2017年07月11日

東京2020文化オリンピアードへの期待-ロンドン2012大会文化オリンピアードを支えた3つのマークの考察から

吉本 光宏

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2インスパイア・マークのガイドライン
認証を受けると、ロンドン2012大会のブランドセンターに登録され、マークやグラフィック、テンプレートなどが使用できるようになる。ただし、インスパイア・マークに関してはデザインや利用に関して厳密なガイドラインが定められている。ガイドラインは主催者向けのもの7とデザイナー向けのものが作成されているが、前者の概要を紹介しておきたい。

まず、大会スポンサーの権利を守るため、インスパイア・マークを悪用したり、商業的、政治的に利用したりした場合、あるいはガイドラインに示された認証のプロセスに従わなかった場合にはライセンス契約は剥奪されることになっている。また、インスパイア・マークを使用できるのは認証されたプロジェクトのみで、主催団体の運営や他の事業への使用は認められていない。

印刷物や販促物などは、作成する度に個別に前述の「アテネ」に申請し、許可を受ける必要がある。オンラインで申請後、ロンドン2012大会のインスパイア・チームとIOCが確認。認証の連絡を受けてから印刷物等の印刷、発行を行い、現物をロンドン2012組織委員会に提出する。認証されなかった場合は何が規定に合致しなかったかが伝えられる。

インスパイア・マークを使用する権利は、事業やイベントが非営利で民間営利企業などから支援を受けていないことを前提に与えられていることから、それに関連した事項についてはガイドラインで詳しく解説されている。主要なポイントを以下に列記した。

No sponsorship(スポンサーの禁止)]
  • 当該事業やイベントに関連して、スポンサーを受け入れたり商業的な権利を売買したりしてはならない。それにはスポンサーからの商品やサービスの提供も含まれる。
  • 当該事業やイベントに何らかの形で関わろうとする営利団体に注意しなければならない(例えば、地元の銀行がインスパイア・プログラムに認定されたイベントのポスターを支店に掲示するよう働きかけたり、企業名の入ったTシャツを着たボランティアの提供を申し出たりするなど)。
     
Advertising(広告・宣伝)]
  • 当該事業やイベントに関連して、広告用の掲示板やバナーなどの広告スペースを提供してはならない。
  • ただし、プログラムやイベントのパンフレットの広告スペースについては次のような場合に例外が認められる。広告スペースがインスパイア・マークと同一もしくは隣接したページではなく、適切な距離があること。広告の中に当該事業やイベント、ロンドン2012大会への言及が含まれていないこと。
     
Existing and incidental commercial branding(既存のあるいは偶然の商業広告)]
インスパイア・マークは大会スポンサー以外のいかなる商業的な行為とも無関係でなければならないが、以下の二つの原則が守られていれば、イベント会場などの既存の広告や偶然の宣伝までをも撤去する必要はない、とされている。
  • 目立たない広告や宣伝で、当該事業やイベントとの関係が認められないこと
  • 広告や宣伝が、インスパイア・マークや他の競技大会に関連する事項と十分に離れていて、明確に分離されていること
このことについて、完璧なルールを提供することは困難で、実際にはケース・バイ・ケースで検討されたようだが、ガイドラインでは認められる場合とそうではない場合について、イラスト付で次のような具体例が示されている。
  • 広場などの公共スペースでイベントを開催する場合、既存の屋外広告があってもそれがあまり目立たなければ問題ないが、会場に大型の広告掲示板があったり、宣伝のメッセージやアナウンスが行われたりする場合は認められない(図表3)。
  • 大型の広告板が掲示された会場は基本的に使用すべきではないが、例えば当該イベントがスタジアムの一室で行われ、適切な予防対策を講じることができれば許可される可能性がある。
  • スポーツイベントなどで、器具やボールに通常のメーカーのロゴが付いている場合は問題ないが、イベントでの企業名の露出を目的に器具類の提供を受けることは認められない。
  • イベントへの参加者がそろって使用するユニフォームや衣裳、小道具などには目立った商標や広告があってはならない。
  • イベントの賞品の説明の中に商品名が記載されていたり、粗品にメーカー名が記載されていても、それが商業的な広告を意図するものでない場合は問題ないが、イベントに関連づけて商品やビジネスの露出を行うことは認められない。
図表3 イベント会場の既存広告で認められる場合とそうではない場合
 
7 LOCOG, London 2012 Inspire mark guidelines for project managers, June 2009
3インスパイア・プログラムの資金調達や後援について
このガイドラインでは資金調達や後援(recognition)についても指針が示されている。それによれば、インスパイア・プログラムに認証された事業やイベントが、非営利団体からの資金調達や後援を得ることは認められている。ここでいう非営利団体は、公的な団体(地方公共団体等)や国営宝くじ基金からの助成金、営利団体と直接的なつながりのない財団や基金(つまり、民間企業の名前を冠した財団や基金は対象外だと思われる)が該当する。

また、事業やイベントを実施するためにデザイン会社や印刷会社、ケータリング会社などの第三者の協力を得ることは可能だが、それらの企業もライセンス契約の内容を遵守しなければならない。

もちろん、当該事業やイベントが大会スポンサーから資金提供を受ける場合は、大会スポンサーの企業名やロゴを掲示することが可能である。
4インスパイア・プログラムの具体例――コミュニティ・ゲームズ
こうしてインスパイア・マークのガイドラインを整理してみると、ルールにがんじがらめで、決して使い勝手が良いとは思えない。しかし実際には、4年間に6分野で2,700を越える事業やイベントがインスパイア・プログラムとして実施され、英国民の6人に1人に相当する1,000万人が参加した8。そのうちの4分の1は文化関係の事業への参加だったという調査も公表されている9

その代表例のひとつが、バーミンガムを中心都市とするウエスト・ミッドランズ地方でスタートし、全英に広がったコミュニティ・ゲームズだろう。これはレガシートラストUK10が地域プログラムのひとつとして支援し、インスパイア・プログラムにも認証されたものである。スポーツと文化活動を組合せ、開会式と閉会式を行う地域の参加型イベントで、2009年夏に7件のパイロット・イベントとして始まり、10年に29件、11年に190件と急速に拡大。12年にはソーシャル・アクション・ファンド(前述の「営利団体と直接的なつながりのない基金」に相当すると考えられる)から200万ポンドの資金を獲得して全国プロジェクトとなり、375件が実施された。4年間で延べ601件のイベントに44万人が参加したという11
図表4 コミュニティ・ゲームズの様子とツール・キットの表紙
小さな町や地域、自治会や職場でも気軽に実施できるようツール・キット(手引き書)が作成され(図表4参照、表紙にはインスパイア・マークが掲載されている)、1件当たり平均23人のボランティアが運営を支えた。ロンドン2012大会終了後、同じ名前の組織が設立され現在も活動は継続されている。

ウエスト・ミッドランズ地方では、4年間に1,000件近い文化オリンピアードの事業が実施されたが、そのうちの601件がこのコミュニティ・ゲームズだった。その記録資料12の巻末には、700を越える事業パートナーの名前が記載されている。そこには、文化施設や芸術機関、芸術団体に加え、ミッドランズ地方内の市町村、小中学校、高校、大学、ユースクラブ、子どもセンター、図書館、教会、ホスピス、テニスクラブ、ランニングクラブ、ボートクラブ、レジャーセンター、温泉ガイド等々、多種多様な団体が名を連ねており13、文化オリンピアードが、専門的な芸術機関から市民団体まで極めて幅広い組織や団体によって支えられたことがわかる。

このようにインスパイア・プログラムは、草の根の市民参加型の文化イベントを英国全土で展開するという点で大きな成果を残した。その際、ロンドン2012大会エンブレムと同様のデザインのインスパイア・マークが大きな役割を果たしたことは容易に推測できる。全国の小さな町や地域でも、自分たちが主催する事業のチラシや会場のバナーなどにロンドン2012大会のエンブレムと同じような公式マークを使用できることが、大きなインセンティブとなったと思われるためである。
 
8 DCMS, 2012 Games Meta Evaluation: Report 5 Post-Games Evaluation Summary Report, June 2013
9 Knight, Kavanagh and Page, London 2012 Olympic Games and Paralympic Games Inspire programme legacy survey: United Kingdom, February 2013
10 ロンドン2012大会のレガシーとなるような文化、スポーツ活動を支援することを目的に、ビッグ宝くじ基金、文化・メディア・スポーツ省、アーツカウンシル・イングランドからの4,000万ポンド(約68億円)の基金で2007年に創設された助成機関。オリンピック・パラリンピックの価値やビジョンに基づき、英国全土で幅広い文化事業を支援した。
11 Cultural Research Analyst, West Midlands Cultural Observatory, Cultural Olympiad in the West Midlands: An evaluation of the impact of the programme (2008-2012), Nov. 2012
12 Arts Council England, The Cultural Olympiad and London 2012 Festival in the West Midlands
13 厳密には、コミュニティ・ゲームズ以外の事業パートナーも含まれている。
 

3――ロンドン2012フェスティバルのブランド・ガイドライン:インスパイア・マークの成果を発展

3――ロンドン2012フェスティバルのブランド・ガイドライン:インスパイア・マークの成果を発展

インスパイア・プログラムは、2008年の北京大会終了後、ロンドン2012文化オリンピアードがスタートした時から公募が始まっており、その前にロンドン大会組織委員会とIOCの間で度重なる折衝が行われたという。その際に、インスパイア・マークのデザインも並行して進められたと考えられる。

一方、ロンドン2012フェスティバルは、2010年にカルチュラル・オリンピアード理事会が設置され、芸術監督が任命されてから企画が発表されている。つまり、フェスティバル・エンブレムはインスパイア・マークの成果を参考に、2010年以降に作成されたと推測される。
 
1文化施設や芸術機関の元々の民間スポンサーが支援する事業もフェスティバルの一環に
ロンドン2012フェスティバルは、ロンドン大会の文化オリンピアードのフィナーレとして、競技大会の開会する約1ヶ月前、2012年6月21日からパラリンピックの閉会する9月9日まで、12週間にわたり、英国全土で展開されたかつてない規模の国際芸術祭だった。このフェスティバルは、2008年の北京大会終了後から企画、実施されてきた文化オリンピアードの中からピックアップされたものと、新たに立ち上げられたものによって構成されており、芸術団体やアーティストに委嘱した事業、そして英国及び海外の代表的な芸術団体や文化施設と共同で実施する事業などがあった。

その中には、芸術団体や文化施設が大会スポンサー以外に自身の元々の民間スポンサーから支援を得ている事業も含まれている。その代表例は、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで行われたデビッド・ホックニーの大規模な回顧展「A Bigger Picture」、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが本拠地のストラットフォード・アポン・エイボンのシェイクスピア劇場をはじめ、ロンドンのバービカン・センターやナショナル・シアター、エジンバラ・フェスティバル等と共同で展開した「ワールド・シェイクスピア・フェスティバル」などである。

前者の展覧会は美術館の従来からのスポンサーである銀行の支援を得て企画が進められていた。そのスポンサーはロンドン2012大会のスポンサーのロイズ銀行とは競合関係にあったが、芸術監督と美術館の意向が合致し、ロンドン2012フェスティバルの事業として実施されることになった14。一方、後者のワールド・シェイクスピア・フェスティバルは文化オリンピアードの8つの主要プロジェクトのひとつとして、2008年に立ち上げられたものである。2012年4月23日、シェイクスピア生誕の日にスタートしたフェスティバルのパンフレットの最終ページには、大会スポンサー以外の民間企業からの支援が明記されている(詳しくは後述)。

こうした非公式スポンサーが支援する文化事業も含め、フェスティバル全体のブランディングを推進するために作成されたのが、「ロンドン2012フェスティバル・ブランド・ガイドライン」15である。以下にその概要を整理した。
 
14 ロンドン2012フェスティバル・チームのメンバーへの取材に基づく。
15 LOCOG, London 2012 Festival Brand guidelines for Partners
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