2016年10月07日

残業があたり前の時代は終わる―正社員の「働き方改革」のこれから

基礎研REPORT(冊子版) 2016年10月号

松浦 民恵

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働き方改革に取り組む企業が増えている。NTTデータ経営研究所/ NTTコムオンライン・マーケティング・ソリューションの調査によると、「働き方変革」に取り組んでいる割合は、2015年の22.2%から2016年には32.1%と、この1年間で約1割増加している。これまでも働き方改革に取組んできた企業はあったが、ここにきて活発化してきているのはなぜなのか。

本稿では、働き方改革の背景と今後の流れについて考えてみたい。なお、「働き方」という言葉は多様な意味を包含して用いられることが多いが、本稿では特に正社員に焦点を当て、「長時間労働を抑制しようとする取組」として捉えることとしたい。

1――働き方改革の3つの背景

働き方改革が活発化している背景は、大きく三つあると考えられる。一つ目は、働き方改革が多様な人材の活躍のために不可欠であるという認識の広がり、二つ目は、社員の生産性向上(新しい発想やアイディアの創出等を含む)につながるという期待、三つ目は、働き方改革に対する政府のコミットである。

三つ目の政府のコミットについて、最近の動きを概観すると、2015年4月には「労働基準法等の一部を改正する法律案」が第189回国会に提出された。この法案は、継続審議となっているが、「長時間労働抑制策等」(月60時間超の割増賃金50%に対する中小企業への猶予の撤廃、企業の時季指定による年休付与義務の創設等)と「多様で柔軟な働き方の実現」(フレックスタイム制の弾力化、企画業務型裁量労働制の対象業務の追加、「高度プロフェッショナル」に対する労働時間規制の適用除外・健康確保規制等)に関する改正内容が盛り込まれており、企業の労働時間制度に少なからぬ影響を及ぼす法案だといえる。

また、一億総活躍国民会議が公表した「ニッポン一億総活躍プラン」(2016年6月2日閣議決定)でも、働き方改革は一億総活躍社会の実現に向けた横断的課題として位置づけられ、法規制(下請代金法、独占禁止法)の執行の強化、労働基準法の36協定における時間外労働規制の在り方の再検討等が提言されている。

さらに、2016年8月の安倍総理の記者会見においては、長時間労働の是正に向けた強い決意が表明され、新たに「働き方改革実現会議」を開催し、年度内を目途に「働き方改革」の具体的な実行計画を取りまとめる予定であることが公表された。
正社員に関する働き方改革の潮流(イメージ)

2――働き方改革はどこに向かうのか

上述のような背景のもとで、働き方改革はどのような方向に向かっていくのか、今後の流れについて考えてみたい[図表]。


1|働き方改革の潮流~移行と多元化

働き方改革が進めば、従来一般的だとされてきた残業を前提とする(時間制約のない)フルタイム勤務は、全体としては残業を前提としない(時間制約のある)フルタイム勤務の方向に向かうはずである。ただ、働き方改革の推進度合いは企業や職場によって変わってくる。また、働き方改革をどこまで推進できるかは、職種や時期によっても左右される。長時間労働の抑制の程度にバラツキが生じるという意味で、フルタイム勤務者の働き方は、長時間残業から残業なしの間で多元化するだろう。

一方、一時的な事情(育児等)による短時間勤務は、もともと、いずれはフルタイム勤務に復帰することが想定されている。このようなケースにおいて、短時間勤務の利用が長期化することは、短時間勤務者のキャリア形成にマイナスの影響を及ぼし、フルタイムへの復帰を難しくする面もある。このため、企業は、短時間勤務の期間上限までの利用を所与のものとするのではなく、制度利用に当たって、キャリア形成への影響も含めた制度利用のメリット・デメリットを考慮することを、社員に求めるようになるであろう。また、短時間勤務者が抱える事情はさまざまであり、そもそも一律的な短時間勤務の適用が実態にそぐわない面もある。短時間勤務者が増加するほど、企業としては、短時間勤務者への一律的な配慮から、個別事情に合わせた配慮へと転換し、さらには可能な範囲でのフルタイム勤務への復帰や、夕方や夜のシフト勤務への部分的な配置等を求める方向に向かうことになろう。結果として、一時的な短時間勤務者についても、全体としては残業を前提としないフルタイム勤務へと移行していく流れとなるが、短時間勤務者の個別事情には配慮されるという意味で、短時間勤務者の働き方も、それぞれの事情によって多元化することになるだろう

このように、働き方改革によって、働き方が残業を前提としないフルタイム勤務に移行していけば(多元化を伴うので、全てが移行するわけではないが)、従来は残業を前提とするフルタイム勤務者に集中しがちであった責任や負担の大きい主要な仕事が、残業を前提としないフルタイム勤務者や短時間勤務者に分散することも期待される。


2|働き方改革の今後に向けて

残業を前提とするフルタイム勤務から、残業を前提としないフルタイム勤務への移行は、企業が、実際にどのような業務が削減されているか、業務の削減によって社員の人材育成や意欲にどのような影響を及ぼしているかを、慎重に見極めながら進める必要がある。労働時間が削減されても、それが社員の人材育成や意欲にマイナスの影響をもたらす形で行われれば、中長期的にはむしろ生産性が低下することになりかねないからである。

短時間勤務から残業を前提としないフルタイム勤務への移行については、特に一時的な短時間勤務の場合、制度設計の段階からフルタイム勤務への復帰をどう図るかという点を考慮しておく必要がある。あくまでもフルタイム勤務への復帰を前提とするのであれば、短時間勤務の利用期間の延長は、特に慎重に検討する必要があるだろう。

企業が短時間勤務者をフルタイム勤務に復帰させようとするのは、採用時から期待する役割に合わせて行ってきた教育等の初期投資の回収、採用時から想定されている処遇に合わせた活躍を実現させようとするためである。このように、働き方が採用時の期待に紐付けられるのは、社員の多様な働き方へのニーズに対応するという面では、むしろ逆の動きのようにもみえる。にもかかわらず、やはりフルタイム勤務への復帰が前提とされる傾向が強いのは、処遇変更が下方硬直的であり、かつ、途中段階では変更がなかなか難しいことも関係している。社員の多様な働き方へのニーズにどう対応するかは、働き方に合わせた処遇変更とセットで、今後、検討の俎上にのぼってくる可能性があるだろう。

残業を前提としないフルタイム勤務への移行については、残業を前提とするフルタイム勤務、短時間勤務のどちらからの場合についても、いずれインセンティブや処遇の見直しが必要な段階に入ってくると考えられる。つまり、労働時間の制限や働き方の柔軟化による働き方改革の次の段階として、インセンティブや処遇という人事管理政策の見直しが問われることになる。さらにいうと、働き方改革は経営戦略にもかかわるものである。働き方改革をより実効的に進めていくためには、人事管理政策、さらには経営戦略へと、改革の射程を広げていく必要がある
 

 
  1 下請代金支払遅延等防止法。
  2 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律。
  3 ただし、これとは別に、恒常的な短時間正社員制度の導入、パートタイム労働者の短時間正社員化の動きもみられる。
  4 働き方改革においては、商慣行を含む顧客との関係がネックになる場合も少なくない。企業が経営戦略として顧客とどう向き合っていくかという点も重要だが、前述の一億総活躍プランでも言及されている法規制(下請代金法、独占禁止法)の執行強化といった政策的な後押しの必要性も高い。また、大規模小売店舗法は、排他的な市場慣行への批判を契機として廃止され、かわって大規模小売店舗立地法が創設された経緯があるが、店舗の営業時間規制については、働き方改革の観点から改めて議論の俎上に乗せる必要があるかもしれない。
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松浦 民恵

研究・専門分野

(2016年10月07日「基礎研マンスリー」)

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