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退職給付会計基準のもと、有価証券報告書の注記情報を通じて公表されているデータから、企業年金財政の良し悪しを測る一つの指標として、積立率というものがある。これは、年金資産を退職給付債務で割った比率であり、この値が1を超えている場合は積立超過、1を下回っている場合は積立不足(未積立)とみることができる。そして、積立不足の場合は、原則として、その金額を母体企業の負債に計上することが求められるので、企業財務の観点からは大きな重荷になる。コーポレート・ファイナンスの研究分野では、企業年金財政の悪化が重荷となって、母体企業の設備投資意欲を大きく阻害する可能性がたびたび指摘されている1。
積立率の計算要素(分子)である年金資産の金額は、主にその運用成果からの影響を受ける。他方、分母の退職給付債務の金額は、将来の退職給付支払総額(そのうち当会計期間までに発生していると認められる部分)の割引現在価値として計算されるので、その際の割引率の影響を受けることになる。当然、割引率が低下すると、退職給付債務の金額が増加するので、積立率が悪化すると未積立額も拡大する可能性がある。
それでは、この割引率の選定基準はどのようなルールなのだろうか。企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」には、「退職給付債務の計算における割引率は、安全性の高い債券の利回りを基礎として決定する」と明記されており、具体的に、期末における国債等の利回りが例示されている。このように、今回のマイナス金利政策の導入は、退職給付債務計算おける割引率選択を通じて、企業年金財政に大きな影響を及ぼす可能性がある。
図表1は、2001年3月期から2016年3月期までの全上場企業(3月期決算企業、金融・保険除く)を対象に、有価証券報告書の注記事項で開示されている割引率のデータをまとめたものである。年度ごとの平均値(左側縦軸)と標準偏差(右側縦軸)の推移を示している。これによれば、退職給付会計導入直後の2000年度決算では、割引率の平均が3%を超えていたが、その後、徐々に下落し、直近の2016年度決算では0.3%程度にまで低下している。但し、その低下傾向は2000年度から2003年度まで低下した後、一旦、踊り場の期間を経て、2012年度から再び大きく低下するという動きを見せている。まさに、階段状の時系列推移を見せているのである。他方、割引率の企業間のばらつきは、標準偏差のデータを見れば明らかなように、2012年度以降、急激に拡大しており、マイナス金利導入直後の2015年度3月期決算では、割引率の標準偏差は1.25%にまで上昇している。なお、図表1の分析で使用したサンプルにおいては、マイナス金利導入直後の2016年3月期決算においては、全体の約0.45%程度が割引率ゼロ、約0.05%程度がマイナスの割引率を採用していたことが分かった。
なお、ASBJ(企業会計基準委員会)でも、マイナス金利下での割引率選択について議論が重ねられている。国債の利回りがマイナスとなった場合に、割引率としてマイナスとなった利回りをそのまま用いるか、ゼロを下限とするかについて、大きな論点となっている。さしあたり、2016年3 月決算においては、割引率として用いる利回りについて、マイナスとなっている利回りをそのまま利用する方法とゼロを下限とする方法のいずれの方法を用いても、現時点では妨げられないものという暫定的な見解が示されているものの、今後の議論には注目したいところである。
割引率の選択は退職給付債務計算を通じて企業年金財政、ひいては企業の投資行動にも重大な影響を及ぼす可能性がある。マイナス金利政策の当初の目的の一つが企業の投資意欲の刺激にあるとすれば、こうした間接的な副作用の効果は無視できない論点である。
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東京経済大学経営学部
柳瀬 典由
研究・専門分野
(2017年03月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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