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ハネムーンプア、エデュプア、そしてハウスプア、その次は?― 終わらない貧困の連鎖 ―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
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2006年7月、NHKスペシャル『ワーキングプア、働いても働いても豊かになれない』が放送されてから、日本でも貧困層に対する関心が高まり始めた。世界経済の低迷が続く中で、ワーキングプアを含めた貧困層の増加は、今は日本のみならず世界的な現象になっている。隣国、韓国でもワーキングプアの増加が続き、所得格差の拡大が深刻な社会問題として浮上してきた。さらに、最近は、ハネムーンプア、エデュプア、ハウスプアという新しい貧困階層が続々と登場している。
ハネムーンプアとは、結婚を契機に借金をして貧しくなる世帯として定義される。借金の最も大きな原因は、住宅の用意である。韓国の住宅事情は日本の家賃システムとは多少異なり、韓国独特の「チョンセ」という仕組みが普及している。チョンセとは、最初に家を借りる時にまとまった保証金を家主に預ける代わりに月々の家賃が免除されるシステムである。韓国では、金融機関の利率が日本より高いため、家主は預かった保証金を銀行などに預けて、利子を得る。その利子が家賃代わりの収入になるのである。勿論、契約を解約する時には預かった保証金は全額返却される1。チョンセを支払うために、まとまったお金がない若者は、結婚をする時期に借金をして家を借りるための保証金を用意する。また、結婚してからも生活資金や出産、育児等の費用を補うため借金が重なり、ハネムーンプアが継続的に増加している。
ハネムーンプア世帯は、次に子どもが大きくなるとエデュプアになる可能性も高い。エデュプアとは、英語のエデュケーションプアの略語で、家計が赤字で負債があるにも関わらず平均以上の教育費を支出したために、貧困な状態で生活する世帯、いわゆる「教育貧困層」である。
韓国の民間シンクタンクである現代経済研究院の推計結果(2011年基準)によると、都市部の2人以上世帯のうち、子どもの教育費に平均教育費以上を支出する世帯は288.7万世帯で、このうち負債があり、家計が赤字状態である世帯、いわゆるエデュプアは82.4万世帯に達した。つまり、子どもの教育費を支出する世帯(632.6万世帯)のうち、13.0%はエデュプアであるという結果である(図表) 。
エデュプアの特徴は所得に対する教育費の支出が大きいことである。子どもの教育費を支出する平均世帯は月433.4万ウォンを稼ぎ、366.8万ウォンを支出しており、66.7万ウォンの黒字を出している。一方、エデュプアは月313万ウォンを稼ぎ、381.5万ウォンを支出することにより68.5万ウォンの赤字を出している。この赤字の大きな原因は子供の教育費である。子どもの教育費として平均世帯は消費支出の18.1%である51.2万ウォンを支出していることに比べて、エデュプアは消費支出の28.5%に該当する86.8万ウォンも支出している。当然、エデュプアは教育費以外の消費支出を最大限抑制しているのであるが、それでも赤字となってしまうのである2。
さらに、ハウスプアの存在も大きな問題である。チョンセで生活し続けた人々の最大の夢は自分の家を持つことだろう。夢の実現に向けて彼らの多くは金融機関から借り入れをし、マンションを購入する。韓国では「不動産不敗神話」が信奉されており、無理な借り入れをしても物件価格が上がり「転売差益」を出せると信じて、投機目的でマンションを購入する人々も少なくなかった。しかしながら、リーマンショックの影響を受け、不動産景気の沈滞が長期化するとマンション価格は下落し始め、無理な借り入れをした人々は大損をすることとなった。ハウスプアとは、無理な借り入れをし、住宅を購入したが、ローンの返済等により可処分所得が減り、貧困の状態で生活する世帯のことである。最近のある調査では、住宅価格の下落により、ローンの返済に苦しんでいる世帯が約10万世帯あり、さらに所得の60%以上をローンの返済のため使わざるを得ない「潜在的ハウスプア」も57万世帯に達すると推計している。韓国政府はこのような貧困階層が更なるどん底に落ちないように、早い段階で対策を講じ、将来社会のシルバープアの急増を事前に防ぐべきであろう。
日本では韓国のようにハネムーンプア、エデュプア、そしてハウスプアという表現があまり使われていない。しかし、労働力の非正規化や不安定雇用が増加し、若い世帯の所得格差や貧困が拡大している現在、日本も韓国の事例を対岸の火事として座視していることはもはやかなわないであろう。今後、両政府の貧困対策に注目したいところである。
(2012年10月31日「研究員の眼」)

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
金 明中のレポート
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