2016年08月05日

英国のEU離脱と日本への教訓

基礎研REPORT(冊子版) 2016年8月号

櫨(はじ) 浩一

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1――予想外の投票結果

6月下旬に行なわれた英国の国民投票で、予想に反してEUからの離脱派が勝利した。株価は大幅に下落し、ポンドとユーロが急落するなど、世界の金融市場には衝撃が走った。2014年に行われたスコットランドの独立を巡る住民投票では、大接戦という予想に反して大差で否決されたので、今回も最終的には残留となるだろうと予想されていた。

離脱に賛成票を投じたものの、離脱派が勝利するとは思っていなかった国民もかなりいるようだ。手続きには様々な解釈があり、はっきりしない。しかし国民の意思を直接問うた投票の結果を無視することは、民主主義の原則からは外れた行為だから、少なくとも当面は英国が離脱をするという方向で事態は動くはずだ。今後英国が離脱の意思を通告した後、脱退協定を締結して離脱することになる。これには膨大な作業が必要で長期間を要するとみられ、しばらくは現状維持が続くことになるが、既に離脱後を見据えた金融市場の動揺が起こっている。

英国はEUの一員でありながら、統一通貨のユーロを採用せずに独自通貨であるポンドを維持して金融政策の独立性を保ち、難民流入で問題になっているシェンゲン協定にも参加していない。様々な特権を維持する一方で、EU域内の貿易には関税が課せられないなど、英国はEUに参加することで大きな経済的利益を享受してきた。はた目からみれば、英国がEUから離脱することは経済的には明らかに損失が利益を上回る。それにもかかわらず、多くの人が離脱に賛成票を投じた。

2――離脱派勝利の背景

離脱派は年齢層が高いほど多く、若年層では残留支持が多数派だったこともあって、かつての大英帝国への郷愁が離脱派勝利の一因とされる。また、所得が高いほど残留支持が多く、所得が低いほど離脱支持が多いという傾向もあり、所得格差の拡大や経済発展による恩恵が及ばないことへの不満が離脱派勝利の背景にあったことも確かだろう。

英国と言えば「ゆりかごから墓場まで」というスローガンを思い浮かべるが、サッチャー首相以降の政権下で社会保障は大幅に削減されてきた。経済成長から取り残されたと感じた人たちの反乱は、予想外の投票結果の一因だろう。分配を改善しようとすると経済成長を阻害するという批判が強いが、格差の拡大は、今回のEU離脱派勝利や、米国大統領選挙の混乱のように、国民の選択を極端なものにする危険性を増す。短期的な経済成長には多少マイナスとなっても、経済社会の変化から取り残されてしまう人たちを作らないようにすることが、改革を成功させる重要な要素であることを投票結果は示唆しているのではないか。

またEUが理想を追い求めて拡大を急ぎ過ぎたことも原因のひとつだろう。所得水準の大きな格差のある国々を次々と加盟させたことで、高所得国と低所得国の対立が深刻化している。欧州の統合という理想に燃えるだけでなく、現実を踏まえて一歩ずつ着実に物事を進めることが必要だった。

3――日本への教訓

大陸のすぐ隣にある島国である英国と日本とは、よく似た境遇にあると指摘されることが多く、今回の問題から我々が学ぶべきことは多い。 

例えば、日本経済や円の将来像をどう考えるかという点だ。英国は1973年にEUの前身であるECに加盟したが、1992年に起きたポンド危機の結果、ユーロに参加することができずにいた。英国はポンドを使い続けたことで様々な不利益を被ったが、一方で、為替レートの変動による経済変動の吸収と金融政策の自由度を維持できた。

日本は、米国や中国などの巨大な経済圏と単独で伍していくには人口規模が小さすぎ、何かこれを補うことが必要であり、円の将来や米国や中国経済とどのような関係を作っていくのかという長期的な戦略を持つべきだ。

急速な円高や株価の下落が起こったこともあり、当面の日本経済への影響という点に注目が集まっている。もちろん当面の危機をどうやって乗り切るかは重要だが、日本の将来やひいては世界の将来はどうあるべきかという長期的な問題にも思いをめぐらせるべきではなかろうか。
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(2016年08月05日「基礎研マンスリー」)

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