2016年07月11日

ロンドン2012大会 文化オリンピアードを支えた3つのマーク

東京2020文化オリンピアードを巡って(1)

吉本 光宏

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■要旨

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)が4年後に迫る中、懸案だったエンブレム(以下、東京2020大会エンブレム)は去る4月末に決定した。大会スポンサーのTVコマーシャルなどでも見かけるようになり、東京2020大会が急に現実味を帯びて感じられるようになったから不思議だ。それほど、エンブレムは最近のオリンピック・パラリンピックにとって重要なアイテムとなっている。今後、様々なデザインワークが進められ、エンブレムを応用したマーク類の開発やマーケティング活動が展開されるはずだ。

その際に注目したいのが、文化オリンピアード1に関するマークである。前回のロンドン2012大会では、市民レベルの草の根の文化活動から世界トップレベルの芸術作品まで、かつてない規模と内容の文化オリンピアードが実施されたことは、既に数多くの報告が行われているとおりだ。ここでは、それを支えたエンブレムやマークの仕組みを整理して、東京2020大会の文化オリンピアードの参考に供したい。
 
1 オリンピック・パラリンピック競技大会の際に実施される文化事業は、これまで文化プログラムと記載されることが多かったが、最近の東京2020組織委員会の資料には「東京2020文化オリンピアード」と記されていることから、競技大会開催年に予定されているフェスティバルも含め、本稿では文化オリンピアードと記載することとした。

■目次

1――東京2020大会で期待の高まる「文化オリンピアード」とロンドン2012大会の3種類のマーク
  1|100年以上の歴史の中で培われてきた文化オリンピアード
  2|ロンドン2012文化オリンピアードを支えた3種類のマーク類
2――インスパイア・プログラム:多様な団体が文化オリンピアードの主催者として参加できるしくみ
  1|インスパイア・プログラムの要件と認証の手順
  2|インスパイア・マークのガイドライン
  3|インスパイア・プログラムの資金調達や後援について
  4|インスパイア・プログラムの具体例――コミュニティ・ゲームズ
3――ロンドン2012フェスティバルのブランド・ガイドライン:インスパイア・マークの成果を発展
  1|文化施設や芸術機関の元々の民間スポンサーが支援する事業も
   フェスティバルの一環に
  2|ブランド・ガイドラインの概要
  3|プログラムなどの印刷物
  4|会場におけるフェスティバルのブランド展開
4――東京2020文化オリンピアードに向けて
  1|リオ2016大会の文化プログラムとマーク
  2|東京2020大会文化オリンピアードの検討状況とマークやブランド
  3|東京2020文化オリンピアードならではのイノベーションを

1――東京2020大会で期待の高まる「文化オリンピアード」とロンドン2012大会の3種類のマーク

1――東京2020大会で期待の高まる「文化オリンピアード」とロンドン2012大会の3種類のマーク

1100年以上の歴史の中で培われてきた文化オリンピアード
文化オリンピアードとは、オリンピック・パラリンピック競技大会の際に開催される文化の祭典のことで、前の競技大会の終了後にスタートし当該大会の終了時まで4年間続けられる。オリンピック・パラリンピック競技大会はもちろんスポーツの祭典であるが、オリンピック憲章の根本原則に「オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求する」と記されているとおり、文化もオリンピックを構成する重要な要素となっている。

実際、今から100年以上前、1912年のストックホルム大会から様々な形で文化プログラムが行われてきた。当時は、絵画、彫刻、建築、音楽、文学の5分野の「芸術競技」として実施され、スポーツ同様、優秀作品にメダルが授与されていた。52年のヘルシンキ大会から「芸術展示」という形式に変わり、64年の東京大会でも美術や芸能の分野で多彩な展覧会や公演が行われた。その後、92年のバルセロナ大会で4年間の「文化オリンピアード」の仕組みが導入された。そして、前回のロンドン2012大会では文化オリンピアードと大会開催年の芸術フェスティバルを組み合わせて、五輪史上かつてない規模と内容の文化プログラムが実施され、大きな成果をあげた。

こうした流れを受け、東京2020大会では、ロンドン大会をしのぐ文化プログラムの実施に向けて関係機関が検討を重ねてきた。公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、東京2020組織委員会)や国・文化庁、東京都などは今年9月のリオ大会終了後からのスタートを目指して準備を進めている。都道府県や市町村の中にも、独自のプランを発表するところが出てくるなど、東京2020文化オリンピアードへの機運は徐々に高まりつつある。

その文化オリンピアードのマークに関して、東京2020組織委員会の今年度の事業計画では2、「オリンピック・パラリンピックブランドの非営利目的の活用を促すマーク(ノンコマーシャルマーク)を開発し、『東京2020文化オリンピアード』(仮称)、教育プログラム『ようい、ドン!』で活用していくとともに、他のアクション&レガシープランの事業展開においても、認証の仕組みづくりを合わせて検討していく」とされている。

同時に、大会ブランドの適正な利用として、「新エンブレムの使用についての基本的なガイドラインを作成する。また、大会に関する知的財産の不正利用(非スポンサーによるアンブッシュマーケティング等3)を防止する対策を併せて講じる」とある。周知のとおり、東京2020大会エンブレムは誰もが使用できるわけではなく、厳密なルールが定められる。エンブレムに限らず、東京2020大会と特定できる表現を商業的に利用できるのは大会スポンサーだけで、IOC及び東京2020組織委員会の了解が必要である。

その一方で、近年のオリンピック・パラリンピック競技大会では、できるだけ多くの人々や団体が主体的に参画(engagement)し、オリンピック・ムーブメントを推進することが期待されている。2016年1月に東京2020組織委員会が発表した「東京2020アクション&レガシープラン2016(中間報告)4」にも、「2020年に向けてオールジャパンで盛り上げていくため、大会に関する多くの企画・イベントを全国で行い、一人でも多くの方、出来るだけ多くの自治体や団体等に、東京2020大会に参画していただきたい」と記されている。アクションは、そのために2016年秋から全国で行われるイベントや取組であり、レガシーはその成果として東京2020大会をきっかけにその後の東京・日本そして世界に何を残していくのか、を示している。

そう考えると、エンブレムの使用を制限することは一見矛盾しているように思われる。そのために検討されているのが、非営利目的の活用を促す「ノンコマーシャルマーク」である。文化オリンピアードでそれを戦略的に活用したのが前回のロンドン2012大会だった。
 
2 東京2020組織委員会「平成28年度 事業計画書」(H28.4.1からH29.3.31まで)、2016.6.13(第13回理事会)
3 オリンピック・パラリンピックマーク等を無断でもくしは不正に使用したり流用したりすること。ゲリラマーケティングとも言われ、スポンサー料を支払わずに大規模なスポーツイベント等に関連づけて行う宣伝活動などの行為で、主催者の知的財産権を侵害するだけでなく、公式スポンサーからの投資にダメージを与え、大会の運営に支障をきたす可能性がある。
4 最終案は7月下旬に発表される予定。
2|ロンドン2012文化オリンピアードを支えた3種類のマーク類
ロンドン2012大会では、下図のとおり、「文化オリンピアード・マーク」、「インスパイア・マーク」、「ロンドン2012フェスティバル・エンブレム(以下、フェスティバル・エンブレム)」の3種類のマーク類が開発、使用された5。文化オリンピアード・マークにはオリンピックの五輪マーク、パラリンピックのマークが埋め込まれているが、後の2つにはオリンピック、パラリンピックのマークはない。しかし、数字の2012のシルエットをモチーフにしたロンドン2012大会のエンブレムと同じ形状がベースになっているため、一目でロンドン2012大会のマークだとわかる。

文化オリンピアード・マークは、文化オリンピアード全体のガイドブックやロンドン2012大会の公式スポンサーが支援した事業などに限って使用された。それに対し、インスパイア・マークは全国の市民団体などが実施した非営利の文化事業やイベントなどで幅広く使われ、フェスティバル・エンブレムは文化オリンピアードの芸術監督が選定・企画した国際的にも発信力のある文化事業に使われたものである。このインスパイア・マークとフェスティバル・エンブレムは、ロンドン2012大会で初めて導入されたもので、その文化オリンピアードを支えた革新的な仕組みだった。
図表1 ロンドン2012大会の文化オリンピアードで使用された3種類のマーク
 
5 2008年から11年まで年1回のカウント・ダウンプロジェクトとして、文化とスポーツを結びつけた様々な催しを英国全土で行った「オープンウィークエンド」のマークについてもブランド・ガイドラインが作成されているが、位置づけは文化オリンピアード・マークに類似しているため、ここでは省略した。
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