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「○○年に一度」のリスク-確率分布が、正規分布ではなかったら、どうなるか?
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
正規分布は、母集団の平均とも、強い関係がある。分散が存在する母集団から、いくつか標本データを取り出して、その平均(「標本平均」と呼ぶ。) を考えてみよう。取り出す標本データの数を大きくすると、母集団がどのような分布であっても、標本平均は、母集団の真の平均を中心とした正規分布に近似的に従う。これは、「中心極限定理」と言われ、正規分布の重要性を、際立たせている。
正規分布は、これらの特徴を持つため、統計的な処理がしやすい。例えば、左右対称であるため、平均を中心に左右に半分ずつ分布する。再生性があるため、互いに独立な、正規分布に従う確率変数の和が、正規分布を用いて統計処理できる。このように、正規分布は、とても使い勝手がよい。
ただし、リスク管理を行う際には、正規分布を用いるかどうか、の検討が必要となる。リスク管理では、どのような事象がよく起こるかということよりも、異常な事象がどのくらい発生するかということの方が問題となる。つまり、分布の平均付近(中央部分)ではなく、端の部分に目が向けられる。
例えば、証券投資で、株式や債券の日次の騰落率が、正規分布に従う、と仮定する。こうすると、端の部分の統計処理がしやすくなる。コンピューター技術が、現在ほど発達していなかった時期には、このことが実務で、大変に重視された。リスク管理の関係者の間では、「よくわからない分布は、とりあえず、正規分布とみなしてしまおう」という、正規分布信仰と言えるような状況すら存在した。
正規分布とは、似て非なる分布の例として、統計学でよく取り上げられるものに、コーシー分布がある。コーシー分布も、左右対称だが、中央部分は正規分布よりも低く、逆に、端の部分は正規分布よりも高い。例えば、企業の収益率が、正規分布ではなく、コーシー分布に従うと仮定すると、端の部分が様変わりして、リスクの評価も変わってくる。
正規分布で、100回に1回の発生頻度とされる事象は、コーシー分布では、7~8回に1回発生する。正規分布で、100万回に1回、即ち、極めてまれにしか発生しないとされる事象は、コーシー分布では、15~16回に1回発生する。つまり、コーシー分布では、端の部分の発生頻度が、かなり高い。
メディア等では、よく「40年に一度の寒波」とか、「100年に一度の経済危機」などの言い回しで、リスクの大きさが伝えられる。もちろん、こういった表現は、単純な正規分布の仮定ではなく、過去のリスク事象の発現の分析や、今後の見通しを踏まえた上で、緻密に、組み立てられたものであろう。
単に、統計学の確率分布のみで考えると、分布の形状を、少し見直せば、こういった表現は大きく変化してしまう。「○○年に一度」といった表現を目にしたときには、そのベースに、どういう前提や仮定が置かれているのかを、じっくり考えてみる必要があると思われるが、いかがだろうか。
(2016年05月02日「研究員の眼」)
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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