2016年03月22日

欧州年金基金に対するストレステストの結果-低金利が長引くと深刻な影響が

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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■要旨

欧州17か国が参加した、年金基金の健全性評価のためのストレステストの結果が1月に公表された。DB型では、現在の低金利下においては、現状、すでに債務超過となっている基金も多く、保有資産価格の下落や金利のさらなる低下というストレス下においては、さらに悪化するという結果が出た。またDCでは、年金給付額への影響を、若年層・高齢層に分けて試算した結果、退職時までの期間が長い若年層に、長引く低金利のため深刻な影響がでるという結果になった。引き続きこうした試算が行なわれていく模様。

■目次

1――はじめに
2――ストレステストの結果
  1|ストレステストの概要
  2|DB、ハイブリッド年金に対するストレステストの結果
    ~金利低下による負債評価額の増加が負担
  3|DCに対するストレステストの結果
    ~金利低下はとくに若齢層の年金受取額に大きなダメージをもたらす
3――おわりに

1――はじめに

1――はじめに

欧州で行なわれた、年金基金の健全性をみるためのストレステストの続報である。
EIOPA(欧州保険年金監督機構)では、IORPs(Institutions for Occupational Retirement Provision:職域年金を指すEU独自の用語。以降、年金基金と呼ぶことにする。)の健全性の評価やそれに基づく規制内容を決める目的で、2012年に定量的影響度調査が行なわれたことがあるが、今回、2015年に新たに行なわれたストレステストの結果が、2016年1月に公表されたので概要を紹介する。1
このストレステストの実施概要は2015年5月に示されたのだが、その際、ほぼ同時並行的に再度の「定量的調査」(Quantitative Assessment)も行なうとのことであった。本来なら両方の結果が出揃ったところで概要をみる方が、内容を把握しやすいのかもしれないが、定量的調査のほうは、結果の公表時期が示されていないこともあり、まずはストレステストの結果だけをみることにする。  

2――ストレステストの結果

2――ストレステストの結果

1ストレステストの概要
ストレステストの概要については、より詳細な経緯と内容を、以前に拙稿「年金基金版?ソルベンシーII2に取上げたので、そちらも参照頂きたい。参加国は欧州17カ国であり、年金基金の2014年末の財務状態をもとに、金利の低下、資産価格の下落、長寿化といったストレスシナリオを想定して、それに伴う、年金基金の財政状態の変化をみるというものである。
ストレステストの最終的な目標は、厳しいストレスシナリオを設定することで見えてくるリスクと弱点を把握し、それを踏まえて、将来に向け安定した財政状態を維持するための規制をつくるというものである。また、2012年の定量的影響度調査とは異なり、確定給付年金(以後、DBと呼ぶ)やハイブリッド年金だけでなく、今回初めて確定拠出年金(以後、DC)もストレステストの対象に含め、全体状況を捉えようという目的もある。
 
欧州における年金制度の実態は、国によって公的年金の仕組みからしてまちまちであり、それを補完する私的年金の役割の重さも異なる。また国の規制も、負債評価方法、要求する資本水準、万一の際の基金保護の仕組みなどに関して様々である。
それでも、とにかく国毎の現行ルールには従っているという点では、意味のあるものなので、今回のストレステストでも、国毎のベースでの実態あるいはストレス結果を公表している。これを以降本稿で「各国規制ベース」と呼ぶことにしよう。(報告書でも、National balance sheetと呼んでいる)
それに対して、EIOPAが最終的に目指しているのは、EUやそれに近い地域における共通の健全性規制の枠組みである。それは基本的には、時価ベースで資産・負債を評価する「包括バランスシート」3によるものとされている。これを各国規制ベースに対して「共通方式」(報告書ではCommon Methodology)と呼ぶことにする。
 
2DB、ハイブリッド年金に対するストレステストの結果~金利低下による負債評価額の増加が負担 
DB、ハイブリッド年金については、まず2014年末の現状におけるバランスシート(各国規制ベース、共通方式の両方)を確認したのち、市場に関する2つのストレスシナリオ、長寿化について1つのストレスシナリオを設定して、その影響をみている。
まず、現状におけるバランスシートであるが、各国規制ベースでは、資産が負債の95%しかなく、全体の金額にして780億ユーロ不足した。これは、構成比の高い英国の基金における大幅な不足にひきずられている面があるが、基金別に見ても、140基金のうち63基金が欠損(負債が資産を上回る)状態にある。
一方、共通方式では資産が負債の76%しかなく4,280億ユーロの不足となった。欠損のこうした増加は、主にリスクフリーレートによる評価によって、負債の金額が膨らんだことによる。
これに、スポンサー援助、年金基金保護スキームの活用(資産増加)、年金給付の削減(負債減少)を考慮すれば、剰余(980億ユーロ)に転ずる結果がでている。(そもそもこれらの具体的な内容が未定、なのだが、簡便な一定の評価方法で考慮しているようだ。)
 
DBに対する市場ストレスは以下の2シナリオを想定している。
・逆境市場シナリオ1  資産価格の下落、金利低下、インフレ率の低下などを仮定。
・逆境市場シナリオ2  資産価格の下落(シナリオ1ほどではない)と金利低下(シナリオ1より大幅
な下落)、およびインフレ率の上昇などを仮定。
両シナリオとも、価格下落による資産の減少と、金利低下による負債の時価評価額の増加という形で、バランスシートに厳しい影響を及ぼすことになる。
 
各国規制ベースでは、シナリオ1、2に応じてそれぞれ、3,730億ユーロの欠損(資産が負債の75%しかない。以下同様)、3,460億ユーロ(78%)の欠損、という資産不足の結果となった。報告書では、「こうした多額の欠損は、スポンサー企業のバランスシートにも悪影響を及ぼす可能性がある。」としている。また当然のことではあるが、基金ごとにみると、株式や不動産など価格変動性の高い資産の構成比が高い年金基金は最もこうしたストレスシナリオの影響を受けやすい。
共通方式では、負債に対する資産不足の金額は、シナリオ1、2それぞれで、7,550億ユーロ(59%)、7,730億ユーロ(61%)となった。(この段階では、スポンサー支援、年金基金保護スキームの利用は想定せず、負債においても給付削減を想定していない。)
シナリオ2は、資産の下落幅はシナリオ1より小さいのだが、金利の低下幅が大きく、そのため負債増加額が大きいため、より厳しい結果となっている。こうした事情は、負債を時価評価していない現在の各国規制ベースのままではわからなかったが、今回の共通方式により初めて判明したことである(と報告書では、今回のストレステストの意義のひとつについて強調している。)。
 
なお、長寿化ストレスシナリオは、死亡率が即時に20%低下するものと設定されたが、各国規制ベースでも共通方式でも、市場ストレスシナリオに較べれば、(無視できるほどではないが)比較的限定的な影響であったとされているので、詳細は省略する。
 
2 「年金基金版?ソルベンシーII」(基礎研レター 2015.9.29)http://www.nli-research.co.jp/files/topics/42771_ext_18_0.pdf
3 これについても、先にあげた拙稿、あるいはさらに以前に報告した以下の報告をご参照頂きたい。
「欧州年金基金の健全性規制」 (保険・年金フォーカス2013.5.28)http://www.nli-research.co.jp/files/topics/40759_ext_18_0.pdf
「年金基金の健全性規制の動向」(保険・年金フォーカス2012.11.26)http://www.nli-research.co.jp/files/topics/40314_ext_18_0.pdf
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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