コラム
2010年09月07日

円高につける薬はあるか?

経済研究部 専務理事   櫨(はじ) 浩一

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1.緩やかになった景気回復の足取り

お医者さまでも草津の湯でも、恋の病はなおりゃせぬというが、万病に効くと言われた草津温泉でも恋煩いは治らない。バカにつける薬は無いともいうが、果たして、円高につける薬はあるのだろうか。
   2008年秋のリーマンショックによって世界経済は急速に悪化したが、その後の回復は当初懸念されていたよりはむしろ急速だった。このため今年の初め頃には楽観的な見方も広がったが、欧州の財政危機や米国の雇用改善のもたつきなどから、楽観論は後退している。日本経済は、高い成長を続ける中国など新興国経済を中心とした地域への輸出が急速に回復したことや、欧・米向け輸出が底打ちして緩やかながら増加傾向となったことから、2009年春頃を底に回復を続けてきた。しかし、このところアジア向け輸出の伸びが鈍化していることから、鉱工業生産の伸びは緩やかになっている。この先、エコカー補助金などの政策効果が弱まることに、為替市場で1ドル80円台前半にまで円高が進んだことから輸出の採算が悪化していることが加わってよって、景気の先行きには不透明感がある。

2.限られる円高阻止策

円高対策として為替市場への介入を求める声は多いが、主要国の理解を得ることは難しい。客観的なデータで現状を異常な円高水準で介入がやむを得ない状況だという説得力のある説明ができれば良いのだが、日本の経常収支は依然として大幅な黒字であり、物価上昇を考慮した実質実効レートは長期的に見ると大して上昇していない。また、欧米主要国には日本の介入を容認する余裕が無くなっていることも条件が悪い。2003年には30兆円を超える介入を行っているが、このときは日本経済だけが不振で、欧米諸国の経済は日本に比べてはるかに堅調だった。第三は、人民元の切り上げ期待である。同じような経常収支黒字国である日本に介入を認めて、中国に人民元の切り上げを求めるのでは、中国に対する説得力に欠ける。理解が得られないなら単独介入も辞さずというのは、日本の側から見た論理であって、相手の立場で考えれば反発は必至だ。介入に踏み切ることで得るものと失うものを比較すれば、長期的にはマイナスがプラスを上回るだろう。
   日銀が金融緩和政策を強化すれば、心理的な効果もあるし、円高抑制に多少の効き目があるはずだ。しかし米国が追加的な金融緩和を行えば、この効果も消えてしまう恐れが大きい。長期金利を比べると、日本は1%程度だが米国は2%以上もあり、米国の方が金利低下の余地が大きいからだ。9月3日に発表された雇用統計が懸念されていたほどには悪化しなかったことから円高の動きは一服しているが、米国経済に悪材料が出てくれば、また円高の圧力が高まるだろう。日本にできる策は限られており、円高そのものを止める特効薬は無さそうだ。

3.痛み止めと根治薬

政府は9月10日に経済対策を決定することとしており、この中では予備費を活用する方針だが、海外経済の動向いかんでは、補正予算の策定が必要になることもありうるだろう。財政再建と景気のどちらを重視するのかという二者択一の議論は無意味で、景気が著しく悪化するような状況では、財政赤字を拡大してでも社会的な痛みの緩和が必要になることもある。しかし、財政政策は雇用対策や中小企業対策などで円高に対する痛み止めとなるに過ぎず、持続的な景気回復をもたらす根治薬ではない。日銀の金融緩和などによって円高の勢いを緩めることができても、日本の景気回復を「輸出-輸入」という外需を拡大することに依存すれば、いずれまた黒字の拡大から円高を引き起こす。
   抜本的な円高の治療薬は、円高となっても困らないようにすることで、内需主導型の経済への転換ということになるが、景気が悪化する度に議論は盛り上がるものの、これまでは円安や海外経済の回復などで、景気が持ち直すと熱意がなくなるということの繰り返しだった。8月末に発表された「経済対策の基本方針について」に基づいて、9月7日には「新成長戦略実現会議」が設置されて新成長戦略を推進するということだが、推進すべき戦略の具体的中身は今ひとつはっきりしない。痛み止めの政策を打つ一方で、長期的に日本経済をどう立て直すのかという経済政策を今度こそしっかりと立案すべきだ。

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経済研究部   専務理事

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研究・専門分野
マクロ経済・経済政策

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