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救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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(1)ドクターヘリは、攻めの救急医療のための切り札
従来、救急医療では、消防が救急患者を医療施設に搬送することが大前提とされてきた。医師は、救急搬送された患者を病院で診ることで、医療をスタートさせていた。しかし、近年、医師が現場に出向いて、現場から医療を開始し、治療を継続しながら、傷病者を最適な医療機関に搬送するという取り組みが進められている。これは、「攻めの救急医療」と位置づけられ、これからの救急医療のあり方に、大きな変化を与えるものと言われている。
攻めの救急医療において、象徴的な存在と言えるのが、ドクターヘリである。ドクターヘリは、救急医療体制改善の切り札と言われる。通常、ドクターヘリは、パイロット、整備士、医師、看護師の4人体制で出動する。地上の運航管理士(Communication Specialist, CS)が、医療機関や、管轄航空局などと連絡・調整して、その運航が円滑となるようサポートする。
(2)ドクターヘリは、治療開始までの時間が短縮し、救命効果を高める
ドクターヘリでの搬送により、時間短縮効果と救命効果の2つが向上するとされる。
1) ドクターヘリの時間短縮効果
ヘリコプターを利用することで、搬送の時間が大幅に短縮され、医療機関での救急医療が早く開始できる。空を飛ぶため、離島や山間部でも、すばやく移動できる。また、災害による道路の寸断や、都市部に見られる交通渋滞にも無縁である。
ドクターヘリによる時間を、救急車搬送の場合と比較してみよう。2005年の研究結果によると、ドクターヘリの要請から、医師が治療を開始するまでの時間は平均14分であり、27.2分の短縮効果がみられた。即ち、ドクターヘリでは、平均して、救急車の約3分の1の時間で、医師による治療が開始されたことになる。
ドクターヘリには、医師が同乗しているため、ヘリコプターでの搬送途中でも、患者に必要な医療処置を行うことができる。例えば、胸部切開の上での胸腔内へのチューブの挿入や、必要な輸液、医薬品の投与など、医師にしかできない医療行為が可能となる。また、搬送途中での医療処置を、搬送先の医療機関でも継続して行えるよう、無線を通じて、医師間の緊密な連携が行われる。このため、ドクターヘリは、「動くER」とも呼ばれている。
ドクターヘリによる救命効果を、救急車搬送の場合と比較してみよう。2006年の研究では、ドクターヘリで搬送した患者が、仮に救急車で搬送されていたとしたら、どのようになっていたかを分析している。これによると、仮に救急車で搬送されていたら、死亡数が64%増加、重症で後遺症が残るケースが15%増加したであろうとされている。
以前、日本では、ヘリコプター搬送の有効性は、あまり認識されていなかった。その契機となったのは、1995年の阪神・淡路大震災であった。この震災では、多くの建物が崩壊し、火災が起きたため、大規模な交通障害が発生した。このため、救急車など緊急車両の多くが、なかなか災害現場にたどり着けなかった。一方で、当時、ヘリコプターの救急医療での活用が乏しかったため、空からの救助は限られていた17。その後、この震災を教訓として、ヘリコプターでの搬送体制や、ドクターヘリの配備、運用の検討が本格化した18。
厚生省は、1999年に、岡山県と神奈川県で、ドクターヘリ試行的事業を開始した。2001年には、救急医療体制の更なる充実を目指して、「ドクターヘリ導入促進事業」が全国で展開され始めた。2007年には、「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法」が、議員立法で成立した。
これらの制度の整備を背景に、ドクターヘリの配備は徐々に進んできた。2015年8月現在、38道府県に、46機のドクターヘリが配備されている。近年、ドクターヘリの出動回数は急増しており、2014年度には、22,000回超に上っている。
ドクターヘリは、優れた救命効果など、多くの利点があるが、その反面、いくつかの課題も抱えている。それを簡単に見ていこう。
1) ドクターヘリは、配備機数が限られている
ドクターヘリは配備が進んできてはいるが、まだ配備されていない都府県が9つある。配備機の総数は、50機に満たない。これは、配備や運用にかかるコストが大きいことが、一因となっている。特に、ドクターヘリの有用性が高い離島や僻地(へきち)ほど、費用面から、配備・運用が難しく、救急医療体制が疎かになるという、ジレンマに陥っている19。
2) ドクターヘリは夜間や悪天候時には運航されない
ドクターヘリは、365日体制であるが、24時間体制ではない。運航時間は、日中となっている。また、雲高300メートル以下や、視程1.5キロメートル以下といった悪天候時にも運航されない。これは、夜間や悪天候の際の有視界飛行に伴う危険性や、飛行地域での夜間騒音問題等があるためとされる。しかし、急病や事故はいつでも発生し得る。ドクターヘリの運行時間の拡大が、今後の検討課題の1つとされている20。
3) ドクターヘリの出動要請に時間がかかる
ドクターヘリは、一般市民が、直接、出動を要請することはできない。一般市民から通報を受けた、消防機関が、緊急度や重症度をもとに、ドクターヘリを擁する拠点病院に出動を要請する。一般市民からの通報段階で、消防機関が要請をすることも可能ではある。しかし、実際は、多くの場合、現場に駆けつけた救急隊が消防本部に状況の報告を行い、これに基づいて、ドクターヘリの出動を要請している。このため、救急隊が現場に到着するまで、ドクターヘリの出動要請が遅れてしまう。
2009年には、消防法の一部改正が行われ、都道府県は、傷病者の搬送及び受入れの実施に関する基準を策定することとされた。これに併せて、都道府県は、ドクターヘリ等を含めた、「搬送手段の選択に関する基準」を設定できるようになった21。法制面では、ドクターヘリの効果的な活用に向けた、環境整備が進められている。
17 当時、全国に消防の防災ヘリが37機配備されていたが、ヘリ搬送は、震災当日は1例のみ、発生から3日間でも17例にとどまった。(「『攻めの救急医療』15分ルールをめざして 脚光をあびるドクターヘリの真実」益子邦洋(へるす出版, へるす出版新書016, 2010年)より。)
18 ドクターヘリの配備は、ドイツやスイスで進んでいる。国内のどこにでも、医師が15分以内に駆けつけられるよう、ドクターヘリ基地を配置している。
19 多大なコストへの対応として、国や都道府県からの補助金制度が設けられている。
20 記述にあたり、「『攻めの救急医療』15分ルールをめざして 脚光をあびるドクターヘリの真実」益子邦洋(へるす出版, へるす出版新書016, 2010年)を参考にしている。
21 「傷病者の搬送及び受入れの実施に関する基準の策定について」(消防救第248号, 医政発第1027第3号, 平成21年10月27日)より。
(2016年07月28日「基礎研レポート」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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