2016年10月21日

ESG投資と統合思考のために-「サステナビリティのメガトレンド」を背景にビジネス・パラダイムの大転換

川村 雅彦

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(5)ローマ教皇が地球保全を呼びかけた「ラウダート・シ」
2015年6月、教皇フランシスコの初めてとなる「ラウダート・シ」が発表された。日本ではあまり話題にならなかったが、ローマ教皇から世界のカソリック教徒に向けた手紙であり、回勅と訳される。「わたしたちの後に続く人々、また今成長しつつある子供たちのために、わたしたちは一体どのような世界を残していきたいのでしょうか」と問いかけた。つまり、教皇は、地球をともに暮らす私たちの家であるとして、地球環境を現在生きる私たちのためだけでなく、子孫のためにも守っていくよう呼びかけたのである。

カトリック中央協議会のウェブによれば、回勅は序章から第六章までの構成となっていて、次のように説明されている。すなわち、大気、海洋、河川、土壌汚染、生物多様性の喪失、森林破壊、気候変動、砂漠化、山積された廃棄物など、人間活動が他者と全被造物とに与える影響に関する、連帯と正義の観点からの考察である。さらに、しわ寄せを被る途上国と将来世代に対し、担うべき責任とは何かを問うている。

この回勅とは別に、2015年10月、バチカンにおける記者会見で各大陸司教協議会連盟の連名でCOP21の参加国に向けたアピール文書が発表された。そこでは、公正で法的拘束力があり、真に変化をもたらす条約の採択に向けて尽力することを強く要望している。それは、貧しく弱い立場にある市民に対する社会的不正義を気候変動と関連づけて考えられている。なお、10カ条の具体的な政策提案も含まれる。

(6)受託者責任の解釈を変えた「エリサ法」
1974年に米国で企業年金制度などの設計や運営を統一的に規定する「従業員退職所得保障法」が制定され、その頭文字をとってERISA(エリサ)法と呼ばれる。所管は労働省である。企業年金に関しては、従業員の受給権保護を最大の目的とし、(1)加入員に対する情報開示、(2)加入資格や受給権付与の基準、(3)年金資産の最低積立基準の設定、(4)管理・運営者の受託者責任などが規定されている。

エリサ法では年金資産の管理・運用においてプルーデント・マン・ルール(思慮深い者の原則)が適用されるが、「専門家としての職責にある人であれば、通常用いるであろう注意を払うこと」を意味する。つまり、受益者の利益最大化をめざして運用パフォーマンスの最大化を図ることが運用者の義務である。それゆえ、従来は財務要素だけに集中し、非財務要素(今で言うESG要素)は考慮する必要はないと一般に考えられてきた。しかし、この受託者責任(Fiduciary Duty)については、投資のプロや研究者の間でも長いこと論争が続いていた。

2015年10月、労働省はETIs(Economically Targeted Investments:経済的目的投資)およびESG要素を考慮した投資戦略に関する新たな解釈公報(IB2015-1)を公表した。これは、エリサ法におけるETIs・ESG投資戦略と受託者責任に関する労働省の新しい見解をまとめたものである。因みに、ETIsとは、受益者の利益最大化と同時に社会・経済への利益創出(すなわちサステナビリティ)をめざす投資のことを指す。

この新解釈において、今後ESG要素は投資においては、経済的・財務的価値と直接的な関係性をもつ可能性があるため、ESG要素は運用の際に適切に考慮すべきであると明言したのである。また運用受託者は期待リターンの低い投資やリスクの高い手法を取るべきではないとしつつ、受益者の利益を損なわない限りESG要素を考慮に入れて良いとした。さらに慎重な検討によってESG投資が純粋に投資リターンの観点から正当化されうるという結論に達した場合には、運用益の最大化と経済・社会の便益最大化を天秤にかける必要はないとの解釈も示している。

2|2015年の日本の動き
次に、世界の動きと同じ視点から2015年の日本における二つの動きの概要と意義を述べる。一つは、GPIFの「国連責任投資原則(UNPRI)」への署名である。もう一つは、トヨタ自動車の“脱エンジン宣言”であり、“生き残り戦略”たる「トヨタ環境ビジョン2050」である。いずれも日本の機関投資家と企業に与えた影響は大きい。

(1)GPIFの「国連責任投資原則」への署名
2015年9月、日本の資産運用業界に大きな影響を与える出来事が起きた。運用資金140兆円をもつ年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による国連責任投資原則(UNPRI)への署名である。これにより日本の運用業界の地殻変動が始まる、と考える人も少なからずいたようだ。

UNPRIとは2006年に国連主導で発足したESG投資の世界的なプラットフォームであり、2016年9月末現在で1,588機関が署名している。署名するのは、GPIFなど年金基金などの資産所有者(317機関)、その運用を手掛ける運用機関(1,031機関)とサービス提供機関(210機関)で、署名機関は、投資プロセスにおいて従来の財務情報に加えて、環境(E)、社会(S)、コーポレート・ガバナンス(G)を考慮することなどが求められる。

かつてのSRI(社会的責任投資)とは異なり、ESG投資はむしろ長期的視点から投資パフォーマンスを上げる手段としてESG要素を考慮するものである。逆にESGに配慮しない投資先企業に対しては、投資撤収(Divestment)を行うこともある。GPIFもUNPRI署名の理由として、「投資先企業におけるESG(環境・社会・ガバナンス)を適切に考慮することは・・・・『被保険者のために中長期的な投資リターンの拡大を図る』ための基礎となる『企業価値の向上や持続的成長』に資するものと考える」としている。

このGPIFのUNPRI署名は、運用受託機関に対する影響も大きい。GPIFから年金運用を受託する機関は、その趣旨に賛同するかどうかが問われるため、正当かつ合理的な理由が無い限り、UNPRIに賛同しESG投資に取り組まざるを得ない。同様の動きは他の年金基金にも早晩広がることが予想され、近い将来にはいずれの運用機関でも投資対象先の「ESG調査」が基本的な活動の一つとなる可能性が高い。

GPIFの新たな投資原則の下で、運用機関が投資先企業におけるESG課題を考慮すること、すなわちESGの観点から企業価値の毀損防止や持続的成長を促すことで、中長期的な投資リターンの拡大を図ることを明確にしている(図表4)。
図表4: GPIFの投資方針
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川村 雅彦

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