2015年12月29日

日本企業はESGをどう認識しているか?-海外事業展開を背景に、ESGの促進要因を探る

川村 雅彦

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はじめに

〔エポックメイキングとなったGPIFの国連責任投資原則への署名〕
資金の流れの中枢にいる者が変わると、企業や社会が変わる。投資の世界においても同様である。先進国のなかで日本が最も遅れていたESG(環境・社会・ガバナンス)投資1が、大きく変わろうとしている。世界最大の運用資金140兆円をもつGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、今年9月16日に『国連責任投資原則2』(United Nations Principles of Responsible Investment)に署名したからである。

これは、資金運用においてESGの視点を反映させることを表明したもので、同28日に安倍首相が国連で演説したほどの意味をもつ。また、GPIFから年金運用を受託する機関も、その趣旨に賛同するかどうかが問われることになる。

〔日本企業は海外事業展開におけるESG課題をどのように考えているのか?〕
日本企業の海外事業展開がアジアを中心に一層進んでいる。「チャイナ+ワン」と言われるように、近年では中国はもとよりアジア全体において事業を展開し、その勢いは止みそうもない。そのような動きのなかで、持続可能な海外事業を展開するためには単に財務的要素だけでなく、ESGに代表される非財務要素にも十分に考慮する必要がでてきた。このことは、様々なリスク事例が物語っている。

それゆえ、海外事業では様々なESGへの配慮が欠かせないが、海外事業における経営課題の全体像を理解しておくこともまた大事である。つまり、これからの海外事業では「QCD3+ESG」が基本となる。本稿では、海外事業の経営課題を“経営資源”、“競争力”、“ESG”の3領域に整理して、ESG課題の位置づけを分析する。その中で、日本企業はESG課題をどのように考えているのかを明らかにしたい。

そこで本稿では、当研究所が調査協力した、日本生命、ニッセイ・リースの「ニッセイ景況アンケート調査結果 2015年度上期調査」を基に、日本企業の海外事業展開の現状とともに、ESG課題の重要性認識とその促進要因を分析する。
 
1 投資判断の際に財務情報に加えて、持続可能な社会の実現に不可欠なESG課題解決に本業で取り組む企業を選別して行う投資。長期的な投資パフォーマンスに影響を与える可能性が高いと考えられている。
2 2005年に当時のアナン国連事務総長が機関投資家や運用機関に対して提唱したイニシアティブで、2006年に成立した。
3 Quality, Cost, Delivery (品質、コスト、納期)の頭文字

1――“分水嶺”を越えた日本のESG

1|画期的なGPIF 『国連責任投資原則』 への署名

〔日本版スチュワードシップ・コードの狙い〕
昨年2月、金融庁は日本の機関投資家(資金運用機関を含む)向けの行動原則である「責任ある機関投資家」の諸原則、いわゆる『日本版スチュワードシップ・コード』を公表した。既に主だった日本の機関投資家が「受け入れ」を表明し、この12月11日時点で201機関となった。スチュワードは執事や財産管理人を意味するが、スチュワードシップはキリスト教に由来し、その根底には“神から委ねられた恵みや財産を、責任をもって管理する”という考え方がある。

このコードは、機関投資家が株式の保有者・運用者として投資先企業に対し、その企業価値の向上や持続的成長につながるよう、「実力」をつけて「対話」により積極的に働きかけることを責務として求める。つまり、企業が短期的な利益主義に陥ることや内向きになることを防ぎ、顧客や受益者へ中長期のリターンをもたらす基本姿勢を再確認せよ、と言っているのである。

〔国連の責任投資原則の狙い〕
日本版スチュワードシップ・コードは、他者から求められる機関投資家の行動規範(原則)である。これに対して、2006年に成立した『国連責任投資原則』(略称UNPRI)は、機関投資家などが自らの意思として責任ある投資行動原則をつくり賛同者を募るものである4。当時のアナン国連事務総長の呼びかけで集まった世界の主要な機関投資家5によりまとめられたものである。

6項目から成るUNPRIは、機関投資家が「資産運用においても、環境・社会・ガバナンス(ESG)問題に配慮することにより、社会的責任を果たすこと」を基本精神とする。現在、UNPRIに署名している機関は世界で1,378となり、その内訳は年金基金などの機関投資家287、運用受託機関905、および専門調査機関186である。本邦機関も徐々に増え33となったが、全体からみると少ない。ただし、次に述べるGPIFのUNPRIへの署名を契機に、今後は増加することが期待される。

〔GPIFの国連責任投資原則への署名〕
GPIFの新たな投資原則は「株式投資においては、スチュワードシップ責任を果たす活動を通じて、被保険者のために中長期的な投資収益の拡大を図る」というものであり、従来の方針からは考えられない画期的なものとなった。この基本方針の下で、投資先企業におけるESG課題を考慮すること、すなわち企業価値の向上や持続的成長を促すことで、被保険者のために中長期的な投資リターンの拡大を図ることを明確にしており、具体的には以下のことを実践するとしている(図表1)。

・運用受託機関による投資先企業へのエンゲージメントの中で、ESGに考慮した自主的な取組を促す。
・ESGの考え方を明確にするため、国連責任投資原則(UNPRI)に署名する。
・ESGを考慮したアクティブ運用について、研究を継続する。
図表1: GPIFの投資方針
 
4 日本版スチュワードシップ・コードでは「機関投資家は、○○○すべきである」と表現される。これに対して、国連責任投資原則では「私たち機関投資家は、○○○する」と表現される。詳細は図表2を参照されたい。
5 物言う株主として有名なカリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)、世界最大級の運用規模をもつノルウェー政府年金基金、英国最大の年金運用機関ハーミーズなど。
2|持続可能な社会と企業価値の創造に向けたESG投資

日本版スチュワードシップ・コードと国連責任投資原則のキーワードはいずれも「責任ある投資」である。つまり、共通することは長期的視点、投資リターンの拡大(運用パフォーマンスの向上)、そして受益者の利益である。相違点は責任遂行における力点にあり、コードは“手段”と“実力”、UNPRIはさらに視野を広げて明確に「ESG課題」に焦点を当てていることである(図表2)。

一方、企業側では長期的な企業価値創造に向けて財務・非財務情報を統合する「統合報告」が世界的に模索されており、グローバル時代のメガトレンドを軽視した経営戦略は画餅に帰す可能性がある。それでは、日本企業は海外事業展開を進めるなかで、ESGをどのように認識しているのであろうか。
 
図表2: 日本版スチュワードシップ・コードと国連責任投資原則の対比
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