2016年12月20日

老いる中国、介護保険制度はどうなっているのか。【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(23)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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3-北京市海淀区(パイロット地区以外)―官民協働運営で、任意加入。高額な保険料負担も、受給要件、給付内容は拡充

パイロット地区以外で、独自の介護保険を模索している地域もある。首都北京市の中心に位置する海淀区の介護保険がその一例であろう。

海淀区の高齢化の現状は、北京市全体の縮図といっても過言ではない。北京市海淀区の人口は370万人で、北京市全体の17%を占める。海淀区の高齢者数45万人のうち、2割は自立した生活が困難な高齢者とされている。海淀区の高齢者は毎年2万人増加しており、2050年には100万人に達する見込みで、常住人口の3人に1人が高齢者となると予測されている。介護にかかる費用は、軽度でも月額5,000~8,000元、重度の場合は1万元以上必要なのが現状である。海淀区の高齢者の7割が月額3,000元以下の年金で生活していることを考えれば、現状のまま高額な費用の負担は困難な状態にある。

海淀区政府が施行した介護保険は、国が選出したパイロット地区のそれとは大きく異なる。まず、介護保険は、民間の保険会社と区政府が協働で運営する保険となる。加入は任意で、パイロット地区ではなかった介護保険料が発生する。受給要件である要介護認定は3段階設けられ、それに応じた支給限度額が設定されている(図表3)。
(図表3)パイロット地区と北京市海淀区独自の制度(概要)
北京市海淀区の場合、加入対象となる被保険者は18歳以上の区民、区に勤務する北京市戸籍の保有者である。年間保険料は被保険者の戸籍(都市/農村)と加入時の年齢で峻別され、現役世代、年金を受給している高齢者は任意で加入する。2016年の保険料負担(年間)は、都市戸籍で60歳以上が最も高い1,094元、これは同区の受給年金月額のおよそ1/3にあたる。保険料が最も低いのは農村戸籍の加入者で、年齢が18~39歳の792元となっている。

介護保険は、国有大手の生命保険会社である中国人民人寿が引き受けており、海淀区政府と協働で運営している。保険料の納付期間は15年間で、給付開始年齢が65歳以上としている点がパイロット地区とは大きく異なるであろう。

介護サービスを利用するための認定については、 65歳以上の被保険者が身体、メンタルにおいて6ヶ月以上の治療を連続して受けており、医療機関が自立した生活ができないと証明した場合、保険会社に申請する。保険会社は、第三者の判定機関に依頼し、食事、衣類着脱、睡眠、排泄の日常生活動作(ADL)について要介護度を評定、サービス項目を決定する。目安としては、ADL4項目のうち1つが自立してできない場合は、要介護度が軽度、以降、2~3つの場合は中度、4つ全てできない場合は重度の3段階となっている。ただし、65歳以上で給付要件を満たしたとしても、保険料の納付期間が15年間に満たない場合、15年分に達するまでの保険料を一括で支払わなければならない。

要介護度の軽度・中度・重度によって、月の支給限度額を900元、1,400元、1,900元と設定し、重度の場合は軽度と比べてより手厚い給付を受けることができる。給付は訪問、通所、施設介護等いずれも対象となっている。訪問介護については、日常生活、在宅介護、リハビリ、食事の配達、救急対応に加えて、バリアフリーのための住宅リフォームや重度の要介護者向けの車イス、特殊ベッドのレンタルも対象となる。また、パイロット地区では給付対象外の通所介護については、地域コミュニティが運営する社区のデイサービスの利用や、リハビリを受けることも可能である。施設介護については、1人暮らしの高齢者、一人っ子を亡くした高齢者で自立した生活が困難な場合などある程度限定している。

なお、自己負担については戸籍や年齢によらず、月額限度額を超えた部分を負担するとしている。

このように、北京市海淀区の介護保険は、パイロット地区の介護保険とは一線を画している。財源の多くは被保険者が支払った保険料で、制度として独立している。加入が任意であること、民間生保と協働運営していることから、位置づけとしては民間保険と思われがちであるが、海淀区政府が保険料の一部を補助しているため、どちらかといえば公的な保険としての位置づけとなっているようである。ただし、保険料の支払いを考えると、区の対象者全員が加入可能で、給付を受けられる保険とは言い切れない。海淀区の導入状況を参考にしつつ、今後、北京市全体に広げるのかについては更なる検討が必要であろう。
 

4-まず、認知症など自立した生活が困難な高齢者4,000万人を支える

4-まず、認知症など自立した生活が困難な高齢者4,000万人を支える

中国社会は急速に高齢化、核家族化し、現在、社会の主流をなすのは「4・2・1世帯」とされる。つまり、一人っ子の夫婦(2人)が、それぞれの両親(4人)の老後を支え、一人っ子(1人)を育てる社会構造となっている。一人っ子の夫婦世代にかかるプレッシャーは想像以上に大きい。

社会扶養の重要性は早くから指摘されていたが、その中でも特に課題とされていたのは、専門の介護が必要な認知症患者など自立した生活が困難な高齢者である。中国老齢科学研究センターは、2014年末で、60歳以上の国民のうち、このような高齢者は4,000万人近くに上っていると報告している。これは、同年の60歳以上の高齢者のおよそ2割にあたる。

国が指定し、公的な役割がより強く求められるパイロット地区の介護保険は、重度の要介護者を対象とし、主なターゲットは、認知症患者など自立した生活が困難な高齢者を想定していると考えられる。まず、家庭扶養では支えきれない高齢者や、その家族、血縁者への給付に重点が置かれているのではないであろうか。 一方、経済的にある程度余裕のある地域では、民間の保険会社を活用し、協働の保険や、保険会社による介護保険商品に加入するなどの選択肢もあり、こちらは多様性に富んでいる。

いずれにしても、国が2020年という期限を設けた以上、各市は、それまでに実情に応じた介護保険制度を構築する必要がある。中国の場合、制度の設計、導入のタイミング、運営や財源が各市に委ねられており、一旦期限が決まると、制度の施行までのスピードは速い。残された検討時間や制度構築のためのコストを考えると、多くの都市が、パイロット地区で示された医療保険の枠組みを活用した制度をひとまず導入するであろう。ただし、制度運営で肝心な財源-医療保険基金の財政状況を厳しく見極める必要があろう。医療保険基金は各市で管理されるため、それぞれの規模が総じて小さく、域内の経済状況や高齢化の影響を受けやすい。日本の介護保険について、導入当初は保険料の徴収をせず、段階的に徴収していった経緯があるが、中国においても制度の持続可能性を確保する上で、早晩、被保険者の保険料負担の導入などを検討していく必要があると思われる。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2016年12月20日「保険・年金フォーカス」)

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