2016年04月07日

マイナス金利導入-「量的・質的金融緩和」の総括と過度なサプライズ是正を

基礎研REPORT(冊子版) 2016年4月号

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

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1――デフレ逆戻りと円高の阻止のために「マイナス金利」導入

日本銀行が1月29日にマイナス金利政策の導入を決定した。黒田総裁は「年初来の金融市場の不安定さなどが人々のデフレマインドからの脱却に悪影響を及ぼす恐れに対して躊躇なく対応した」と導入の理由を説明した。

金融市場の混乱は日銀の物価2%達成を危うくした。年初に120円程度だったドル円相場は一時115円台に上昇。年初に1万9000円近くだった日経平均株価も一時1万6000円に急落した。このまま市場の混乱が続けば企業マインドが冷え込み、春季労使交渉での賃上げにも逆風が吹きそうだった。その危機感が緩和の背中を押した。

2――マイナス金利の効果は限定的

マイナス金利政策は金融機関の融資増や通貨安が期待できるが、金融機関の収益圧迫につながるなど功罪両面が指摘されている。

マイナス金利政策は、日銀が金融機関から預かる当座預金の一部に適用する金利をマイナス金利にするものだ。金融機関は日銀に預金すると、金利を支払わなければならないため、その分の資金を企業向け融資や有価証券への投資に振り向けるようになる。

短期金利がマイナスになることで長期金利も強烈な低下圧力を受け、企業の設備投資や個人の住宅購入が促進される。また金利差に着目した国内外の投機家から円売りで円安を促し、株価上昇も期待される。

一方で金融機関の収益圧迫などの副作用がある。金融機関が日銀に預ける預金は250兆円程度。これまでの金利は0.1%だったので、年2000億円強の利息が自動的に日銀から金融機関に支払われていた。

今後これが減少することになる。さらに、市場金利の低下で貸出の利ざやが縮む影響も大きくのしかかる。特に国内業務に依存する地方銀行の影響はより大きい。個人にとっては預金金利がほぼゼロになるだけでなく、年金・保険、投信など資産運用の金利収入が大幅に悪化する。さらに金融機関は運用収益が上がらず既存商品の見直し・販売停止を決定せざるをえなくなる。

功罪を見ると金融機関のポートフォリオリバランスがどの程度進むのか、特に民間融資がどの程度伸びるのかがポイントだろう。マイナス金利を先に導入しているECBの場合、企業向け融資残高は導入後もほぼ横ばいで推移している。筆者は、日本企業は巨額の内部留保が存在し資金ニーズが乏しい上に、元々低い借入金利を少し下げても設備投資に向かうとは考えにくく、効果は限定的との判断をしている。

効果がなかなか出ないと、さらなるマイナス金利の引き下げやマイナス金利の適用範囲を拡大することになるが、そうなると金融機関の逆ざやが拡大し、金融システムに影響を与え副作用が一気に強く出る。また日本では預金は特別なものである。いずれ欧州のように預金にも手数料を払わなければならないなどの不安が高まれば、生活防衛色が強まり消費低迷、経済悪化を引き起こしかねない。

政府がすばやく成長戦略を実行し、投資機会を増やせるか、ここが効果発揮にもっとも重要な点だ。

3――一つの節目を迎え必要な議論

この先の追加緩和がより効果発揮できるようにいくつかの議論が必要になっている。

一つ目はこの3年の総括である。黒田緩和が進めた量的・質的金融緩和がどのような効果を発揮してきたのか、また副作用や限界などについての評価が必要だろう。

さらに市場とのコミュニケーションをどうするかである。

2014年10月のハロウィン緩和、今回のマイナス金利導入と二回、市場は黒田総裁にだまされた。黒田総裁はついこの間まで、「このままの政策で、十分に2%の物価安定目標を達成できると思っている」と自信たっぷりに発言していた。またマイナス金利についても「検討していない」としていた。一瞬で政策の是非は変わる、緩和の効果を最大限にするためにサプライズが必要だと言われればそれまでだがあまりに連続性がない。黒田総裁が会見で丁寧に緩和に至った背景説明をしても、これを数度繰り返されれば、市場はまったく信用しなくなる。
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総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

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