2016年12月12日

ソルベンシーIIの今後の検討課題について(2)-実務面の課題及びBrexitの影響等-

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3―ソルベンシーIIの今後の検討課題-算出に関するその他の項目-

1|繰延税金資産(Deferred Tax AssetsDTA
繰延税金の取扱についても、会社の資本ポジションに大きな影響を与える要素であるが、EU各国間で異なる実務が行われている。ただし、これは各国の税制に依存する繰延税金の実現とソルベンシーIIの貸借対照表の市場整合的な考え方が入り交じっていることによるもので、簡単な問題ではない。

例えば、英国では、リスクマージンが(会計上の)繰延税金資産を形成する差異のソースとなっているが、監督当局のPRA(Prudential Regulation Authority:健全性規制機構)の見解では、「継続企業ベースで事業を行っている会社がリスクマージンを将来の課税可能な利益のソースとして使用することは、既契約のリスクマージンの減少が新契約のリスクマージンの設定によって相殺されることから認められない。」としている。

多国展開する欧州の大手保険会社のCRO(Chief Risk Officer)から構成されるCROフォーラムは、10月17日に繰延税金の取扱に関するペーパー5を公表している。これにより、ソルベンシーIIの下での繰延税金やその損失吸収力の取扱に関する原則を規定し、ストレスシナリオでの回収可能性テストのグッド・プラクティスを提案している。

「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」では、以下のように記述されており、EIOPAは、「現在適用されている様々な方法とその影響について報告する」ことが求められている。
 

3.2.9.繰延税金の損失吸収能力の調整を計算する際に使用される方法(指令2009/138 / ECの第111条(l)(i)のエンパワーメントの下で)。

繰延税金調整による資本要件の減少の計算は複雑であり、監督上の高い判断が必要となり、結果として加盟国に多種多様な実務が生じる可能性がある。

EIOPAは、現在適用されている様々な方法とその影響について報告することが求められる。

 
5 CRO Forum「DTA in SCR」  http://www.thecroforum.org/dta-in-scr/
2|内部モデルの整合性
(1)概要
前回のレポートで触れた項目の中でも、内部モデルにおけるリスク評価の考え方に差異があることについては、繰り返し述べてきた。内部モデルの承認は各国の監督当局の考え方に基づいているため、各国間で必ずしも整合性が図られていないという点が指摘されている。

EIOPAもガイダンス等の発行で対応を図ってきてはいるが、各国それぞれが抱える事情もあることから、なかなか統一的な取扱を決定することは難しい状況にある。

内部モデルの承認を受けた会社数については、英国が突出しているが、国によっては、極めて限定されているケースもある。内部モデルの承認を巡る状況は、各国の監督当局の考え方だけでなく、体制や体力等にも大きく関係している。内部モデルの審査・承認には、会社サイドだけでなく、監督当局サイドにも大きな負荷がかかっている。

(2)内部モデルの整合性の確保に関する考え方
内部モデルとはいえ、その考え方等について、できる限り整合性を確保することを目指していくべきだとの考え方に対して、実際の各種のモデルの適用においては、内部モデルの趣旨からして、各社の状況に応じたリスクに対する多様な考え方を反映したものを認めていくべきだとの考え方もある。

各社のモデルが、同じ考え方やデータに基づいたものに集中していくことは、実際にリスクが発生した場合の対応等において、一方向に集中する動きを加速させることになり、モデル収束に伴う新たなリスクを発生させることになってしまう懸念もある。合理的な理由が存在する限りにおいては、各社の内部モデルによるリスク評価に健全な多様性が存在していることが望ましいと考えられる。結果として、市場リスクに対する様々な見方が存在することが、市場全体として見た場合のリスク分散につながることにもなる。

従って、監督当局の内部モデル承認における考え方においても、例えばリスクに対する見方について、EU内あるいは各国内で必ずしも完全に統一的な考え方に基づいている必要はなく、各国の状況に対応して、各社のリスク管理の考え方が尊重されていくことが適当と考えられる。

ただし、こうしたリスクに対する保険会社各社の考え方については、ディスクロジャー資料等で適切な説明を行って、明確化させていくことが望まれることになる。

3|1年間のタイムホライズン
ソルベンシーIIのリスク測定においては、1年間でのリスク測定が行われている。この限られたタイムホライズンが、資産や負債の時価評価と併せて、保険会社が短期及びボラタイルな資産へ投資する間違ったインセンティブを創り出しているとの批判もあり、「Call for Evidence」に対してもそのような意見が示されている。

1年間のタイムホライズンに基づく指標それ自体は意味があるものと考えられるが、一方で長期投資のデュレーションを反映した長いタイムホライズンでの適切な考察も与えられていくべきと考えられる。
 

4―ソルベンシーIIの今後の検討課題-実務面の課題-

4―ソルベンシーIIの今後の検討課題-実務面の課題-

1|法体系の複雑性
(1)概要 
ソルベンシーIIにおいては、プリンシプルベースの考え方に基づいて、法令等の簡素化が期待されていたが、現実は、相当複雑なものとなっている。

ソルベンシーII指令は160ページを超え、329条と7つの附属書を含んでいる。委任法は、900ページを超えて、381条と26の附属書を有している。15の実施技術標準があり、これまでにEIOPAは、約700程度のガイドラインを発行している。

これは、高コストを生み出し、新規参入者への高い障壁ともなっている、と言われている。

(2)ガイドラインの位置付け
EIOPAによるガイドラインについては、法的拘束力はないが、保険会社の立場からは、ガイドラインへの遵守(Comply)又は非準拠の説明(Explain)が求められることになる。このため、非準拠の説明の失敗が法令に違反する結果となるおそれがあることになる。従って、ガイドラインを多用することは望ましくなく、ガイドラインは「法令の整合的な適用のために必要とされることの十分な証拠がある場合のみに許容されるべき」だとの意見がある。

(3) プリンシプルベース・アプローチの実態
さらには、これに関連して、「プリンシプルベースと言いながら、こんなに多くのルールとガイドラインを有しているプリンシプルベースの制度に出くわしたことがない。」との批判を受けているようである。 

「Call for Evidence」で示された意見でも「EIOPAからの過度に制約的なガイドラインが、指令のプリンシプルベース・アプローチを制限している。」と指摘されている。

(4)今後の動向
このように、米国のルールベース・アプローチを批判して、プリンシプルベース・アプローチを標榜してきたEUのソルベンシーII制度であるが、その実態は、現段階では結局はあまり差がないという状況になっているようである。

加盟国間の監督の統一や整合性を確保するために、多くのガイドライン等を作成することは、結局は実質的なルールの作成につながってしまうというジレンマを抱えることになっている。もちろん、ガイドラインはルールではないと位置付けられるのかもしれないが、その線引きはかなり難しい。EIOPAが、今後こうした批判を受けて、どのようなスタンスで、プリンシプルベースの制度を構築していくのかは注目に値する。
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中村 亮一

研究・専門分野

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