2017年03月08日

始動したトランプ政権

基礎研REPORT(冊子版) 2017年3月号

櫨(はじ) 浩一

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1――広がる混乱

1月20日に就任したトランプ米大統領の動向は、2017年の世界がどうなるかを左右する最大の要因だ。

トランプ大統領は就任当日、前任のオバマ大統領の下で成立した医療改革法、いわゆるオバマケアの廃止にむけて支出を抑制する命令を出した。さらにTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を決定し、USTR(米通商代表部)が、米国の離脱を参加各国に書簡で正式に伝達したなど、矢継ぎ早に大きな改革を打ち出している。

テロ対策を名目に一部の国の出身者の入国と全ての国からの難民受け入れを一時中止するなど、入国審査の厳格化を内容とする大統領令を発したため難民が拘束されるという事件も発生した。これに対して連邦地方裁判所が即時停止を命じる仮処分を決定、トランプ政権側は連邦控訴裁判所に不服を申し立てたものの、申し立てが退けられたなど混乱が続いている。

2――巨大な大統領権限

政策の手段となっているのは大統領令という我々にはあまりなじみのないものだ。ルーズベルト大統領は有名なニューディール政策を実施するために、多くの大統領令を発している。また、第二次世界大戦中には、大統領令9066号によって日系米国人が強制収容所に収監された。大恐慌や戦争という緊急事態の中のことではあるが、大統領は法律によらずに基本的人権を制限することも可能だ。

三権分立の下で、米国ではチェック・アンド・バランスの機能が働いている。メキシコ国境への壁の建設のように今後議会が費用を予算化しなければ現実には実行が難しいものもある。議会は大統領令を廃止・修正する法律を作ることもできる。しかし、大統領が拒否権を発動して法律に署名を拒めば、議会が大統領令を変更するためには三分の二以上の賛成が必要となり、ハードルは非常に高いものとなる。

大統領令は米国憲法に定められた権限ではないものの、選挙によって国民から直接選ばれたという大統領の正当性が大きな力の背景となっている。国民からの支持があれば、議会は大統領に対して妥協を余儀なくされるだろう。マスコミは批判を強めているものの、トランプ大統領はツイッターで直接情報を発信するという手法で一部の国民から強い支持を得ている。これはルーズベルト大統領が、当時広まっていたラジオを使って直接語りかける「炉辺談話」で国民の支持を取り付けて、ニューディール政策を遂行したことを想起させる。トランプ大統領の政策に対する強い批判があるものの、大統領を支持する人たちは容易には考えを変えないだろう。

3――期待が裏切られる恐れが大

トランプ氏は大統領選挙中に過激な言動が批判を浴びることも多かったが、選挙対策のパフォーマンスだという説もあった。当選直後に、これまでの米国の外交姿勢を転換して台湾と直接接触したことで中国政府を刺激し米中間の緊張が高まった際も、正式に大統領に就任してからではできないことを、就任前というタイミングを見計らって行なっているのだという説明も聞かれた。選挙の勝利宣言は激しい選挙戦とはうって変わって、分裂した国民に融和を呼びかける内容で、大統領に就任すれば過激な言動は影を潜め、米国民すべてのための大統領となるという期待も高まった。しかし、残念ながらこうした期待は実現しなかったと言わざるを得ない。

不法移民を制限するためにメキシコとの国境に壁を作るという発言は、選挙用であり比喩的なものだと思っていたが、1月25日にはメキシコ国境に壁を作るなど国境の警備を強化する命令を発しており、ライアン下院議長はこれを承認する意向だと報道されている。不法移民の多くが観光目的で入国したまま残留している人たちであるとか、国境には多数のトンネルがあって下水道などに繋がっているなど、壁を作っても不法移民を減らす効果はほとんどないと言われている。

格差問題が深刻な米国で、多くの国民が所得水準が高くて安定した製造業の仕事を望んでいることは確かだ。トランプ大統領は米国企業の海外への工場建設を批判して撤回させるなどしており、一見これで優良な雇用の海外への流出を防いだかのように見えるかもしれない。しかし、国境の壁が不法移民を防ぐ有効な手段でないのと同様に、トランプ大統領が主張する保護主義的な経済政策も中長期的には国民が望んでいるような良い仕事をもたらすことにはならないだろう。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

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(2017年03月08日「基礎研マンスリー」)

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