部材産業において高い競争力を誇ってきた日本企業

3――高度部材産業において高い競争力を誇ってきた日本企業

以下では、主としてエレクトロニクス産業を例にとって、議論を進めることとする。日本のエレクトロニクス産業の国際競争力が急速に低下する一方、これらのエレクトロニクス製品を支える高度部材(機能性部材およびサポーティングインダストリー)の分野では、日本メーカーが依然として高い競争力を有しているものが散見される。
 
1競争力が急速に低下する川下のエレクトロニクス産業

主要なエレクトロニクス製品を見ると、DRAMなどの半導体、液晶パネル、太陽電池、DVDプレーヤー、薄型テレビといった、これまでの成長分野において、製品が市場に投入された当初は技術力で先行する日本メーカーが圧倒的なシェアを誇るが、その後韓国・台湾・中国などのアジア勢を中心とした海外メーカーの大規模な投資攻勢による猛追を受け、世界シェアを大きく落とすというパターンが続いている(図表1)。

例えば、半導体メモリーの1つであるDRAMでは、NEC、東芝、日立製作所、富士通、三菱電機など大手総合電機メーカーが80年代後半から90年代初頭にかけて世界市場を席巻したが、90年代後半以降は、韓国のサムスン電子と現代電子産業(現・SKハイニックス)、米国マイクロン・テクノロジーなど海外メーカーの台頭による市場シェアの大幅な低下、2001年のIT バブル崩壊による収益の大幅な悪化により、日本勢は抜本的な事業再編を余儀なくされた。富士通は99年、東芝は02年に汎用DRAM事業から撤退し、NECと日立製作所は99年にDRAM事業を統合してエルピーダメモリを設立した。エルピーダは03年に三菱電機の同事業を譲り受け、我が国で唯一のDRAMメーカーとなった。エルピーダは2000年代後半以降、積極的な設備投資により市場シェア向上に一時成功したが、08年のリーマン・ショック後の韓国ウォンに対する急激な円高進行や製品市況の暴落などにより、12年に経営破綻し13年にマイクロンの傘下に入った。これにより、DRAMの日本メーカーは消滅した。韓国メーカーと熾烈な競争を繰り広げてきた液晶パネル産業でも、DRAMと同様の要因により、リーマン・ショック以降、韓国勢に対する価格競争力が著しく低下し、市場シェア低下に拍車がかかった。

直近では、今後の成長が期待されていたリチウムイオン電池やLEDでも、後発のアジア勢など海外メーカーのキャッチアップを許し、大幅に市場シェアを失う傾向に陥りつつある(図表1)。

このように、主要なセット製品と電子デバイスで、日本の電機メーカーの国際競争力が急速に低下している。
図表1 主要なエレクトロニクス製品の日本企業の世界シェア推移
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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