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米マクロ経済モデルが示す通貨高の影響-FRBが政策意思決定に活用するマクロ経済モデルが示唆する金融政策の方向性とは

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩
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米金利先高観測や相対的に米経済が好調であったこともあり、14年夏場以降にドルが主要通貨に対して上昇した。その結果、ドル高が米経済や物価に悪影響を及ぼしていることが鮮明になっているほか、FRBも以前に比べてドル高リスクを注視している姿勢がうかがわれる。FRBが政策意思決定にも活用している米経済マクロモデル(FRB/USモデル)を使ってドル高の経済や物価に対する影響を試算すると、悪影響が長期に亘って残存することが分かった。このため、FRBは現在金融引締めスタンスを継続しているものの、急激なドル高が進行する場合には、政策スタンスを緩和方向に変更する必要性がモデル試算から示唆される。
■目次
1――はじめに
2――米マクロ経済モデルの概要とドル高の影響分析
1|米マクロ経済モデル(FRB/US)の概要
2|FRB/USモデルによる通貨高の影響試算
3|金融政策に対するインプリケーション
1――はじめに

FRBは、金融政策の意思決定において為替レートを直接的な政策目標にしないことを明確にしているものの、他国の金融政策動向や通貨への影響を考慮して判断するとしており、為替リスクの評価が重要な判断要素であることは間違いない。このため、FRBがどのような評価をしているかみる上で、FRBが運用している米マクロ経済モデル(FRB/USモデル)で通貨高の影響を試算することは、今後の金融政策を占う上で有用な情報を与えてくれると考えられる。
本稿では、FRB/USモデルの概要を説明した後、ドル高ショックが経済、物価へどのように影響するかを同モデルで試算したほか、米金融政策に対するインプリケーションについても述べている。
2――米マクロ経済モデルの概要とドル高の影響分析
FRBは、96年以降大規模な米国マクロ経済モデルを構築し、経済予測で活用しているほか、金融政策や財政政策に伴う政策効果の分析などにも活用している。同モデルはFRBのWEB上で公開されており、一般的な市販計量ソフトであるEViewsを使って、外生変数を変更することで独自のシミュレーションを行うことも可能である。同モデルによる経済予測の前提となる外生変数の一部1は、FOMC会合で四半期毎に公表されるFOMC参加者の見通しが反映されている。
一方、同モデルでは、金融市場参加者や家計、非金融事業会社などの期待形成をモデルに組み込む方法として2種類の異なったアプローチを採用している。すなわち、現在および過去の限定的な情報によってのみ期待形成される適応的期待を前提としたVARモデルと、完全な情報に基く合理的期待またはモデル整合な期待形成を前提としたMC(Model Consistent)モデルである。VARモデルは一般的にバックワードモデルと言われ、将来の期待によって推計値が変化しない。このため、政府による政策方針の大幅な変更が示されても、それを推計値に反映することが出来ないなどの問題がある。
一方、MCモデルはフォワードルッキングモデルと言われ、将来発生するイベントによって成長率や物価などがどのように影響するかを推計することが可能となっている。なお、MCモデルの推計に当たっては、将来のイベントに対して金融政策や財政政策がどのように対応するのか、事前に意思決定のルールを規定する必要があるほか、経済の長期的な均衡水準についても想定しておく必要がある。つまり、MCモデルでは、将来発生するイベントによって経済の長期均衡水準が変化することを想定しておらず、均衡水準に到達する経路がどの様に変化するかを推計している。このように、VARモデルとMCモデルには一長一短があり、FRBは状況に応じてこれらのモデルを使い分けているとみられる。
1 実質GDP成長率、PCE価格指数(総合、コア)、失業率、政策金利
では、実際に同モデルを活用して通貨高のショック(今回のシミュレーションでは期初に実質実効レートが10%ドル高に急変動を想定)によって、産出ギャップ(実際のGDPと潜在GDPの差)、およびPCE価格指数のうち、エネルギーと食料品を除いたコア指数への影響について、ショックが無い場合(ベースライン予測)との比較を行う。シミュレーションに際しては、FRBが提供するサンプルプログラムの“Simulate six ping simulations”を活用し、VARおよびMCモデルで試算を行った。また、MCモデルでは金融政策ルールとして、金利の慣性項等を取り入れたテーラールールを採用した。
シミュレーション結果をみると、通貨高ショックによって産出ギャップはマイナス方向に拡大することが分かる(図表2)。これは、通貨高に伴い輸出が押下げられる一方、輸入が押上げられることで総需要の減少を通じて産出ギャップを拡大させたためとみられる。モデル毎にみると、VARモデルでは11四半期後に▲0.79%ポイントのボトムとなったあと、27四半期後に漸くプラスに転じる一方、MCモデルでは、13四半期後に▲0.86%ポイントのボトムをつけた後、マイナス幅拡大の影響が長期に亘って残存している。
上記シミュレーションの結果は、通貨高ショックが産出ギャップで3年程度押下げ効果が残存するほか、物価についてはより長期に亘って押下げ効果が残存することを示唆している。また、金利の慣性項等を取り入れたテーラールールで想定される金融政策対応では物価押下げ効果が大きいことが示されており、より積極的な金融政策によって市場の期待を変える必要性を示唆している。
米国では15年12月に政策金利が引上げられ、金融政策スタンスは金融引締め方向にシフトしたが、欧州中銀や日銀が金融緩和強化スタンスを継続しているため、金融政策スタンスは対照的になっており、金利面からは米金利先高観測を背景にドル高が進み易い状況となっている。さらに、英国がEU離脱を決定したことで、世界経済に対する懸念が強まっており、安全通貨としてのドル需要が高まり易い状況でもある。
これらを踏まえると今後もドル高基調が持続すると見込まれるほか、ドル高が加速する可能性も十分に考えられる。このため、急激なドル高によって経済や物価への影響が懸念される局面では金融政策スタンスを緩和方向に変更し、市場の期待に働きかけるべく積極的な緩和政策が採用される可能性も否定できないことが上記シミュレーションの結果からも示唆される。
(2016年07月01日「基礎研レター」)

03-3512-1824
- 【職歴】
1991年 日本生命保険相互会社入社
1999年 NLI International Inc.(米国)
2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
2014年10月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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