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コラム
2006年01月10日
1.白熱するデフレ、金融政策論争 昨年11月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)が前年比0.1%と2年1ヵ月ぶりに前年比プラスに転じたことで、量的緩和政策の解除がいよいよ視野に入ってきた。日銀は消費者物価上昇率が安定的にプラスとなれば、量的緩和を解除する構えを見せており、その時期は今年の4月頃というのが大方の見方だ。しかし、その一方で、政府はGDPデフレーターのマイナスが続いていることを強調し、デフレの判断は消費者物価だけでなくGDPデフレーターを含めて総合的に行うべきであるとして、量的緩和解除への牽制を強めている。 昨年夏から秋頃にかけて盛んだった「踊り場脱却」の議論が今ひとつかみ合わなかった一因は、「踊り場」の定義が必ずしも明確でなかったことだ。 その点、「デフレ」の定義はかなりはっきりしている。「デフレ」という言葉は、「景気後退と物価下落が同時に起こること」という意味で用いられることもあったが、政府は2001年3月の「月例経済報告」で、「デフレ」を「持続的な物価下落」と定義した。現在、「デフレ」に関する議論は基本的にこの定義に沿って行われており、この点についての混乱は見られない。 しかし、どの物価指数を使ってそれを判断するかという点については、必ずしも定まったものがない。そのため、人によってデフレ(脱却)の判断基準が微妙に異なっているのが現状だ。 消費者物価指数が、GDPの6割弱を占める家計消費を対象とする代表的な物価指数であることは間違いない。しかし、逆に言えば日本経済全体の物価動向を捉えるという点では、4割強がカバーされていないということにもなる。そういう意味では、家計部門の他に、企業部門、政府部門、消費の他に投資も対象範囲としているGDPデフレーターは、消費者物価よりも広範な日本経済全体の物価動向を反映しているという見方もできる。したがって、デフレ脱却の判断に消費者物価指数に加えて、GDPデフレーターも用いるべきだという主張は一理あると考えられる。 2.GDPデフレーターは金融政策判断の中心的指標とはなりえない しかし、だからといってGDPデフレーターが量的緩和解除を決める中心的な指標ということにはならない。その主な理由としては、以下の3点が挙げられる。 第一に、政策の一貫性、継続性の問題である。日銀は01年3月に量的金融緩和政策を導入した当初から、「消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで」この政策を継続すると約束してきた(03年10月にコミットメントの明確化を行い、(1)消費者物価指数の前年比上昇率が基調的な動きとしてゼロ%以上、(2)消費者物価上昇率が再びマイナスとなると見込まれない、を量的緩和政策解除の必要条件とし、さらにこれらの条件が満たされたとしても、(3)経済・物価情勢によっては量的緩和政策を継続する、とした)。 5年近くにわたって金融政策の判断基準としてきた消費者物価指数を、GDPデフレーターに変更するようなことがあれば、それは重大な約束違反であり、日銀の信認は大きく損なわれてしまうだろう。 第二に、GDPデフレーターは輸入物価の動きに左右されやすいため、金融政策の判断には用いにくいという問題がある。05年7-9月期のGDPデフレーターは前年比▲1.4%と依然大きなマイナスだが、これは原油価格高騰に伴い輸入デフレーターが大幅に上昇した影響が大きい。輸入はGDPの控除項目であるため、輸入物価の上昇を国内物価に完全に転嫁できない場合、GDPデフレーターは低下するのである。同じ期の国内需要デフレーターは前年比▲0.5%と依然下落が続いているが、マイナス幅は徐々に縮小してきている。 量的緩和を継続すべきとしている人の多くは、GDPデフレーターがマイナスであることをその根拠としている。しかし、仮に国内需要デフレーターがマイナスであるにもかかわらず、今とは逆に輸入デフレーターが円高などによって大きく下がることにより、GDPデフレーターがプラスとなった場合、量的緩和を解除すべきかと聞けば、現在量的緩和解除に反対している人を含め多くの人がNOと答えるのではないだろうか。 最後に、これは技術的な問題だが、ある意味では最も大きな問題とも言えるのが、GDPデフレーターは四半期統計であり、3ヵ月に一度しか公表されないという制約があることである。このことは、金融政策の判断を行う際に用いる物価指数としては致命的な欠点とも言える。 たとえば、1月から3月にかけて物価上昇率が急加速し、量的緩和解除、あるいは金利引上げが必要な状況になった場合を考えてみよう。消費者物価指数は月次統計であるため、1月分の実績値は2月下旬(今年は曜日の関係で3/3)、3月分は4月下旬に判明する。しかし、GDPデフレーターの実績値は5月中旬になってようやく1-3月期分がまとめて発表されるのである。消費者物価指数を使って金融政策の判断を行っていれば、比較的早い段階で政策変更をすることも可能だが、GDPデフレーターの公表を待っていては政策変更のタイミングが大きく遅れ、場合によってはその間に深刻なインフレが進んでしまっているという事態も考えられるだろう。3ヵ月に一度しか発表されない経済統計は、機動的な金融政策運営を行う上では最適な指標とは言えない。 デフレ脱却の判断に際して、消費者物価指数に加えてGDPデフレーターを用いることには一定の妥当性があるが、金融政策を判断する上で中心的な指標としてGDPデフレーターを用いるという選択肢はありえない。量的緩和解除の判断は、やはり消費者物価指数を中心に行うべきである。
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(2006年01月10日「エコノミストの眼」)

03-3512-1836
経歴
- ・ 1992年:日本生命保険相互会社
・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
・ 2019年8月より現職
・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2018年~ 統計委員会専門委員
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