2016年12月12日

ソルベンシーIIの今後の検討課題について(2)-実務面の課題及びBrexitの影響等-

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2|膨大なデータ量-保険会社による監督当局への報告-
(1) ソルベンシーII制度の下での監督当局への報告
保険会社は、ソルベンシーII制度の下で、膨大な量の情報を監督当局に提出しなければならなくなる。欧州全体で保険会社によって監督当局に提出されるデータの合計は、何十億項目もの情報に達すると言われている。

それらの膨大なデータを含む報告書の監督当局への提出スケジュールは、以下の通りとなっている。準備期間を考慮して、数年かけて段階的に本来的な提出期限へと前倒しされていくことになっている。

保険会社は、これらの膨大なデータをこうした短期間で提出するために、システムや人員配置等の面での対応が求められている。

(参考)ソルベンシーII制度の下での監督当局への報告スケジュール

単体ベースの四半期報告については、2016年は、期末後8週間以内にテンプレートを提出することが求められることになっているが、これが2019年に向けて、5週間以内へと段階的に短縮されていくことになる。グループベースの四半期報告については、2016年は、期末後14週間以内にテンプレートを提出することが求められるが、これが2020年に向けて、11週間以内へと段階的に短縮されていくことになる。さらに、年間報告となるSFCR(Solvency and Financial Condition Report:ソルベンシー財務状況報告書)については、単体ベースでは2016年の18週間以内から、2019年の14週間以内へ、グループベースでは2016年の24週間以内から、2019年の20週間以内へと短縮されていくことになる。なお、四半期報告については監督当局への報告のみで一般には非公開な報告であるが、SFCRについては、パブリック・ディスクロージャ―資料として、一般に公開される報告となる。 具体的な日程は、2016年決算の場合、第4四半期報告が、単体で2017年2月25日、グループで2017年4月8日、SFCRが、単体で2017年5月20日、グループで2017年7月1日となる。

(2)その他の監督当局への報告
各国の監督当局は、各国共通のソルベンシーIIのデータに加えて、各国独自のテンプレートによる特別なデータの提出も要求している。これらも、保険会社にとっては、追加の負担となっている。なお、ソルベンシーIIのテンプレート自体も、今後適宜見直しが行われ、必要に応じて、新たなデータ提供の追加も行われていくことになる。

(3)保険会社からの意見
これに関連して、「Call for Evidence」で示された意見では、「報告要件は、ソルベンシーIIの下であまりにも煩わしく、ソルベンシーII、EIOPAの金融安定報告及びECB(欧州中央銀行)報告の間で重複している。」としている。さらに、他の金融機関を含む回答者から、「異なる報告義務が、国家当局とESAs(欧州監督当局)の両者によって収集されるデータの規模を著しく増加させた。」として、「収集されたデータの全体的な現状把握、国家当局とESAsの間のよりよい情報フロー、報告要件の合理化、テンプレートと標準化された報告様式の広範な使用及び共通のITツールとソリューションを要求する。」との意見が提出されている。

3|膨大なデータ量―監督当局の対応-
(1)膨大なデータ量の状況
膨大なデータ量の問題は、これらのデータを準備する保険会社にとってだけでなく、そうして提出されるデータを分析し、それらに基づいて保険会社の監督を行う監督当局にとっても大変な負荷を伴うものとなっている。

英国のPRAに収集されるデータは、PRAが銀行よりも多くの保険会社を監督しているということもあって、銀行に対するバーゼル規制(バーゼルIII)を規定しているCRD IV下で収集されるデータの5倍の量があると言われている。

(2)システムの開発
殆どの監督当局は、ソルベンシーIIに対応したフローとフォーマット(データはXBRLで提出)に対応できるシステムを開発するために、多額の投資を行っている。さらには、こうしたデータを使用して各種の分析を行うことができるツールの開発を行ってきている。

(3)監督のあり方への影響
ソルベンシーIIは市場整合的な評価により、リスクに対して敏感に反応する資本要件となっている。監督当局もこうしたボラティリティが有する意味合いを十分に分析・評価して、必要に応じて早期の段階から所要の対応を行っていくことが求められることになる。新たなソルベンシーIIのデータにより、監督当局は経済的なストレスシナリオに対する影響を詳細に分析できるようになる。従って、従来のミクロ・プルーデンス(個々の金融機関の健全性を確保すること)中心から、マクロ・プルーデンス(金融システム全体のリスクの状況を分析・評価し、それに基づいて制度設計・政策対応を図ることを通じて、金融システム全体の安定を確保するとの考え方)を強化することが重要になってきている。こうした監視・監督を十分に機能させていくためのスタッフ等のリソースの確保も重要な課題になってくる。

(4)今後の有効活用に向けて
監督当局も、当初からソルベンシーIIの全てのデータを有効活用することについては、その限界を認識しているようである。まずは、新旧制度間の差異を、実際に提出されるデータに基づいて十分に理解し、新しいデータに基づいて、既存のデータに基づくものと同じ分析が行えることを確認する必要がある。その上で、さらに新しいデータを利用して、どのような分析が実際に行えるのかを確認していくことになる。

この中には、新しい制度を導入した1つの目的である会社間の比較可能性の検証も含まれてくることになる。ソルベンシーII制度の導入によって、ピア比較が具体的にどのような形で向上が図られていくのかを、一般の投資家や契約者等に何らかの形で説明していくことも求められてくるのではないかと思われる。

さらには、こうしたデータのEIOPAレベルでの共有を通じて、内部モデルに対するベンチマーク研究や監督当局間の整合性に関する分析を行うことができる。これらにより、実務や監督当局の判断基準等の一貫性の促進やレベルの向上が図られていくことが期待されることになる。 
4|膨大なデータ量-内部モデルの使用
これまでは、ソルベンシーIIの規制対象となる一般的な保険会社の状況であったが、内部モデルを使用する会社の場合には、その新規適用や変更等のために、さらに追加で膨大な資料の提出が求められることになる。

これに伴う監督当局サイドの負荷もさらに大きなものとなる。内部モデルの申請に伴う監督当局の業務負荷について、ドイツの監督当局であるBaFinは、そのAnnual Report(年次報告書)の中で、以下の記述を行っており、ソルベンシーIIという枠組みの中での監督当局の承認審査業務の大変さが示されている。

(参考)BaFinの2015年のAnnual Report(年次報告書)よりの抜粋

申請に要求される文書化だけでも、2つの側面で、かなりのものとなっている。1つには、申請は最大10万ページにもなるかもしれず、その完全性と内容がBaFinによって確認されなければならない。2つ目に、監督当局はその文書を関係する外国の監督当局に遅滞なく転送しなければならない。

申請が受領されたら直ぐに、会社は確認書を受け取る、申請の完全性は30日以内、ソルベンシーII指令の第231条の下でのグループ内部モデルの場合には45日以内にチェックされる。もし、申請が完全であれば、その受領から6ヶ月の(審査)期間がスタートする。BaFinはその期間内に申請に関する完全な決定を行わなければならない。

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中村 亮一

研究・専門分野

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