- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 社会保障制度 >
- 医療保険制度 >
- 救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)
救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
2――病院における救急医療の体制
1|救急の医療施設は4,000あまり設置されている
救急の医療施設に関して、1964年に厚生省令5が出された。この省令が出された当時は、交通事故や労働災害が増えて、社会問題化していた。この省令は、交通事故や労働災害によって発生する負傷者に対して、救急医療を行うためのものであった。救急医療体制の整備として、まず、医療施設が、救急業務に関して協力する旨を申し出る。都道府県知事がこれを審査し、合格した施設を告示するという形がとられている。そのため、救急医療施設は、「救急告示医療機関」と呼ばれる。この省令が出された当時、救急告示医療機関は、民間の外科の病院や診療所が中心であった。複数の科の診療体制を擁する、大学病院や国公立病院は、この制度に、あまり参加していなかった。
その後、1960年代に核家族化が進み、内科や小児科の救急医療のニーズが高まった。しかし、外科中心の救急医療体制は、このニーズにうまく対応できなかった。その結果、医療機関が救急患者の受け入れを拒み、患者が他の医療機関に送りまわされる「たらい回し」の問題が発生した。
そこで、1977年に、救急医療体制の整備が図られた。救急医療機関を、初期、二次、三次の階層に分けて、傷病者が重症度に応じて、高度医療機関に流れていく仕組みとされた。1987年には、内科や小児科の患者も、救急医療の対象とすべく、消防法の救急搬送業務の規定が改正された。これを受けて、救急医療機関の施設基準も見直された6。
2014年に、救急医療体制に参加している病院は、全体で4,804ある。初期は1,376、二次は3,865、三次は270となっている7。このうち、救急告示病院として、告示されているものは、全体で3,863ある。その中身は、初期810、二次3,284、三次261となっている。8,9
日本では、救急医療体制は、民間の医療機関が中心となって構築されてきた。日本の近代医学・医療は、戦前にドイツから導入されたもので、研究中心の医学・医療をベースとしている。医学は、主に臓器別に専門化され、臨床よりも研究に、重きを置かれる傾向が強かった。このため、救急医学や、救急診療は、全体の医学や診療の中では、あまり重視されてこなかった。このことが、大学病院や国公立病院が、救急診療に消極的であったことの背景にある、と言われてきた。
しかし、近年、この傾向は大きく変化しつつある。臨床医学の重要性が認識され、医学は単なる学問ではなく、患者を診療してこそ、人間社会に役立つとの考え方が、医療関係者の間で広がっている。これは、臨床医学を重視するアメリカ型の医療に、変化しつつあることを意味する。1977年には、大学で、初めて救急医学講座が開講された10。以来、救急医療の重要性が、徐々に浸透してきた。
2004年には、専門医制度の1つとして、救急科専門医が設けられた。2016年1月現在、4,302人の救急科専門医がいる11。救急医は、全ての患者を対象に、あらゆる領域の医療を手がけていくという点で、総合診療医と類似している。救急医、総合診療医とも、求められるものは、特定の臓器や疾病にとどまらない、多臓器・多疾患に対して、全人的な医療を提供することである。そのためには、患者との円滑なコミュニケーション力、幅広い診察力、様々な病態や医療資源等の状況に応じた臨機応変な判断力、などが求められることとなる12。
3|日本ではERの体制整備が遅れている
救急医療システムは、集中治療型、ER型、各科相乗り型の3種類に分けられる。それぞれの比較をしながら、内容を見ていこう。
(1)集中治療型
集中治療型は、日本で一般に行われているシステムである。これは、三次救急医療機関のICUで、重症の救急患者に対して行われる集中治療が主体となる。集中治療には、全救急患者の5%以下が該当すると言われている。このシステムの問題は、集中治療を要する救急患者が、スムーズに三次救急医療機関での治療を受けられない点とされる。その実例として、1つは、初期もしくは二次救急医療機関に搬送された患者が、重症患者であると診断されず、三次へ転送されないこと。もう1つは、重症患者と確定されていない患者が三次救急医療機関を訪れても、必ずしも引き受けてもらえないこと、が挙げられる。即ち、初期、二次、三次の救急医療体制は、救急患者の重症度の選別や、転送がうまくなされず、機能が不十分となる懸念がある。
ERは、Emergency Room(救急室)の略語である。救急患者は、まず病院の入口にあるERで、ER専門医(救急医)やトリアージ・ナース(患者を緊急度や重症度に応じて各科に選別する看護師)の診察を受けて、初期診断や初期治療を施された後、病状に応じて、各科に送られる。ERは、365日24時間体制で運営される。医療スタッフは、3交代制で勤務することが一般的である。
患者はERに、救急搬送される場合もあれば、徒歩やマイカーなどで外来診療を受けに来る場合もある。救急搬送された患者は、ER専門医が診察して、重症度を判定する。その結果、ICUや重症病棟への入院、一般病棟への入院、帰宅して外来で受療、といった判断が行われる。徒歩やマイカーなどで外来診療を受けに来た患者には、まずトリアージナースが対応し、緊急性の有無を判断する。緊急性がある場合は、ER専門医の診察に回付される。なお、ER専門医は、原則として、初期診療のみに従事する。初期診療後の入院患者や、その手術には、基本的には関与しない。
ERは、北米で進んでいる仕組みで、日本では一部の病院に導入されている。患者を区別せず、まずERに全ての救急患者を受け入れ、その上で最善策を講じる。それがER型システムの原点である。
(3)各科相乗り型
各科相乗り型は、日本の病院で、多く見られるシステムである。あらかじめ、各科で救急担当医を決めておく。救急患者は、振り分けナースによって、各科に振り分けられる。振り分けられた患者は、その科の救急担当医が診察、治療を行う。ER型とは異なり、救急患者に対する横断的な初期診療は行われない。
このシステムでは、ER型の場合のER専門医がおらず、振り分けナースの各科への振り分けが、鍵となる。現状では、その振り分けは、経験的に行われており、担当の看護師の力量に負うところが大きい。そのため、あまり経験のない看護師が担当する場合、複数の患者間の治療の優先順位や、振り分けるべき診療科を誤ることがある。このことが、各科相乗り型の限界とされている。
今後、総合診療専門医と同様に、救急医療においても、臨床に根ざした全人的な医療を行う医師を育成していくことが、医療の充実のための大きなテーマと言える。臨床研修の場においては、ER専門医等、救急医療人材の育成を加速させる動きが求められよう。
5 「救急病院等を定める省令」(昭和39 年厚生省令第8号)
6 「救急病院等を定める省令の一部を改正する省令の施行について」(厚生省, 昭和62 年1月14日健政発第11号)
7 1つの医療施設が、初期、二次、三次に重複該当する場合があるため、合計は、全体の数に一致しない。
8 都道府県が医療計画において位置付ける「救急医療機関」と、省令の要件を満たすものについて都道府県が告示する「救急告示病院」の2 種類の制度が並存している。2007 年12 月に取りまとめられた「救急医療体制基本問題検討会報告書」において、救急医療機関と救急告示病院の一元化が提案されているが、いまだに実現していない。
9 この他に、救急診療所が315ある。更に、16,579の一般診療所が、在宅当番医制に加わっている。(「医療施設(静態・動態)調査・病院報告」(厚生労働省)より)
10 岡山県の川崎医科大学で開講された。同大学は、24時間体制のERと救命救急センターを同時に開設し、これらの施設で救急診療を行う中で、医学部生や研修医等の卒前・卒後教育や研修を行ってきた。
11 日本救急医学会ホームページの名簿・施設一覧による。
12 2014年に、「国民及び社会に信頼され、医療の基盤となる専門医制度」の確立を目指して、一般社団法人 日本専門医機構が設立された。同機構は、2017年4月から各学会に代わり、専門医研修を実施・運営する予定だった。しかし、医師偏在問題等に関する医学界内部の問題提起と議論の拡がりを受け、同機構は2017年4月からの専門医研修を断念し、同年度は各学会に委ねる方針を明らかにした。これを受けて日本救急医学会は、これまでに同機構による1次審査で承認されていた研修プログラムを「日本救急医学会承認・救急科専門医研修プログラム」として承認し、2017 年4月からは、これをもとに、専門医を育成することを表明した。(「救急科専門医育成への取組みについて」、同「:その2」、同「:その3」(日本救急医学会, 平成28年6月23日、6月30日、7月21日)より)
13 日本で最初にER体制を導入した病院は、沖縄県立中部病院とされる。沖縄では、戦後のアメリカ統治下(1945~72年)において、アメリカの医療体制をもとに、病院が整備された。そのため、24時間、365日受診できて、重症度に関わらず対応可能な、ERを基本とした病院の体制が、早期に導入された。
(2016年07月28日「基礎研レポート」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/28 | リスクアバースの原因-やり直しがきかないとリスクはとれない | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
2025/04/22 | 審査の差の定量化-審査のブレはどれくらい? | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
2025/04/15 | 患者数:入院は減少、外来は増加-2023年の「患者調査」にコロナ禍の影響はどうあらわれたか? | 篠原 拓也 | 基礎研レター |
2025/04/08 | センチネル効果の活用-監視されていると行動が改善する? | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
新着記事
-
2025年05月01日
日本を米国車が走りまわる日-掃除機は「でかくてがさつ」から脱却- -
2025年05月01日
米個人所得・消費支出(25年3月)-個人消費(前月比)が上振れする一方、PCE価格指数(前月比)は総合、コアともに横這い -
2025年05月01日
米GDP(25年1-3月期)-前期比年率▲0.3%と22年1-3月期以来のマイナス、市場予想も下回る -
2025年05月01日
ユーロ圏GDP(2025年1-3月期)-前期比0.4%に加速 -
2025年04月30日
2025年1-3月期の実質GDP~前期比▲0.2%(年率▲0.9%)を予測~
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)のレポート Topへ