2016年11月04日

日銀の苦境はまだまだ続く~金融市場の動き(11月号)

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.トピック:日銀の苦境はまだまだ続く

日銀は10月31日~11月1日に開催された金融政策決定会合において物価目標の達成時期を「2018年度頃」へと大幅に後ろ倒しした。また、黒田総裁は会見において「デフレマインドの払拭は簡単ではない」とその困難さを認め、物価目標達成については自身の任期中(2018年4月まで)にこだわらない姿勢を示した(決定会合についての詳細はP4ご参照)。

日銀は9月の決定会合において、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」を導入したが、これによって、限界の見え始めている(国債買入れ)「量」を重視する政策から、技術上は継続期間に限界のない「金利」を重視する政策へと実質的に転換し、長期戦に対応できる体制を整えた。やみくもに金融緩和を強化していくのではなく、適切なイールドカーブ(利回り曲線)を実現することによって、物価目標達成を待つという道筋を描いている。逆に言えば、マイナス金利導入以降、金利低下の副作用が目立ったことから、これまでのように日銀が主体的に動いて市場や期待に働きかけ、物価目標達成を目指すことがもはや困難になったため、金融緩和を続けながら追い風を待つしかなくなったと言える。今回の会合でも、「予想物価上昇率が弱含んでいる」ことや、「物価目標に向けたモメンタム(勢い)が幾分弱まっている」ことを自ら指摘しつつも、追加緩和はあっさりと見送り、先行きの追加緩和を強く示唆することも無かった。

日銀は今後も容易には動かず、限りある追加緩和手段を出来るだけ温存する可能性が高い。従来と比べて政策変更が期待しづらくなった分、市場の注目度や市場への影響度は低下したと考えられるが、そうした中でも今後注目すべき点はいくつか存在している。
(今後の注目点)
(1)長期金利の制御をうまく続けられるか?
まず、一つ目の注目点は「長期金利の制御をうまく続けられるか?」という点だ。9月下旬に導入された長短金利操作で、長期金利の誘導目標を「ゼロ%程度」と設定してから1カ月余りが経過したが、この間の長期金利は▲0.0%台半ば~後半で極めて安定した推移を辿っている。長期金利の日々の変動について標準偏差(データのばらつきを示す値)を計算すると、10月は極めて変動が少なかったことがわかる。9月末には、設定された「ゼロ%程度」の下限を探るような動きが出たが、▲0.1%に接近した局面において日銀が長期ゾーンの国債買い入れオペ減額を通知したことで、下限は▲0.1%付近とのコンセンサスが市場で形成された。一方で、長期金利がゼロ%に近づくと割安感から買いが入るため、上限を探る動きはまだ出ていない。黒田総裁は、長短金利操作について、「マーケットに非常に円滑に受け入れられている」と述べ、イールドカーブの水準についても「特に違和感はない」と評価していることから、これまでのところは、日銀としてもうまく長期金利を制御できていると認識しているようだ。

ただし、長短金利操作が始まって以降の市場環境が比較的落ち着いていたことも考慮に入れなければならない。この間は、世界的な金融市場の混乱はみられず、米長期金利こそやや上昇したが大幅な変動が生じたわけでもない。言わば「平時の状況」であった。

今後、海外発もしくは日銀に対する思惑などから金利に大きな変動圧力がかかった際に、日銀が口先介入や国債買入れ額の調整、指値オペを駆使することで長期金利の安定を保てるのかが注目される。
 
10年国債利回りの推移/長期金利(前日差)の月次標準偏差
(2)国債買入れの減額はいつからか?その際に市場の過剰反応を抑えられるか?
主な経済主体の国債保有残高の推移 そして、二つ目の注目点は「国債買入れの減額はいつから始まるか?」という点だ。現在は「年間約80兆円増」のペースで買入れているが、あと1~2年(すなわち2017~18年)には現行ペースでは買えなくなるとの見方が多い。資産運用上、日銀の国債買入れに消極的な業態があるほか、これまで積極的に応じてきた銀行などでも一定量は金融取引の担保として国債が必要であるためだ。

従って、遠からず日銀は国債買入れペースの減額に動かざるを得ないとみられるが、「いつから?どの程度の規模で?」減額を実施するのかが焦点となる。

また、従来、日銀自身が買入れ規模を金融緩和の強弱の指針として利用してきたこともあり、減額した場合は、市場がテーパリングや金融緩和の後退とみなす恐れがある。そうなれば、円高・株安・金利上昇を招きかねないだけに、日銀には細心の注意が求められる。
(3)追加緩和はあるか?
三つ目の注目点はやはり「追加緩和はあるか?」という点になる。基本的には前述したとおり、既に追加緩和の手段が限られていることもあり、日銀は今後も容易には追加緩和に動かないとみられる。日銀は、今後の追加緩和手段として、「マイナス金利の拡大」、「長期金利操作目標の引き下げ」、「資産買入れの拡大」、「マネタリーベース拡大ペースの加速」の4つを挙げているが、長期金利を引き下げることは、過度の副作用を回避すべく長短金利操作を導入した主旨に反する面がある。また、資産買入れの拡大とマネタリーベース拡大ペースの加速はほぼ同義だが、国債買入れの限界が見え始めている中で、大規模に購入できる別の資産は見当たらず、難しいだろう。
ブレークイーブン・インフレ率(10年)の推移/日銀決定会合前後のドル円レート
従って、現実的な選択肢はマイナス金利の拡大となるが、拡大には限度があるうえ、金融機能などへの副作用への警戒もあり、緩和効果(インフレ期待への働きかけ、円安誘導、投資促進など)は期待できない。マイナス金利導入後に、期待インフレ率が低下し、円安も進まなかったという苦い経験もある。

このため、日銀としては出来る限り現状維持を続けるとみられるが、他に緩和の選択肢がない以上、マイナス金利拡大に踏み切る可能性もある。具体的には、潜在成長率低下等により中立金利が低下した場合や、急激な円高が進むなど金融市場が混乱した場合が挙げられる。この際は何らかの対処を迫られ、マイナス金利を拡大する可能性がある(ただし、効果は期待できない)。また、上記の国債買入れ減額のタイミングで、国債買入れ減額に伴う金融緩和の後退色を打ち消すために、マイナス金利の拡大を同時に実施する可能性もある。
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

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