1999年01月25日

1998年を送る

  細見 卓

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世界激動の最中に、1998年もようやく終わろうとしている。 昔から日本では、 年を送るにあたって、 いわゆる大掃除をして、 内外の懸案を片づけて、 新年を迎えるという良い伝統があった。 しかし、 最近の状況は、 世界はどんどん変わっていく中で、 わが日本だけは目立った刷新や改革が見られず、 それを外国から揶揄される体たらくである。 諸案件を一挙に片づけて、 すがすがしい気分で正月を迎えようという良い習慣は、 今や忘れ去られてしまったようである。


冷戦終結後混迷を深める国際社会
東西の壁が壊れ、 新しい時代がいかなるものになるかについては、 今なお正確に予測することはできない。 中東を巡る列強の争いは、 中東支配に関わるものであるだけに容易にその帰趨を断ずることはできない。 中東は新世紀においても相変わらず、 「世界の弾薬庫」 で有り続けることはほぼ予想される。 同じように東欧問題は、 根が深く解決の予想が困難であるが、 それ以上に、 石油と武器が絡む中東問題が世界政治に及ぼす破壊的な影響は想像を超えるものがあろう。
ハンチントン (ハーバード大教授) が、 当初その論文で 「文明の衝突」 の相を予想した頃は、 世界の多くの人達は想像のゆき過ぎであるという程度にしか扱わなかったが、 今や段々と現実味を帯びてくるのは不気味である。 ハンチントンは中国の将来についても触れているが、 その中国についても翳りが感ぜられる。 このように世界が東西・南北の対立を解消した状態で、 ソフトランディングできるかどうかは懸念されるところである。 むしろ、 ハードランディングの危険はかなり大きいと思わねばなるまい。
日本は幸か不幸か、 不況の克服・経済の新時代への対応に心配するのみであり、 世界情勢の来たるべき変化における大きな打撃と重要な責任を意識をしないまま、 内向きに終始している。


改革を拒む日本社会
はじめに述べた如く、 昔の日本では、 年の切り替わりに、 あらゆる課題を真剣に検討して、 その解決をはかるのが習慣であった。 しかしながら、 最近の日本では、 不況からの脱却に数年をかけながら、 目立った改善のあとが見えない。 また、 政治改革を発心していながら、 その実現も見ていない。 行政改革についても多く論じられてきたが、 何事も実施されていないなど、 論議を尽くした上で断行する日本の良き行動様式が忘れ去られている。 当面の難局を小手先の弥縫策でしのぎ、 既得権に邪魔されて、 根本的な解決を先送りする、 志を欠く悪い風習が蔓延しているように思われる。
企業の幹部は改革の決断を渋り、 政治家は既得権の喪失を懼れて改革に見るべきものがなく、 官僚は身の保全を願って組織の改廃に抵抗している。 本来怒りを発すべき国民は、 ただ景気の振興のための政府からの頓服薬を願うだけで、 日本社会経済に巣食っている大きな病巣について真剣な処方を考えているようにも見えない。
いうまでもなく今の不況は、 東西の壁が除去され、 南北の流通も活発となって、 世の中が大競争 (メガコンペテション) の時代になった結果である。 在来の方式に甘んじていた企業は致命的な打撃を受けており、 国内・国際政治の枠組みについても、 新通貨ユーロの発足やロシアの急激な衰退など漫然たる方式で処理できない緊急事態が迫っている。 今のような曖昧無為な状態で年を送ることが続けば、21世紀も20世紀に劣らぬ混乱した世紀になるのではと懼れる。 勇猛心を奮い起こして、 積弊の除去に一大革新をもってし、 新しい年を迎えなければ、 日本の再興も望むべくもなかろう。

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