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欧州年金基金に対する定量的調査の結果-EIOPAによる調査結果と、現時点での意見
保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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2016年4月、EIOPA(欧州保険年金監督機構)によるIORPs(欧州の年金基金) の健全性に関する定量的調査の結果が公表され、同時に年金基金のリスク評価などに関する意見が公表された。
EIOPAは、まだ道半ばであり定量的な提言は行なわないとしている。ただし現時点では、市場整合的な共通の枠組みを作り、それに則ったバランスシート作成やリスク評価により、年金基金の健全性規制を強化することを推奨している。
■目次
1――欧州年金基金の健全性規制強化の動向
1|概要
2|これまでの動き
2――定量的調査の概要と結果
3――意見の内容
1――欧州年金基金の健全性規制強化の動向
2016年4月、EIOPA(欧州保険年金監督機構)が、IORPs(Institutions for Occupational Retirement Provision:この稿では以降、年金基金とよぶ。) のリスク評価と透明性に対する共通フレームワークに関する意見を公表した。
EIOPAは、年金基金規制の共通の枠組みを作り、それに則ったバランスシートを作成し、標準化されたリスク評価を行なうことにより、欧州の年金基金の健全性規制を強化することを推奨している。
また、この枠組みにおいては、バランスシート上の資産及び負債は 市場整合的な基準で評価される必要があるとし、スポンサー援助、年金保護スキーム、給付削減のような利用できる全ての保全及び利益調整機構を含めることを推奨している。
この意見は定量的調査を踏まえたものであるとはいえ、「資本要件や資金調達に関して、現時点で具体的な助言をしているわけではない」と、EIOPAは道半ばであることを強調している。
2|これまでの動き
2015年5月より、EIOPAの主導で、各国監督や年金基金において、年金基金の資産・負債やリスクの定量的調査とストレステストが同時並行で行なわれていた。
このうち、ストレステストの結果については1月に既に公表されており1>、その後4月に定量的調査の方も結果が公表されると同時に、予定されていた通り、年金基金の健全性規制に関するEIOPAの意見が公表されたものである。以下、定量的調査の結果と意見の概略を紹介する。
1 基礎研レター(2016.3.22)「欧州年金基金に対するストレステストの結果」
2――定量的調査の概要と結果
調査に参加したのは6か国(英国、オランダ、ドイツ、アイルランド、ポルトガル、ベルギー)の監督者と101の基金で、これで6か国の41%をカバーできている。(国別には英国の33%から、ポルトガルの62%まで差はある。)なお、アイルランドは個々の基金からのデータ収集はせず、代表的な確定給付型基金をもとにした平均像を監督官庁が提供した。規模としては、英国とオランダの2国で、資産ベースで調査対象の90%をカバーしている。
定量的調査は、前提を変えて包括的バランスシートを試算する、という方法で行なわれた。
今回はあくまで試算であり、計算方式が決定しているわけではないようだが、バランスシートの各項目の金額規模のイメージを見ていただくため、概要を示すと、下の表のようになる。
まずは、(ルールが統一されてはいないが)各国の監督ベースでのバランスシートがある。
そして次に、責任準備金などの計算に用いる利率として、リスクフリーレートを用いるベースラインシナリオ1、保有資産の期待収益率を用いるベースラインシナリオ2を作成する。どちらのシナリオでも、スポンサー援助や給付削減など考えられるものは全て考慮する。
その後、6つの前提でバランスシートを試算するのだが、それは以下のような、監督サイドで取りうる選択肢、の組み合わせである。
・リスクフリーレートか、期待収益率か
・スポンサー援助の水準(法定のもののみか、任意の援助を含めるか)
・年金保護スキームの活用の有り無し
・給付削減の対象種類などの組み合わせ
(各国規制ベース)
・各国規制ベースで、調査時点では資産が負債の91%しかない。国別には、英国の84%からベルギー127%まで様々である。
(ベースラインシナリオ)
・ベースラインシナリオ1では、リスクフリーレートを用いる厳しい負債評価なので、責任準備金自体は増加するが、スポンサー援助や給付削減なども全て考慮するので、資産サイドも増加し、資産が負債の106%とカバーできる状態になる。
・ベースラインシナリオ2では、期待収益率を用いることで、負債が減少。資産が負債の121%にまでなる。
(監督サイドの政策の選択)
・リスクフリーレートを用いてかつ給付削減を考慮しないままだと、負債は大きく増大する(約3割増)ので、そのままだと、資産が大きく不足する。
・そこで、スポンサー援助や給付削減をどこまでいれるかによって、不足額も様々に軽減される。中でもスポンサー援助の影響割合が大きい。(市場整合的なベースでは、運用資産の3割程度の規模があるようである。)
・事後的な給付額の削減も、負債の1割程度の規模があり、考慮するかしないかで、結果は大きく異なる。
・国別にみると、一概には言えないものの、ベルギー、オランダは比較的不足額が小さく、英国、アイルランドはかなり苦しい、という傾向がありそうだ。
2 Annex 2 to opinion (EIOPA-BoS-16/075)):Results of the quantitative assessment (EIOPA 2016.4.16)(付表に上記全9通りのバランスシートが記載されている。しかも国別。)
3――意見の内容
・年金基金規制の共通の枠組みを作り、それに則ったバランスシートを作成し、標準化されたリスク評価を行なうことにより、欧州の年金基金の健全性規制を強化することを推奨する。
・年金基金は、加入者・スポンサー・その他の関係者に対し、市場整合的なバランスシートと標準化されたリスク評価の正規のディスクロージャーを行なうことにより、透明性を確保すべきである。また、各国の監督が、EUで標準化されたリスク評価の結果を踏まえた、充分な指導力をもつべきである。
・中小の基金の事務負荷を軽減するため、簡略化された方法を許容すべきである。さらに、小規模の基金については、免除あるいは毎年ではなく3年に一度とかの頻度にすることも許容すべきである。
この定量的調査と意見に関し、EIOPAのベルナルドガブリエル・ベルナルディーノ議長は、以下のようにコメントしている。
「年金ファンドの財務状況についての現実的でリスク感応度が高い情報に向けた大きなステップである。欧州における年金基金の規制を現代化するためのEIOPAの提言は現在または将来のチャレンジに対抗するために年金基金セクターを支援する目的である。適切で透明性あるディスクロージャーは年金基金の契約の長期間にわたる持続性についての対話をひきおこし、タイムリーな適応を促すだろう。そうすることで、この提言は年金の加入者や受給者の保護や破綻時の世代間の公正な分配に資するだろう。」
現在のところ、こうした定量的調査あるいはストレステストなどは、各項目の算出方法が最終的に決まったわけではなく、今後も各国の反応やバランスシートの姿をみながら、検討されてゆくものと思われる。
欧州では、保険会社のソルベンシーIIが今年ようやく導入され、次は年金基金の健全性強化の枠組みに関心が移ってきたという流れであろうか。ひるがえって日本では、ソルベンシーII同様、保険会社の経済価値ベースのソルベンシーマージンの検討が続いている段階である。年金基金についてはまだ先のことになるだろうが、先例としての欧州の動きを、今後も追っていきたい。
3 Opinion to EU Institutions on a Common Framework for Risk Assessment and Transparency for IORPs(2016.4.14 EIOPA)
(2016年05月24日「保険・年金フォーカス」)
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03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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