2015年10月07日

配偶者控除の見直しは就業への「心理的な壁」を破れるか?-夫への説明ストレスの軽減にも配慮を

基礎研REPORT(冊子版) 2015年10月号

生活研究部 主任研究員   松浦 民恵

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1―政府税制調査会で検討再開

1│配偶者控除見直しの動き

安倍政権の「日本再興戦略」において、女性活躍推進の環境整備として、「働き方の選択に関して中立的な税制・社会保障制度の検討」の必要性が重ねて指摘されるなか、政府税制調査会により、2014年11月に『働き方の選択に対して中立的な税制の構築をはじめとする個人所得課税改革に関する論点整理(第一次レポート)』(以下「税制調査会第一次レポート」と呼ぶ)が公表された。その後2015年7月より、政府税制調査会で配偶者控除見直しの議論が再スタートしており、その動向が注目されている。
   配偶者控除とは、納税者本人(たとえば夫)の配偶者(たとえば妻)の収入が103万円以下の場合に、納税者本人に適用される所得控除を指す
   配偶者の年収が増加したにもかかわらず世帯の手取り収入が減少するという、配偶者控除による逆転現象は、配偶者の年収に応じて段階的に低減する配偶者特別控除の適用によって解消されている。しかしながら、「103万円」が配偶者手当の支給基準となっている企業が少なくないこともあいまって、配偶者控除は、女性の就業に対する「心理的な壁」として根強く残っているとされ、「103万円の壁」と呼ばれている。

 

2│政府税制調査会が提示した選択肢

配偶者控除については、税制調査会第一次レポートで、働き方の選択に対して中立的な税制の構築に向けた5つの選択肢が示されている[図表1]。
   Aの2つの選択肢が、配偶者控除の廃止(A-1)もしくは適用対象の縮小(A-2)である一方、BとCは、配偶者控除に代えて、新しい控除の仕組みを導入しようとするものである。Bでは、配偶者の所得では控除しきれなかった基礎控除を納税者本人に移転して控除する「いわゆる移転的基礎控除」が想定されており、配偶者の収入の多寡によらず、夫婦2人で受けられるメリットが一定になる。B-1はそれを所得控除によって、B-2は、低所得世帯により手厚い配慮が可能な税額控除によって行おうとするものである。Cでは、「夫婦を形成し子どもを産み育てようとする世帯」に対する政策的配慮として、新たな控除の創設が想定されている



 

2―配偶者控除の「心理的な壁」

配偶者控除の見直しの背景に、女性活躍推進の環境整備があることを踏まえると、その見直しの内容が、就業に対する女性の「心理的な壁」を、極力取り除くものになっている必要がある。そこで、「心理的な壁」とは何なのか、また、現在の見直し案がその壁を破れるのかについて考えてみたい。

 

1│負担増大への忌避感

厚生労働省「平成23年パートタイム労働者総合実態調査」によると、配偶者がいる者のうち18.3%が、過去1年間に就業調整(年収や労働時間の調整)をしていた。
   さらに、就業調整をしていた理由をみると、上位2位は「自分の所得税の非課税限度額(103万円)を超えると税金を支払わなければならないから」(57.5%)、「一定額(130万円)を超えると配偶者の健康保険、厚生年金等の被扶養者からはずれ、自分で加入しなければならなくなるから」(43.1%)であり、主に税金や社会保険料の自己負担の発生を回避するために就業調整を行っている様子がうかがえる。ただ、「一定額を超えると配偶者の税制上の配偶者控除が無くなり、配偶者特別控除が少なくなるから」も33.1%で上位3位に位置しており、「一定額を超えると配偶者の会社の配偶者手当がもらえなくなるから」も18.0%みられる。つまり、世帯としての負担増大や収入低下も就業調整につながっていることがわかる。
   配偶者控除については、前述のとおり配偶者特別控除の適用により、逆転現象は基本的に解消されているが、調査結果をみる限り、就業や就業の拡大によってトータルの収入が増える喜びよりも、税金や社会保険料の負担が発生もしくは増大することに対する心理的な忌避感のほうが、勝ってしまっている可能性がある。長年のデフレ経済のもと、無駄な買い物はなるべく控え、同じ買い物であれば10円でも安い店で購入しようと頑張ってきたというような思いを鑑みると、配偶者の収入が一定額を超えることによって、場合によっては年間数十万円単位の新たな負担(税金)が発生することに、拒絶反応が示されるのもやむを得ない面があろう。
   この「負担増大への忌避感」については、制度上、どこかの水準で設計内容を違える限り、その水準において必ず発生する問題であり、これを完全に解消するのは難しい面がある。ただ、デフレ経済から脱却しつつあるなかで物の値段が上がってくれば、節約行動は以前よりも難しくなってくる可能性が高い。また、労働力人口の減少が進むなかで、人手不足が既に深刻になってきていることは、女性の再就職行動に対しても後押しになるはずである。こうした経済環境の変化とあわせて、配偶者控除の現行の仕組みや見直し内容を丁寧に説明していくことが、この「心理的な壁」を取り除くための重要な取組となろう。

 

2│夫への説明に対するストレス

「心理的な壁」には、負担増大に対する忌避感に加えて、もう一つ別の要素が潜んでいる可能性がある。
   夫婦の価値観はさまざまだが、夫のなかには、特に子育て期の妻の就業に否定的な価値観を持つ者も少なくない。配偶者控除は、たとえば妻の収入の多寡が、夫の手取り額に影響する仕組みであることから、妻の就業もしくは就業の拡大にあたっては、夫の手取り収入が減ることを夫に説明し理解を得るプロセスが不可欠になるだろう。もちろん、夫婦がそれぞれの働き方について相談し合うのは自然なことだろうが、特に女性の働き方に関する価値観が夫婦で相違している場合、このプロセスが妻のストレスになる懸念がある。
   労働政策研究・研修機構が、女性雇用者を対象として2007年に実施した、再就職に関する調査をみても、再就職に向けて準備したこととして、85.8%が「家族の理解を得るための話し合い」をあげている。また、再就職に際して気を遣ったこと(複数回答)としては、「夫の税金控除や扶養手当との関係」が9.2%にとどまる一方で、「夫や家族の合意」(21.1%)、「子どもの世話が手抜きにならないこと」(20.3%)が上位2位に並んでいる。
   別の見方をすると、夫や家族が妻の就業や就業の拡大に理解があり、協力的であれば、配偶者控除はそれほど大きな「心理的な壁」にならないのかもしれない。しかし、逆の場合は、夫への説明プロセスのなかで、「なぜ働く必要があるのか」「働くことで、育児や家事が疎かにならないか」といった質問が投げかけられる場面も想像される。妻が再就職するに当たって、配偶者控除の適用範囲内での就業を条件に夫を説得した場合には、夫との再度の話し合いを回避するために、その後就業の拡大を控える可能性も考えられる。
   「夫への説明に対するストレス」については、選択肢A-1以外では十分に軽減されない可能性が高い。Bの移転的基礎控除では、妻の就業の変化が、より詳らかに夫に影響することになる。Cの「夫婦世帯」を対象とする新たな控除の内容は詳しくわからないが、夫婦のどちらからどのように控除されるか次第で、夫に説明するストレスが、妻に残る懸念がある。
   しばしば指摘されるとおり、女性の就業を阻害する要因は配偶者控除以外にも多々あり、配偶者控除の見直しだけをもって、女性の就業が大きく拡大するわけではなかろう。ただ、配偶者控除は今日的な意義が薄れ、むしろ女性の就業の阻害要因の一つになっていることが否めないことから、その見直しは不可欠だと考えられる。その際、女性の就業に対する「心理的な壁」を取り除くために、就業に関する夫への説明という、妻のストレスを軽減するという観点も、一つの要素として考慮頂けると幸いである。

 
 

 
  1 ここでの説明は所得税に関するもの。住民税については控除額等が異なる。
  2 5つの選択肢のいずれにも「子育て支援の拡充」が盛り込まれているが、その内容については詳述されていない。
  3 配偶者がいる割合は67.6%で、そのうち24.0%は男性である。
  4 A-1で配偶者控除が廃止されても、自身の所得控除枠を超えて税金が発生すること等に対する忌避感は残る。
  5 夫の勤務先の配偶者手当の支給基準に、配偶者控除の基準が準用されている場合は、あわせて配偶者手当が減額もしくは支給されなくなることについても、説明する必要が出てくる。
  6 A-2の場合も、一部の妻については夫への説明ストレスが軽減される。

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生活研究部   主任研究員

松浦 民恵 (まつうら たみえ)

研究・専門分野
雇用・就労・勤労者生活、少子高齢社会

(2015年10月07日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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