2016年04月05日

マイナス金利下での退職給付債務の割引率について-ASBJが議事概要を公表したが、今後の議論が重要-

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3|重要性基準の適用
さらに、割引率については、毎年見直すことが原則ではあるものの、DBO(退職給付債務)に重要な影響を与えないと認められる場合には見直さないことができる。この重要性の判断基準として「DBOの10%」基準が使用されている(退職給付に関する会計基準の適用指針第30項)。このため、「前期末に使用した割引率による当期末DBO」と「当期末の国債利回り等に基づく割引率による当期末DBO」との差が10%未満であれば、前期に使用した割引率を当期末DBOに使用することもできる。
ただし、例えば、平成27年3月決算等において、この重要性基準を適用して、過去の割引率を継続して使用してきたケース等では、平成28年3月決算で適用するためのハードルは高くなっている。
期末のイールドカーブ(スポットレート)の推移
以上、平成28年3月決算でのマイナス金利下での割引率の適用について述べてきた。
ただし、上の図表からわかるように、平成28年 3月末におけるイールドカーブは、前年度に比べて、各期間においてかなり低下していることから、「マイナスとなっている利回りをそのまま使用する方法とゼロを下限とする方法」のいずれの方法を採用するにしても、割引率の引き下げ及びその結果としての退職給付債務の増加が避けられないケースが多くなっているものと想定される。
 

5―今後の議論が重要

5―今後の議論が重要

今回のASBJの「議事概要別紙」の公表については、3月の決算年度末までに十分な議論を尽くす時間がない中で、何らかの指針を示さなければならない状況にあったことで、必要な対応を行ったものである。
あくまでも、マイナス金利が発生しているという現在の状況が一時的なもので、平成28年3月決算に間に合うように、必要な暫定的な対応を行ったということで、今回の対応のみで済んでしまう可能性もあるが、個人的には、これを契機に、割引率のあり方について、十分な議論を行ってもらいたいと考えている。

(1)マイナス金利の動向は不透明だが、今後の検討は必要
今後、マイナス金利が、どの程度の水準で、どの程度の期間まで、どの程度の時期にわたって、継続するのか、さらには別の形でマイナス金利の概念がさらに拡大していく可能性があるのか等については、誰も正確には予測できない。一方で、世界の国債市場を見てみると、スイス、スウェーデン、デンマーク、ECB(欧州中央銀行)等の欧州においては、既にマイナス金利の状況が1年以上継続しており、世界の国債市場のかなりの割合がマイナス利回りとなっている。
こうした観点からは、現在のマイナス金利の世界が一定程度継続する可能性を十分に視野に入れて、今後必要な検討を行い、コンセンサス作りをしていくことが望まれる。
そもそも、今回のマイナス金利の発生は、会計上の負債評価等における割引率の考え方がどのようにあるべきなのかという点について、考え直す良い機会になっているものと思われる。もちろん、考えるまでもなく、マイナス金利をそのまま適用するのが当然だという人も多くいると思われるが、少なくとも、「マイナスの国債利回りをそのまま使うことで、本当にそれでよいのだろうか。」と思った人が少なからずいたことも事実であると思われる。

(2)保険負債評価における割引率
将来の長期間に亘るキャッシュフローの発生から現時点で必要な負債額を算定するものとして、保険負債の評価がある。経済価値ベースの保険負債の評価においては、欧州の保険資本の監督規制であるソルベンシーIIにおいて使用されている場合には、マイナス金利をそのまま使用して評価している。ただし、これはあくまでもソルベンシー規制上のものであり、必ずしも会計上の保険負債評価を意味するものではない。
会計上の保険負債評価に関しては、現在IASB(国際会計基準審議会)において議論されているが、マイナス金利の取扱いについては明確化されていない。
保険負債は、金融機関である保険会社の大宗を占める負債である。会計上はともかくも、少なくともソルベンシー規制上の保険負債の評価に使用される割引率については、ソルベンシーIIと同様に、資産と負債の整合的評価という原則に立って、イールドカーブに忠実にマイナス金利もそのまま適用するとの考え方を採用する、ことは一定程度理解されるものと思われる。

(3)退職給付債務評価における割引率
ただし、金融機関だけでなく、一般の事業会社も対象にした退職給付債務の評価において、例えば、資産と負債の整合的評価という考え方には違和感を持つ人も多いと思われる。さらには、現在の長期においてまでマイナス金利が発生している状況にある国債のイールドカーブについて、それが本当に退職給付債務の計算に使用する「安全性の高い債券の利回り」の基礎として適当なものなのか、との懸念を有する人も多いと思われる。

(4)割引率についての考え方の再整理が必要
将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く際の割引率の考え方については、各種の会計基準間での整合性を確保するために、IASBでも検討項目に取り上げられ、議論が行われている。この中で、マイナス金利の取扱いについて明示的に議論されるのか否かはわからないが、少なくとも割引率の概念のより一層の明確化等が行われていくことが期待される。
今回のマイナス金利の取扱いに関する議論を契機として、今一度、日本においても、会計上の負債評価等における割引率の考え方について、再整理し、共通の認識を形成していくことが重要になっているものと考えられる。
 
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中村 亮一

研究・専門分野

(2016年04月05日「保険・年金フォーカス」)

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