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2025年05月02日

金利がある世界での資本コスト

金融研究部 主任研究員 前山 裕亮

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1――はじめに

2014年8月6日に経済産業省から公表されたいわゆる伊藤レポート1では、資本コストを意識した経営を推奨し、グローバルな機関投資家が日本株式に期待する資本コストの最低限の水準として8%が示された2。レポートが公表されてから10年以上経過し、資本コストの概念とともにこの8%の水準が浸透してきている。

伊藤レポートが公表されて以降の日本株式の動きをTOPIXで振り返ると、公表された2014年8月6日に1,251ポイントであったが、足元では2,500ポイントを超えている【図表1】。TOPIXはこの10年で2倍以上に上昇し、2015年度から2024年度の10年間の配当込みの収益率が年率で8.1%だった。同期間の米S&P500種株価指数の配当込み収益率は年率で12.5%であるなど、絶好調であった米国株式に比べると劣後した。それでも、伊藤レポートで示された資本コストの水準並みに実際に収益が上がったことが分かる。
【図表1】 TOPIX と 長期金利
このように日本株式上昇の背景にあるのは日本企業の業績拡大であり、TOPIXベースのEPSが倍増した。また、TOPIXベースのROEをみても、2016年度以降は新型コロナウイルスの影響が大きかった2019、2020年度を除くと8%を上回り続けている【図表2】。
【図表2】 TOPIXのEPSとROE
その一方で、日本株式や日本企業が置かれている状況も時間経過とともに大きく変わった。特に資本コストに関しては、日銀の金融政策の変更の影響があった可能性がある。元々、異次元金融緩和が伊藤レポート公表前の2013年4月より行われていたが、2022年12月末に政策変更が行われ、正常化に向けて動きだした。さらに2024年3月に一連の異次元緩和政策が解除され、2024年7月と2025年1月には利上げが行われた。日本のリスクフリーレートともいえる10年国債利回りは、異次元金融緩和の開始に伴って低下し、2016年から2021年にかけて0%前後で推移していた。それが2022年以降は政策変更を織り込む形で上昇に転じ、2025年に入って一時1.5%をつけるなど、金利のある世界となっている。

そこで本稿では、異次元金融緩和を先に織り込む形で始まった2012年のアベノミクス相場以降の日本株式の株価に織り込まれている資本コストを確認した。
 
1 https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/pdf/itoreport.pdf
2 正確には、13ページに「グローバルな機関投資家が日本企業に期待する資本コストの平均が7%超との調査結果が示された。これによれば、ROEが8%を超える水準で約9割のグローバル投資家が想定する資本コストを上回ることになる。」と記載されている。

2――益回りを見ると

2――益回りを見ると

まず、TOPIXの予想PERの逆数である予想益回り推移をみる【図表3】。益回りは残余利益モデル:
残余利益モデル
を用いると以下のような関係式(式2)が得られる。簡便的に関係式(式2)の第2項を無視すると株価に織り込まれた資本コストと見なすことができるためである:
株価に織り込まれた資本コスト
TOPIXの予想益回りは、新型コロナウイルスの影響が大きかった2020年2月から2021年4月(ハイライト部分)を除くと、2013年以降だと概ね6.5%から8.5%での推移が続いている。足元に限らず長期金利の動向に連動している様子は確認できなかった。少なくとも2022年以降に長期金利の上昇に伴って益回りの水準が切りあがっている様子は見受けられない。
【図表3】 TOPIXの予想益回り と 長期金利

3――資本コストと成長率の同時推計

3――資本コストと成長率の同時推計

ただし、日本企業の業績拡大基調がこの10年続いたこともあり、株価に織り込まれている成長率が変化した可能性がある。そこで、(式2)を変形した益回りとPBRの逆数の関係式(式3)から、資本コストと成長率を同時推計した:
資本コストと成長率を同時推計
実際には、2025年3月時点のTOPIX500構成銘柄を対象に予想益回りを被説明変数、予想PBRの逆数を説明変数としてクロスセクションの回帰分析を各月末に行った。なお、各月末時点で赤字銘柄は除外し、さらに異常値処理として予想益回りと予想PBRの逆数が「平均値±3・標準偏差」から外れる銘柄も除外した。2025年3月末時点での分布が【図表4】である。
【図表4】 2025年3月末時点のTOPIX500構成銘柄の縦軸「予想益回り」と横軸「予想PBRの逆数」の分布
まず、推計された成長率は2018年頃まで上昇基調だった【図表5】。さらに、その後も新型コロナウイルスの影響が大きかった2020年2月から2021年4月(ハイライト部分)を除くと、概ね4%以上と高い水準で推移している。日本企業は着実に業績拡大してきたことから、以前よりも成長期待が込められた株価形成になっているのかもしれない。

その一方で推計された資本コストはTOPIXの益回りと似たような動きとなっていたが、2022年以降は高止まりしている。これまでの推移を踏まえると、日銀の金融政策の変更や長期金利の上昇の影響というより、2015年あたりから徐々に切りあがっていた可能性の方が高そうである。
【図表5】 同時推計した資本コストと成長率
なお、残余利益モデル(式1)やそれに伴う関係式(式3)は本来、資本コストを上回る収益が期待できることが前提で成り立っている。そこで各月末に予想PBRが1倍超えている銘柄に限って、同様に資本コストと成長率を推計した【図表6】。1倍を超えている銘柄に限ると資本コストと成長率の水準感は異なるが、傾向自体はあまり変わっていなかった。やはり資本コストは、2015年あたりから切りあがり、足元でも高止まりしているように見受けられる。
【図表6】 同時推計した資本コストと成長率 : PBR1倍超銘柄のみで推計

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月02日「基礎研レポート」)

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金融研究部   主任研究員

前山 裕亮 (まえやま ゆうすけ)

研究・専門分野
株式市場・投資信託・資産運用全般

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和総研入社
    2009年 大和証券キャピタル・マーケッツ(現大和証券)
    2012年 イボットソン・アソシエイツ・ジャパン
    2014年 ニッセイ基礎研究所 金融研究部
    2022年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・投資信託協会「すべての人に世界の成長を届ける研究会」 客員研究員(2020・2021年度)

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