2018年01月19日

注目される移民政策の行方-DACAの期限が迫る中、「国境の壁」建設とのせめぎ合いで移民政策議論が本格化

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

トランプ大統領は16年の選挙期間中からメキシコとの間に「国境の壁」を建設することを柱とする不法移民対策の強化や、米低所得者層の就業機会を奪う低技能労働者の移民を抑制する方針を示していた。同氏は大統領に就任後の17年9月に子供として入国した不法移民の強制送還を免除するDACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)プログラム1を今年3月に廃止する方針を示したほか、17年10月に署名した大統領覚書2で「国境の壁」建設のための資金確保、移民・関税執行局(ICE)の増員などを通じた移民管理の強化、能力重視の移民審査を可能とする永住権制度の変更などの方針を示した。

そんな中、3月のDACA廃止期限が迫っており18年度暫定予算の処理に絡めて「国境の壁」建設の予算を確保したいトランプ大統領と、DACA延長のための措置を盛り込みたい野党民主党のせめぎ合いが本格化している。

一方、米国において移民は既に労働力の点から重要な役割を担っており、今後ベビー・ブーマーの引退に伴う労働力人口の減少が見込まれるため、不法移民の強制送還や将来の移民流入を減少させる可能性のある政策に対しては保守、リベラルなどの政治的な立場を問わずに反対する意見が多い。

本稿では、米国の移民状況を確認した後、DACA廃止も含めて移民対策強化が米経済に与える影響について確認する。結論から言えば、移民減少は労働力確保や高度人材維持の点で米経済にネガティブな影響を及ぼす可能性が高い。一方、DACAについては国民の多くが支持しているほか、トランプ大統領自身も廃止を望んでいないことから、期限が到来する前に代替案が策定されると予想する。いずれにせよ、移民政策はインフラ投資、通商政策とならび18年の重要政策課題とみられることから今後の動向が注目される。
 
1 12年8月にオバマ政権が開始した措置。一定の条件を満たす若者に対して国外退去処分を一次的に延期し、その間就労許可を与える。DACA資格を得るには年齢や学歴・軍隊歴、犯罪歴などで一定の条件を満たす必要がある。
2 “Trump Administration Immigration Policy Priorities”(17年10月8日)https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/trump-administration-immigration-policy-priorities/
 

2.米国の移民状況

2.米国の移民状況

(移民人口):不法移民も含む移民人口(16年)は43.7百万人(人口対比13.5%)
米国外で出生(foreign-born)した移民人口は、16年に43.7百万人(人口対比13.5%)である(前掲図表1)。このうち、21.2百万人は市民権を獲得している一方、11百万人程度(同3%台半ば)の不法移民が存在するとみられている。移民人口を時系列でみると1970年以降から足元まで大幅に増加している。もっとも、人口におけるシェアは1900年代初頭に比べて低い水準に留まっていることが分かる。
(出身国):メキシコからの流入が高水準、不法移民ではさらに顕著
移民の出身国別シェアは、メキシコが11.6百万人と移民全体の26.5%を占め、2位中国の同6.2%に大きく差をつけて突出している(図表2)。
(図表2)移民出身上位10ヵ国(16年) また、不法移民については、ピューリサーチセンターによる14年の推計3でメキシコのシェアが52.7%と過半数を占めており、移民全体のシェアに比べて非常に高い水準となっている(図表3)。これは米国に滞在するメキシコからの移民の半数以上が不法移民であることを示している。

さらに、DACAによって実際に強制帰国を免除されている人数は17年9月時点で69万人であるが、このうち、メキシコ出身者が54.8万人と全体のおよそ8割と大宗を占めている。トランプ大統領はメキシコとの間に「国境の壁」建設などを通じて国境警備の強化を目指しているが、不法移民におけるメキシコのシェアが高いことなども背景にあるとみられる。
(図表3)不法移民出身国上位/(参考)DACA受益上位
 
3 “Overall Number of U.S. Unauthorized Immigrants Holds Steady Since 2009 “ 16年9月20日)http://assets.pewresearch.org/wp-content/uploads/sites/7/2016/09/31170303/PH_2016.09.20_Unauthorized_FINAL.pdf
(図表4)移民居住上位10州(16年) (居住地域):カリフォルニア州に集中
一方、移民の居住地域をみると、カリフォルニア州が10.7百万人と突出しており、州人口に占める移民のシェアも27.2%と最も高くなっている(図表4)。また、不法移民についてもおよそ2割がカリフォルニア州に住んでいるようだ4

一方、同州以外では、テキサス州(同4.7百万人)、ニューヨーク州(同4.5百万人)、フロリダ州(同4.2百万人)に居住している移民が多く、これら4州で移民全体の55%を占める。
 
4 ピューリサーチセンター”U.S. unauthorized immigration population estimates”(16年11月3日)http://www.pewhispanic.org/interactives/unauthorized-immigrants/
(図表5)年齢構成比較 (年齢構成):米国生まれに比べ、働き盛り(25-54歳)の比率が高い
次に、移民の年齢構成を米国生まれと比較すると、25歳から64歳にかけて移民のシェアが高くなっていることが分かる(図表5)。

労働市場では、働き盛りの25-54歳がプライムエイジと言われ、労働力として非常に重要視される。25-54歳合計のシェアを比較すると米国生まれの36.7%に対して、移民が57.8%と、移民のシェアが20%超も高くなっている。
(図表6)移民労働力人口およびシェア (労働力人口):移民の労働力人口(17年)は17.1%と人口シェアを上回る水準
次に、米労働市場における移民の状況について確認する。まず、移民の労働力人口の推移をみると、1970年の4.3百万人から17年は27.4百万人へ大幅に増加している(図表6)。

また、米国の労働力人口全体に占めるシェアも70年の5.2%から17年に17.1%と移民のシェアが拡大していることが分かる。

これを人口シェアと比べると、プライムエイジの比率が高いこともあって、労働力人口のシェアが高くなっており、人口対比で労働力人口の増加に貢献していることを示している。
(業種別雇用者数)農林水産業、建設業、娯楽・宿泊で高い
最後に業種別雇用者数をみると、米シンクタンクCenter for American Progress(CAP)の試算5によれば、11~13年の平均で合法と不法移民の合計では農林水産業(米国生シェア:70.1%)、建設業(同76.2%)、娯楽・宿泊業(同78.1%)で移民の雇用シェアが高くなっている(図表7)。

一方、移民シェアを合法と不法で分けると、農林水産業では不法移民のシェアが17.7%と、合法移民の12.2%を大幅に上回っている。また、建設業についても、不法移民のシェアが逆転しており、これら2業種ではとくに不法移民の労働力の重要性が高くなっていると判断できる。
(図表7)業種別雇用者数(11~13年)
 
5 CAP “The Economic Impacts of Removing Unauthorized Immigrant Workers” (16年9月21日)https://www.americanprogress.org/issues/immigration/reports/2016/09/21/144363/the-economic-impacts-of-removing-unauthorized-immigrant-workers/
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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