2016年10月21日

ESG投資と統合思考のために-「サステナビリティのメガトレンド」を背景にビジネス・パラダイムの大転換

川村 雅彦

文字サイズ

2|機関投資家の変化
上述のような変遷を経て機関投資家の考え方や行動は変わってきたが、最近の特記すべき変化として「座礁資産とダイベストメント」「BIS規制と気候変動リスク」そして「短期主義からの脱却」を取り上げる。

(1)座礁資産とダイベストメント(投資撤収)

【2℃ターゲットと450シナリオ、カーボン・バジェット】
COP21におけるパリ協定の基本目標である「気温上昇を2℃未満に抑制する」を実現するためには、どこまで温室効果ガス(GHG)を削減する必要があるのだろうか。IEA(国際エネルギー機関)は、2℃抑制のためには大気中のGHG濃度を450ppm2に抑える必要があるとして、エネルギー利用などの経路を「450シナリオ」として策定している。

このシナリオに従えば、人類が排出することができるCO2量は累積約3,000Gtと計算され、2015年までに既に2,002Gtが排出されている。つまり、気温上昇を2℃に抑えるためには、残り998Gtしか排出できないことになる。これは排出上限を意味し、「カーボン・バジェット」と呼ばれる。

【燃やせない炭素:座礁資産】
このカーボン・バジェットを前提にすると、これまでの延長線上の取組(BAU)だけでは達成不可能と見込まれる。2005年に発効した京都議定書の取組ではCO2濃度の上昇を反転させることはできなかったからである。IEAによれば、2℃抑制のためには、世界のエネルギー起源のCO2排出量を2009年比で2050年に半分以上削減することが必要とされ、先進国は8割削減といわれている。つまり、現在のGHG排出の多くを占める化石燃料(石炭、石油、天然ガス)を大幅に減らすことが必然となる。そこに「座礁資産」(Stranded Assets)という概念が登場した。

座礁資産とは、一般論としては市場や社会の環境が激変することにより、その価値が大きく毀損する資産のことを言う。最近世界的に注目されているのが、規制強化により市場や技術が変化することで投下資本が回収できない、すなわち「座礁」してしまう化石燃料資産である。現在のところ、化石燃料は重要なエネルギー源であり価値のある資産だが、気候変動リスクの高まりで大幅なCO2排出量削減が必要になればエネルギー源として利用することができず、資産価値が大きく下がると考えられる。資産価値が減少すると、それを保有する企業は減損処理をしなければならず、財務体質が大きく劣化する。それゆえ、座礁資産の概念の広がりとともに「脱化石燃料投資」への関心を高める機関投資家が増えている。これが次項で述べる「ダイベストメント」(投資撤収)につながる。

なお、座礁資産は国際環境NGOのCarbon Tracker Initiativeが2011年に発表した報告書「Unburnable Carbon(燃やせない炭素)」で初めて提唱された概念である。この報告書では、2℃抑制の達成ためには排出できるCO2の量にはおのずと限度があり、地中埋蔵のままで使用できない化石燃料の価値を試算した。その後、2012年に設立された英国オックスフォード大学のスミス企業環境大学院の研究によって普及していったが、エネルギー分野以外でも農業や武器産業の分野などにも座礁資産化する資産があると言われている。最近では、金融機関を含む様々な主体が座礁資産の試算や提言を行っている。

【ダイベストメント:炭素依存度の高い資産からの投資回避】
脱化石燃料投資、すなわち炭素依存度の高い業種や企業への投資を回避する(投資しない、投資を撤収する)動きが欧米で活発化しつつある。その手法にはエンゲージメントとダイベストメントがある。前者は株式保有に付随する権利を行使して、投資先企業の経営に影響を及ぼすことである。後者はある判断基準に基づき、投資対象から特定の業種や企業の株式などを除外することである。

当面の対象は石炭採掘や石炭火力発電などの石炭関連産業であると考えられるが、欧米の年金基金や研究機関などは日本の大手金融機関や電力会社の炭素依存度を把握しているようである。ここで議論になるのが、機関投資家などの動きが本当に脱化石燃料への転換を促すことになるのかという点であるが、既にダイベストメントを宣言した機関投資家2も少なくない。以下、その事例を挙げる。
  • ノルウェー政府年金基金(世界最大級の年金基金)
    ・石炭採掘、セメント製造、石炭火力発電に関連する企業にダイベストメントを実施
    ・石炭関連が売上高の30%以上を占める鉱業に対し、ダイベストメントないし新規投資の凍結
  • カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース:世界最大級の年金基金)
    ・石炭採掘が売上高の50%以上を占める鉱業に対しダイベストメント
  • AXA(フランスの大手生保)
    ・石炭採掘が売上高の50%以上を占める鉱業と石炭火力発電が50%以上を占める電力事業者
  • アリアンツ(ドイツの大手生保)
    ・気候変動対応を事業ポートフォリオ全体に統合
    ・石炭採掘が売上高の30%以上を占める鉱業と石炭火力発電が30%以上を占める電力事業者


(2)銀行のBIS規制と気候変動リスク

金融安定と気候変動に関して、英国のケンブリッジ大学サステナビリティ・リーダーシップ研究所(CISL)と国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)は共同で、国際的に業務展開する銀行の自己資本規制(いわゆるBIS規制)について、2014年に「銀行規制改革における安定性と持続可能性:環境リスクはバーゼルIIIで見落とされているか?」と題する報告書を公表した。

そこでは、2005年に米国で発生した巨大ハリケーン・カトリーナによる甚大な貸付損失をあげて、気候変動リスクと銀行業の安定化の間には直接・間接なつながりがあり、今後その傾向は深刻化・複雑化すると予想している。そのうえで、銀行規制改革においてシステミックな環境リスクは銀行監督上の盲点となっていると指摘し、銀行融資先の気候変動リスクに応じた自己資本の積み増しの必要性を示唆している。

(3)短期主義からの脱却:機関投資家の迷い?
機関投資家が企業に短期的に投資する際には、四半期決算などの“過去の結果”を重視する。しかし、スチュワードシップ責任を果たすためには長期投資が求められ、対象企業を分析・予想する期間が長期化すると、足元の財務情報の分析だけでは判断がつかず、中長期の業績予想を行うためには非財務情報(ESG情報)をも勘案することが不可欠となる。つまり、タイムホライズンの長期化によって、企業価値の分析・予想あるいは将来的な経営リスクやビジネスチャンスの判断において非財務情報のウエイトが高まることを意味する。

これは機関投資家に短期主義から長期主義への脱却という投資哲学の変革を迫るものであり、また機関投資家にESG投資の実践の可否を問うことでもある。2006年の国連責任投資原則の制定と2015年のエリサ法の新解釈によって受託者責任の考え方は大きく変わり、特に昨年のGPIFの方針転換もあって、日本の多くの機関投資家や運用受託機関はその投資方針を見直しつつある。

企業が投資家に開示するIR情報は、言うまでもなく財務情報と非財務情報から構成される。前者は会計情報などの定量的情報が中心である。これに対して、後者は必ずしも定量的な数値では表現されないが、将来の業績予想や経営戦略の適否判断に資する情報である。また、これからの企業価値の創造プロセスや事業リスク・チャンスなどを“論理的“にストーリー性をもって投資家に伝える際に活用する情報群でもある。長期投資家が必要とする非財務情報には、以下のような項目が考えられる。
  • 経営理念(企業としてめざすもの)
    ・時代変化をどう見るか?  そのなかで自社のありたい姿は何か?
    ・それをいかにして実現するか?
    ・いかにして中長期的な企業価値を向上させるか? など
     
  • ビジネスモデル(企業価値創造の方策)
    ・自社の強みや優位性は何か?
    ・企業価値創造の仕組みはどのようなものか?
    ・メガトレンドが経営戦略に及ぼす影響とその対応方策は何か?
     
  • コーポレート・ガバナンス(企業価値創造の経営への統合)
    ・的確な事業戦略はあるか?  
    ・実現するための執行能力はあるか? 経営資源の配分は適切か?
    ・資本効率への意識は十分か?
 

なお、これらの項目はスチュワードシップ・コードが機関投資家に求める企業経営層との“建設的な対話”における必須事項でもあるが、後述する企業価値創造のための「統合思考」そのものであることに気付く。
 
2 産業革命以前のGHG濃度は280ppmと言われるが、現在、既に400ppmを越えている。
3 銀行業界でも石炭産業への融資減少、低炭素業種への融資増加などの貸出ポートフォリオを見直し脱化石燃料を模索する動きがある。例えば、米国のシティグループ、バンクオブアメリカ、英国のHSBC、スイスのUSBなどの事例がある。
Xでシェアする Facebookでシェアする

川村 雅彦

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【ESG投資と統合思考のために-「サステナビリティのメガトレンド」を背景にビジネス・パラダイムの大転換】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ESG投資と統合思考のために-「サステナビリティのメガトレンド」を背景にビジネス・パラダイムの大転換のレポート Topへ