2016年07月28日

救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

0――はじめに

日本では、高齢化が進んでいる。2025年には、団塊の世代(1947~49年生まれ)が全て75歳以上となり、後期高齢者医療制度に加入する。現在、医療・介護制度は、財政面、サービス提供面から変革を迫られている。例えば、厳しい医療・介護財政の中で、不要な入院を減らすべく、病院の病床規制が厳格化されている。併せて、完治ではなく寛解を目指す息の長い医療を、患者の自宅や介護施設等で行うべく、在宅医療・介護等のサービス提供体制が充実されつつある。こうした流れに沿って、全国で、地域包括ケアシステムの実現に向けた準備が進められている。

地域包括ケアシステムでは、病院から地域へと、医療の現場が広がっていく。即ち、急性期を経た高齢患者は退院して、在宅医療・介護等でケアを進めていく。その結果、在宅の高齢者が、脳卒中や、急性心筋梗塞などで倒れた場合の、救急医療体制の整備が、これまで以上に必要となる。

また、近年、2011年の東日本大震災をはじめ、地震、噴火、台風等の、多くの自然災害が発生している。海外に目を向ければ、テロによる人為災害が続発している。これらの災害の発生を受けて、被災地における災害医療のあり方が問われている。

こうした点を踏まえ、救急医療の現状と課題について、本稿と次稿の2回に渡って、述べていくこととしたい。まず、本稿では、平時の救急医療について紹介する。具体的には、救急搬送・救急救命の現状を中心として、救急救命士、メディカルコントロール体制等について見ていく。次稿では、災害時の救急医療である、災害医療について概観する。そこでは、災害医療体制や、トリアージに関する課題を俯瞰していく。

今後、日本の医療において、救急医療の役割は、ますます高まっていくものと考えられる。本稿と次稿を通じて、読者に、救急医療への関心を高めていただければ、幸いである。
 

1――消防における救急搬送の現状

1――消防における救急搬送の現状

消防の行う救急活動は、うまく機能しているのか。救急活動の体制は、どうなっているのか。まず、そこから見ていくこととしたい。

1|救急車の出動件数は、年々増加している
まず、救急活動を、数量面から見ていくこととしよう。2015年4月現在、全国で750の消防本部がある。1,719の市町村のうち、1,689で消防法の救急業務を実施している。30町村は、消防機関が非常備となっている1。救急隊2は、全国で、5,069隊配備されている。救急隊員の数は、61,010人で、そのうち、救急救命士の数は、26,015人となっている。これらの数は、近年、徐々に増加している。

日本の人口は、2008年に減少に転じているが、救急搬送の対象となりやすい高齢者(65歳以上)の数は増加している。このことが、救急隊や、救急隊員、救急救命士の増加の背景にあると言える。
図表1. 救急隊、救急隊員、救急救命士の推移
次に、救急車の配備と出動の状況を見てみよう。2015年には、全国で、6,184台の救急自動車が配備されている。その数は年々増加している。その救急出動件数は、605万件に上った3。搬送された人は、547万人となっている。いずれも、7年連続で増加しており、過去最多となっている。
図表2. 救急自動車の配備、救急出動、救急搬送人員の推移
2|救急搬送に要する時間は、年々伸びており、救命への影響が懸念される
続いて、救急搬送に要する時間を見てみよう。救急隊が現場に到着するまでの平均時間は、8.6分。病院へ収容するまでの平均時間は、39.4分となっている。いずれも、年々、伸びている。
図表3. 救急搬送に要する時間
救急医療においては、時間の経過により、傷病者の病状が急激に変化し、救命や後遺障害の有無に影響を及ぼす可能性があることを、踏まえておく必要がある。重篤な傷病における時間経過と、死亡率の関係を表す、「カーラーの救命曲線」が、よく知られている。それによると、心臓が停止してから3分間、呼吸が止まってから10分間、多量出血が続いて30分間放置されると、それぞれ、死亡率は50%に達する。救急医療は、正に時間との闘いと言える。心臓や呼吸が停止している傷病者に対しては、救急隊が到着して、心肺蘇生を開始するまでの時間が、問題となる。現場に居合わせた人(「バイスタンダー」と呼ばれる)による、心肺蘇生法の実施の有無が、傷病者の生死を分けることもあり得る。
図表4. カーラーの救命曲線
なお、重度の外傷の場合、受傷後1時間以内に、手術などの根治的な治療を開始することが重要とされている。この1時間のことは「ゴールデンアワー」と呼ばれている。病院では、患者を搬送後、30分以内に手術する。このため、救急隊は、受傷から30分以内に、病院に搬送する必要がある。仮に、到着までの時間と、搬送にかかる時間を、それぞれ10分間とすると、現場での応急処置の時間は10分間となる。この応急処置の10分は、「プラチナタイム」と呼ばれる。余計な処置は排除して、生命維持に必要な救急救命処置だけを行い、その後、速やかに、病院搬送することは、「ロード・アンド・ゴー(load and go)」と呼ばれ、外傷患者の救急搬送における、基本的な考え方となっている4

2015年の、救急隊の出動件数を、事故の種類別に見てみよう。救急出動のうち、急病が全体の6割以上を占めている。次いで、一般負傷が15%、転院搬送と、交通事故がいずれも8%、となっている。近年、交通事故は、減少している。しかし、その一方で、急病、一般負傷、転院搬送は、増加傾向にある。
図表5. 事故種類別出動件数
次に、搬送された傷病者を、年齢区分別に見てみよう。搬送された人のうち、高齢者(65歳以上)の占率が高まっている。2014年には、搬送された高齢者は300万人に上り、全体の半数以上を占めている。このように、搬送される傷病者の高齢化が進んでいる。
図表6. 年齢区分別の搬送人員
 
1 これらの消防機関非常備町村には、離島の町村が多く該当している。「役場救急」(役場の職員による患者搬送)や、「病院(診療所)救急」(病院(診療所)による患者搬送)といった、補完体制を整備している。
2 消防の現場活動は、消火を担う消防隊(ポンプ隊)、傷病者の救助・救出を担う救助隊、傷病者の医療機関への搬送を担う救急隊に分けられる。なお、通常、救急隊は、隊長、隊員、機関員(運転手を務める)の3名の救急隊員で構成される。
3 この他に、消防防災ヘリの救急出動もある。2014年には、3,456件の出動により、2,718人を搬送している。
4 以前は、救命処置を含めない「スクープ・アンド・ラン(scoop and run)」が行われた。近年、救命処置の実施が浸透した。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)のレポート Topへ