コラム
2016年05月13日

老いるのは下から?上から?~注目される『オーラル・フレイル』という新概念

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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“人は足から老いる”とよく言われている。若いときは平気だった坂道や階段が段々辛くなったり、足腰が弱くなったと体感することで、老いを感じ始める人は少なくない。その老いに負けないためにウォーキングをはじめ、足腰を鍛え続けることの大切さは誰もが認めているところであろう。

では、“人は口から老いる”ということはご存知であろうか。多くの人は初めて聞いたことかもしれない。これは『オーラル・フレイル』という新しい概念であり、昨年度(2015)から広がりを見せている。提唱者は筆者も所属する東京大学高齢社会総合研究機構の飯島准教授他であり、昨年度からは日本歯科医師会も当概念の普及に向けた積極的な啓発活動を展開している1

■オーラル・フレイルとは

オーラル・フレイルは、直訳すると「歯・口の機能の虚弱2」である。虚弱に至るプロセスは一般的に、上述した足腰の話と関係の深い骨格筋が弱まること(=加齢性筋肉減弱症(サルコペニア))と考えられているが、オーラル・フレイルはその虚弱に至るプロセスに、より川上の段階で歯・口の機能低下が深く関係していることを説明するのである。

つまり、歯・口の健康をおろそかにすると3、噛む力や舌の動きも悪くなるなどから栄養摂取の面で支障を及ぼすとともに、滑舌が悪くなったりすることで人との交流を避けるようになったり、家に閉じこもりがちな生活をおくることで生きがいを失いやすくなったりする。

オーラル・フレイルはこうした歯・口の機能低下から始まる、低栄養・身体機能の低下、社会性の低下、精神性の低下、そして虚弱な状態に陥る一連のプロセスを説明しながら、虚弱化の予防に向けた「歯・口の機能」の重要性を強調するのである。これらは、飯島他が「高齢期における虚弱化の原因を追究する大規模調査(縦断追跡コホート研究)4」等を行い、その中から導き出したものである。

■歯・口の健康に関するエビデンス

歯・口の健康の大切さは、誰もが子供のときから教わってきたことであるわけだが、寿命や高齢期の健康との関係でも次のようなことが先行研究から明らかにされている。
  • 歯の本数が多いほど、生存年数が長い(Fukai k et al.,Geriatr Gerontol Int 7:341-347,2007)
  • 歯の本数が多いほど、また義歯による機能回復をするほど認知症発症が少ない(Yamamoto et al.,Psychosomatic Medicine,2012)
  • 歯を失い、義歯を使用していないと転倒リスクが高まる
    (Yamamoto et al.,BMJ Open,2:e001262,2012)
※上記は日本歯科医師会「社会保障制度改革国民会議提出資料(2013.3.27)」より引用

なお、歯・口の健康と疾病との関係では、食べ物や唾液が誤って肺に入っておこる「誤嚥性(ごえんせい)肺炎」がよく知られているが、日本人の死因として肺炎が増えてきている(2011年から第3位)背景には、歯・口の健康が関連している可能性がうかがわれる。
 

■予防歯科・定期歯科検診(クリーニングの実施)が大切

これまで歯・口の健康に対する意識はどうだっただろうか。「毎日歯磨きをしていればよい、虫歯にならなければよい、痛くなければよい」程度に思われていたとすれば、少し考え方を見直したほうがよいかもしれない。

歯科検診の受診状況をみると、全体では47.8%、男性よりも女性のほうが多く、若者よりも高年齢者のほうが多い。約2人に1人が受診している状況を多いと見るか、少ないと見るか意見が分かれるかもしれないが、これからの時代はこうした予防的な検診も含めて、定期的にクリーニングを行うこともお薦めしたい。偏見になるかもしれないが、特に男性は歯のクリーニングを定期的に受ける習慣がない人が多いと思われる。

虚弱化を予防し、より豊かな健康長寿を実現していくためにも、これからは足腰のトレーニングに加えて、「歯・口の健康」にも予防的に取組んでいくことが大切であると考える。
図表:歯科検診の受診状況(1年間に1回以上受診した人の割合)
<参考文献等>
  • 飯島勝矢「虚弱・サルコペニア予防における医科歯科連携の重要性~新概念『オーラル・フレイル』から高齢者の食力の維持・向上を目指す」、日補綴会誌Ann Jpn Prosthodont Soc7:92-101,2015
  • 日本歯科医師会HP
 
1 日本歯科医師会では、オーラル・フレイルの他、1989年(平成元年)から厚生労働省とともに「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という「8020(ハチマルニイマル)」運動を行ってきている。
2 老化に伴う心身機能の著明な低下を示す者を一般的に「虚弱(frailty)」と呼ぶ。2014年に日本老年医学会は、国民に対する予防意識を高める目的から、虚弱のことを「フレイル」と呼ぶことを提唱している。
3 歯・口の健康への関心度が低く、歯周病や虫歯を放置して重症化を招き、歯を喪失するなど
4 千葉県柏市における65歳以上の地域在住高齢者2044名を対象とした「大規模虚弱予防研究(通称「柏スタディー」)」
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴
  • 2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

    2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

    2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
    (2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

    2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

    内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

    財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

    東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

    神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

    生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

    全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

    一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

    一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

    【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

(2016年05月13日「研究員の眼」)

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