2016年04月13日

日韓比較(14):最低賃金―同一労働同一賃金の実現に向けて、段階的な最低賃金の引上げを―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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2――平均賃金に対する最低賃金は国際的にも低い水準

また、他の国と比べた日韓における最低賃金の水準は、それほど低い方ではないが(2014年基準で日本は7.21ドルで11位、韓国は4.94ドルで14位、比較対象はOECD加盟国)、正規労働者の平均賃金に対する最低賃金の水準はまだ低位にある。2014年における日韓の平均賃金に対する最低賃金の水準はそれぞれ33.8%や35.7%で、OECD主要28カ国の平均39.3%を下回っている。調査対象28カ国の中から日本より平均賃金に対する最低賃金の水準が低い国は、チェコ(31.5%)、メキシコ(28.7%)、アメリカ(26.6%)のみである。
 
図表4 平均賃金に対する最低賃金の水準(2014年)
日本の最低賃金の水準が低い背景には歴史的な要因がある。日本では、1959年に「最低賃金法」が制定されたが、当時、すでに終身雇用や年功序列という制度が定着しており、入社してから暫くの間は生活が苦しくても将来的には安定的な生活が保障されたので、最低賃金の水準レベルは大きな問題にならなかった。また、当時のパートやアルバイト等の非正規労働者は学生や主婦などが多く、家計を担うという責任を持っていた人は少なかった。こうした日本独特の仕組みが維持されていたため、他の国と比べて最低賃金の水準が低くても問題視されなかった。ところが1990年代以降、終身雇用や年功序列型賃金制度が徐々に崩れ、家計を担う非正規労働者が増加することとなり、以前とは非正規労働者の性格が一変してしまい、最低賃金の引上げで生活保障をカバーしなければならない状況が生まれている。1986年12月に「最低賃金法」を制定し、1988年から最低賃金制度を施行している韓国も日本とほぼ同じ状況である。
最低賃金の引上げ額が大きくなるに伴い、最低賃金の影響率も高くなっている。「影響率」とは、最低賃金額を改正した後に、改正後の最低賃金額を下回ることとなる労働者の割合であり、日本の場合2002年度の1.9%から2014年度には7.3%まで上昇した。また、韓国でも2002年度の2.3%から2015年度には14.6%まで上昇している。
 

3――日本は地域別最低賃金、韓国は全国的に統一された最低賃金を実施

3――日本は地域別最低賃金、韓国は全国的に統一された最低賃金を実施

日韓における最低賃金の大きな違いは日本が地域別に異なる最低賃金が適用されていることに比べて、韓国は全国的に統一された一つの最低賃金が適用されていることである。その結果、日本では最低賃金が最も高い東京(907円)と最も低い沖縄、宮崎、鳥取、高知(693円)の間に214円という差が出ていることに比べて、韓国は6,030ウォン(2016年度)という一つの最低賃金が全国に適用されており、地域間における差は発生していない。では、なぜ日本では地域間において最低賃金が異なるのであるだろうか。その理由としては最低賃金の決定に所得、消費、給与、企業経営に関する指標が反映されている点が挙げられる。日本で最低賃金額を決定する際には、 まず、 47 都道府県が A、 B、 C、 Dというの 4 つのランクに分けられる。ランク分けは、各都道府県の所得、消費、給与、企業経営に関する指標を基準にしており、5年おきに見直しが行われている。その後中央最低賃金審議会が分けられたランクを基準とし目安額を示し、地方最低賃金審議会は目安額に基づき、各都道府県の引上げ額を決定している。つまり、東京を中心とする首都圏や大都市には、工場や物流センターなどのインフラが集中しており、それが企業の生産性を引上げ、企業経営に関する指標(1人当たりの所得や雇用者報酬、1 カ月あたりの支出や消費者物価地域差指数、所定内給与など)を高めている。また、高い生産性は所得にプラスの影響を与え、高い所得により消費も活発になるため、最低賃金のアップ率も高くなっており、地域間に差が発生しているのである。
 

4――おわりに

4――おわりに

これまで述べてきたように日本と韓国における平均賃金に対する最低賃金の水準は他の国と比べて低く、さらに正規労働者と非正規労働者の間の賃金格差が依然として大きく残っている。経済のグローバル化による企業競争の激化により今後も労働市場の柔軟化は避けられない過程かも知れない。日本政府が推進しようとしている地方創生を成功させるためや雇用形態の違いにより格差が拡大されないように最低賃金の全体の底上げとともに地域間における最低賃金の格差を縮小することは不可欠であるだろう。それこそが日韓政府が実施しようとしている「同一労働同一賃金」の実現の近道であるだろう。
 
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

(2016年04月13日「基礎研レター」)

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