コラム
2013年12月02日

クール・ジャパン戦略について - われわれは失われた20年間に何を得たのか -

  遅澤 秀一

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近年、日本のポップ・カルチャーを中心とした文化を世界に発信しようとするクール・ジャパン戦略が加速されてきた。アニメやコミックに子供のころからなじんだ若い世代は、日本文化が「クール」と評価されることに特段の違和感を持たないであろう。

しかし1980年代末のバブル期までは、日本に対する諸外国の評価は「クール」などというものではなかった。その頃までは、日本人は「エコノミック・アニマル」と呼ばれていたのである。もちろん、褒め言葉ではない。悪く言えば「金儲けのことしか考えていない無粋な奴」とでもなるだろうか。第二次大戦後の経済成長によって経済大国の仲間入りを果たし、伝統文化を持ちながら工業化を実現したという意味では評価されていたかもしれない。しかし日本に対するイメージは、富士山、芸者、浮世絵等の伝統的なものと、半導体やテレビ等の電気製品というハイテク関連に二極化していた。また資本の自由化後、海外を旅行する日本人は急増したが、どこへ行っても集団で行動し、ブランド品をお土産に買いまくる姿は、諸外国で奇異に見られたものだ。それがこの20年で随分評価が変わったものだ。

一部の経済学者のなかには、経済が低迷していたこの20年間にポップ・カルチャーが栄えたことを不思議がる向きもある。しかしそれは話が逆である。経済が成長している時期には、皆が金儲けのことしか考えず、生活のなかで文化に眼を向けることが少なくなりがちなのである。また文化と言っても、バブル期には金に飽かせて世界中から名画を買い漁り、顰蹙を買っていたくらいである。つまり経済の停滞期だからこそ、構えずに楽しめる身近なポップ・カルチャーが勢いを増したと言える。

だがそうは言っても、「恒産なくして恒心なし」である。食うや食わずやの清貧生活のなかで心の豊かさを求めよ、といっても難しいのが現実であろう。まず生活の安定が第一である。「フリーター」という言葉が日本に定着したのは、1980年代末のバブル期あたりだったと思う。当時、「今の日本は何をやっても食える。必要なだけ働き、後は好きなことをやって暮らす」などとうそぶいていた人間もいたくらいであった。ベーシック・インカムまではいかないが、必要なときに好きなだけ働き、それでも暮らしが成り立つのはベーシック・ジョブとでも言える状況であろう。もちろん、このような時代は長く続かなかったわけだが、それでも、経済的損得よりも好きなことをやることを選択する若い世代の出現がポップ・カルチャー隆盛の礎になったと考えることもできる。

問題なのは、経済的ストックは永続せず、いつかは使い果たされるということである。「フリーター」という言葉にバブル期の輝きはもはやない。給与所得者の平均年収が500万円の時代であれば、年収300万円で満足すれば好きなことができる余裕があったかもしれない。だが平均年収が400万円の時代に年収300万円稼ぐためには心身が消耗するほど働かなければいけなくなっているのである。

既存クリエイターを世界に紹介するのもよいが、クリエイター予備軍の層を厚くするためには、若い世代がきちんと暮らせて好きなことができる環境づくりをすることが大切である。クール・ジャパン戦略が、泉の枯れることを憂えず泉の水を売り損ねることを恐れることになっていなければよいのだが。放っておいても利に聡い民間の人間が勝手にやることに税金を使うよりも、政府にはもっと重要なことがあるはずだ。さもなければ、好きなことができるのは年金暮らしの老人だけになり、20年後には高齢者文化だけが栄える「枯れた日本」と呼ばれるようになっていることだろう。

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