コラム
2014年12月01日

アベノミクスの光と影を考える-成長戦略の加速とともに、物価上昇、格差の拡大など影の部分への対応がアベノミクスの成功のカギ

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

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(アベノミクス2年が経過し、光だけではなく、影もクローズアップされる)
   アベノミクスは期待に働きかける政策である。第一の矢、第二の矢、第三の矢を相次いで放ち、デフレマインドに覆われていた日本を見事に変えた。
   しかし、アベノミクスが発動し2年がたち、その政策の光だけでなく影の部分もクローズアップされるようになってきた。

どんな政策でも光と影、別の言い方をすれば効果と副作用は存在する。アベノミクスの光としては、金融市場の劇的な変化(株高、円安)、企業収益の拡大、名目賃金の上昇、雇用の改善などがあげられる。特に雇用は雇用者数が100万人増え、経団連集計による大手企業春闘の賃上げ上昇率も16年ぶりに2.62%増となっている。4.1%だった失業率は「完全雇用」に近い3.6%まで低下し、有効求人倍率は22年ぶりの水準に達し人手不足が叫ばれる程である。
   一方影の部分としては、賃金上昇を上回る物価上昇、格差の拡大、見えなくなった財政悪化と市場規律の喪失などがあげられるのではないか。

黒田日銀による第一の矢は見事に機能した。しかし、アベノミクスがこの先成功を収めるためには、第三の矢(成長戦略)をどう動かすのか、さらには財政再建に実効力のある道筋をどうつけるのか、アベノミクスの影の部分にどう対応するのかがポイントとなる。

筆者は、アベノミクスは来年終わり頃には、その是非を問われるべきだと思っていた。是非を問うまでに時間が必要なのは、成長戦略は時間がかかるからである。ただしである。この2年間、第三の矢はまったく進んでいない。このままでいい訳はない。
   役所や業界団体などの反対が強い労働、医療、介護といった、いわゆる「岩盤規制」分野で規制緩和が進んでいない。成長戦略が経済成長に寄与してきていない。
   この国会でも、女性活躍推進法や国家戦略特区改正案、労働者派遣法改正案など安倍政権の目玉政策とも言える重要法案が審議されていた。解散によりこれらは廃案に追い込まれる。
   来年は安倍政権が誕生して3年である。衆参であれだけの力を持ちながら規制緩和などを進められなければ「時間がかかる」との言い訳など到底できないはず。来年は白黒がつく年だ。


(アベノミクスの影への対応を急ぐべき)
   今後アベノミクスでは影の部分にどう対応するのかをきちんと議論してほしい。
   影の部分は日本の企業などの構造変化に政策が追いついていない部分があるように感じている。
   アベノミクスで大きな誤算は、「円安でも輸出が伸びない」ということがあったはずだ。
   日本の企業は20年、円高と戦ってきた。多くのメーカーは海外生産を大規模に実施し、また輸入業者は円高のメリットを享受してきた。日本の企業は円高に対応しきっている。
   急激に円安に振れたことで輸入業者の方などからは、悲鳴の声をお聞きする。為替が20-30%も円安に振れ原材料コストが上昇している。消費税の引き上げもあり価格転嫁を消費者にはすべてできない、採算割れだとの話だ。
   日本経済全体でみれば円安はプラスに寄与する。しかし、これだけ多くの人が円安による物価上昇への懸念を声高に叫ぶのは、円安ピッチが速いことや、円安メリットが従来に比して少なくデメリットが大きいからだ。
   円安による物価上昇という影の部分をできるだけ少なくするには、二つのことが重要となる。一つはインバウンドをいかにパワフルにするのか。年間1000万人を超えた外国人旅行者を2020年の東京オリンピックまでに2000万人にすると政府は計画している。そのスピードをさらに上げることだ。外国人旅行者の消費が国内に落ちる。またそうなれば日本で体験した文化や食べ物やサービスやファッションなどなど、多くのサービス品の輸出が可能になってくる。円安で海外からの旅行のメリット感を使い旅行者を増やし、日本に満足してもらいそれらを輸出する流れを作れば円安のメリットをさらに拡大できる。さらには外国企業の誘致も重要だ。法人税引き下げを突破口に外国企業が日本で活躍できる場の創設を急がなければならない。

逆に円安のデメリットを少しでも消し去るには、政府がエネルギーの中長期のポリシーミックスを早期に提示する必要がある。民間は計画が決まっていればそれに向けて、最適と考え得る経営を行う。自民党は原発再稼動を行うなら、いつまでに行い、いつまでにどのレベルにするのかを示し実現しなければならない。将来的な原発、再生エネルギーなどのウェートを示さなければならない。今回の公約でも来年夏にはとしているが、そんな先延ばしはもうありえない。
   日米の金融政策の方向感は真逆になっている。円安スピードが速ければ介入という手段も検討される可能性もあるが、日本の構造問題には構造改革で対応するのが王道である。

影の部分でもう一つ対応が急がれるのが格差の問題だ。金利ゼロの世界の中で資産を保有できる個人が大きなキャピタルゲインをあげ、資産をもてない家計との格差は拡大するばかりだ。都市部と地方部の格差も深刻である。アベノミクスで雇用環境がよくなったことで地方出身者は高校、大学卒業後は東京などの都市部に職を求めて移動する。
   アベノミクスがうまくいけばいくほど、都市部と地方部の格差が生じるジレンマを抱えている。

さらに影として深刻なのが、財政再建の危機感がなくなっていることだろう。本来であれば財政ファイナンスととられかねない状況になっていれば、金利上昇という姿が生じるはず。しかし、日銀が大量に国債を保有し国債市場はある意味官製相場になっており、健全な市場の反応すら現れない。財政ファイナンスかどうかを判断するのは、国民であり投資家である。政府は最低でも国際公約としている「2015年度のプライマリーバランスの赤字半減」を達成しなければならない。また選挙に突入し、軽減税率の導入やその他歳出拡大は起こるだろう。黒字達成を約束している2020年度に向け、今まで先送りされ続けている社会保障改革に対して痛みを伴う改革を断行しなければならない。

いずれにせよ選挙に向かった。この選挙が安倍首相による安倍首相のための選挙だったとのちのち言われないためにも、選挙で立ち止まっている間にアベノミクスの影の部分に対してどう対応するかを決め、選挙後、遅れている成長戦略や先送りされている財政再建をスピード感もって進めなければならない。


※ 本稿は2014年12月1日・産経デジタルiRONNAの原稿を加筆・修正したものである。

(2014年12月01日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

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