2016年07月05日

地域アーツカウンシル-その現状と展望

吉本 光宏

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2|地域アーツカウンシルの意義と役割
今後、日本における地域アーツカウンシルは、こうした文化政策の潮流を踏まえた上で、意義や役割を明確にする必要がある。本稿ではそれを次の5つに整理した。

[中間支援機能の担い手]
既に述べたように、芸術文化の役割は大きく広がり、アートNPOを筆頭にその担い手は多様化している。こうした状況に対応するには、異なる領域をつなぎ、立場の異なるプレーヤーを仲介する中間支援機能が極めて重要である。地方公共団体によっては、文化行政の担当セクションがそうした役割を担おうという動きも見られるが、いわゆる縦割りのハードルを越えるのは簡単ではない。

行政組織の文化振興部局や文化施設の運営組織から独立したポジションに、アーツカウンシルを位置づけることができれば、教育や福祉、まちづくりなどへの波及効果を視野に入れた文化以外の行政部局との連携は今よりスムーズになるのではないか。そして、アーツカウンシルがキーステーションとなり、学校や福祉施設、民間企業やアートNPOの民間組織、商工会や自治会など地元団体、そしてアーティストや芸術団体とが協働することで、芸術文化の効果をより幅広い領域に広げられるだろう。

現在でもこうした中間支援機能を担うNPOは少なくない。だが、中間支援業務ではほとんど収入が見込めないこと、またそうした業務に対応した助成や支援制度がほとんど存在しないことから、運営は極めて厳しい状況にある。そういう点からも、行政の出資するアーツカウンシルが中間支援機能を担える意味は大きい。

[新たな地域文化専門職の確立]
1990年代以降の公立文化施設の急増にともない、まだ十分とは言えないものの、劇場やホール、美術館などには、芸術監督やプロデューサー、学芸員など、専門的な人材が起用されるようになってきた。その一方で、地方公共団体の文化行政職については、3年程度で異動が行われるため、専門的なノウハウやネットワーク、業務経験が蓄積されないことが、大きな課題とされてきた。

アーツカウンシルはその課題をクリアできる有効な方策だと考えられる。地域の抱える課題や芸術文化の状況を把握し、公的な資金をどのように投入すれは、芸術文化を振興し、それを地域の活力創出につなげることができるか、そのことだけを考え続ける専門的人材を確保できるからである。

それは公立文化施設を運営する専門職とは、役割も求められる知識や経験も異なっている。いわば「地域文化専門職」とでも呼べる人材をアーツカウンシルが起用し、育成できれば、長期的かつ幅広い視点から文化行政を推進することが可能になる。

[助成制度の運営に伴うシンクタンク機能の充実]
アーツカウンシルの主要な業務は、芸術文化に対する助成プログラムの運営である。審査委員会による審査では、採択の有無を決定する事前審査だけが行われるケースが多く、助成による成果や効果の把握は手薄になりがちである。しかし、限られた予算をより有効に活用するためには、助成によってどのような効果があったかを把握し、それを次の審査あるいは助成制度の改善につなげていくことが重要である。

個々の助成に関する評価だけではなく、助成制度やプログラム全体の成果や効果、問題点や課題を把握するためには、様々な調査や専門的な分析も必要であろう。その結果に基づいて助成制度を改善し、場合によっては既存の制度を廃止して新たな助成プログラムを立ち上げること、さらにはアーツカウンシルの戦略のみならず文化行政の新たな方向性を提案していくことも、アーツカウンシルの重要な仕事である。アーツカウンシルにシンクタンク機能が求められるのはそのためである。

なぜ芸術文化に公的資金を投じる必要があるのか、そのことでどんなインパクトがもたらされるのか、さらには、芸術文化はなぜ私たちの社会に必要なのか。そうした問いかけに答えていくためにも、シンクタンク機能を備えたアーツカウンシルの設置は欠かせない。

[五輪文化プログラムの全国展開に向けた基盤づくり]
2020年に東京で開催されるオリンピック・パラリンピック競技大会では、文化プログラムを全国展開しようという動きが広がっている。東京都や文化庁、組織委員会でもプログラムの具体案に関する議論が始まっているが、その実施体制についてはまだ十分な検討が行われていない。

2012年のロンドン大会では、かつてない規模の文化プログラムが実施されたが、その全国展開において重要な役割を担ったのが、クリエイティブ・プログラマーと呼ばれる専門スタッフである。最初は2007年にイングランドのみで8名が選出され、Regional Cultural Consortiaという組織に配属されたが、その後、北アイルランドやスコットランド、ウエールズも含め13名となり、アーツカウンシルの所属となった(Garcia 2013, p147)。

彼らはロンドンを含め全国12地域に配置され(ロンドンは2名)、地域内の文化施設や芸術団体と共同で各地の文化プログラムを推進した。その際、クリエイティブ・プログラマーは組織委員会の文化プログラム担当やLondon 2012 Festivalの芸術監督と連携して、企画の質を高め、オリンピック・パラリンピックの文化プログラムの枠組みに位置づけていった。すなわち、ロンドン大会で文化プログラムの全国展開を支えたのは、全国的なネットワークを有するアーツカウンシルだったと言える。

残念ながら日本には同様の仕組みやネットワークは存在していない。一方で、文化プログラムの全国展開に向けた機運は各地で高まっており、地域アーツカウンシルはその受け皿になり得る可能性がある。

[全国ネットワークへの展開]
英国アーツカウンシルの全国組織の体制は、先述したとおり、70年という歳月の中で数々の組織改編が行われてきた結果、できあがったものである。地域アーツカウンシルが誕生し始めた日本の現状は、地域芸術協会RAAが各地で結成された1960年頃の英国の状況に近いかもしれない。

米国でも各州にSAAが設立されるまでには、ニューヨーク州のNYSCAの設立から20年近い歳月を要している。その背景には全米芸術基金の働きかけがあり、全米芸術基金は助成金の4割をSAAなどの地域アーツカウンシルに配分している。日本でも、今後の地域アーツカウンシルの方向性やあるべき姿は、文化庁や日本芸術文化振興会との連携、将来的な全国ネットワークを視野に入れて検討する必要があるだろう。

英国や米国の例を見るまでもなく、アーツカウンシルの仕組みが全国で定着するには長い年月を要することは間違いない。しかし、10年前、20年前からの日本の文化政策の変化を振り返れば、決して悲観する必要はない。

2020年の文化プログラムの全国展開は、地域アーツカウンシルの創設を後押しする大きな契機となる。オリンピック・パラリンピックの開催を5年後に控えた今、地域アーツカウンシルの全国ネットワークに向けた枠組みを立ち上げ、2020年以降、継続、発展させることができれば、2020年東京大会の最大の文化的レガシーとなるはずだ。
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