1998年09月25日

「速さがものをいう」

細見 卓

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日本には人生についての指針を示すいろいろな諺がある。 例えば 「急いてはことを仕損じる」 あるいは 「急がば回れ」 といったような、 慌ててことにあたることの愚を諫めるものがある。 また一方 「先んじれば人を制す」 とか 「機会は後髪をつかめない」 など、 機敏にことを処することの重要性をうたったものも多い。
社会現象はこのように複雑であり、 微妙な取り組みを必要とするというのが日本人の知恵であった。 しかしよく見ると、 ことを急がないことの良さを説くのは平和な変化の激しくない時代に多く、 社会に急激な変革が起こっている時にはどちらかといえば迅速な断固たる決断をたたえているようである。


際立ってきた先発企業の優位性
たしかに最近の日本経済は先手必勝というのではなく、 むしろ独禁法などに煩わされない二番手の方が自由に振舞えて都合が良い、 というような考え方が多かった。 ちょうどスケート・ランナーが先頭に立つのを避けたがるのと同じような心理であろう。
しかし、 ベルリンの壁が壊れた後の自由経済世界は従来の東西対立一本の図式ではなく、 東西入り乱れての先陣争いといった様相を呈している。 元来経済には 「収穫逓減の法則」 があるとされてきた。 それは一番手が必ず最大の利得をえるばかりでなく、 ある意味で後発による競争が保障される社会をあらわすものでもあった。 しかしながら、 産業がソフトに重点を置くようになってからは、 いわゆる収穫逓増の現象もまま見られるようになり、 さらに交通・通信の発達は先発企業の生産方式を中心とした製品のスタンダード化が容易に行なわれるようになった。 すなわち先発による"デ・ファクト・スタンダード"の確立が一般化しつつある。 市場での優位性を一度確立すると、 製造業に限らずサービス産業においてもその優位性は容易に崩しがたくなり、 後発による追い上げがますます困難となってきている。


競争への意識変革が必要
それは日本の金融産業が現在陥っている悲惨な状況をみればわかることである。 日本の金融産業は業界の小さな調和と横並びにこだわって、 全体の危機が迫ってくるのに気づくのが遅かった。 つまり先手必勝の弱肉強食的世の中に変わっていくことの認識が甘かったといえよう。 「となり百姓」 というような狭い視野で、 日本の金融情勢だけを念頭に置いている間に、 世界の金融技術とネットワークは日本をはるかに凌駕する進展を遂げていた。 このことは日本人がこうした金融の先端技術の分野で不適格であるということを示すものではなく、 日本人にもこれら金融の新技術を身につけた人が多くいるに違いない。 それにもかかわらず、 企業としてそれを取り上げる決断ができず、 またそのような決断ができる経営者がいなかったということであろう。
猛烈な競争意識に駆られ先へ先へと先手必勝的競争に走るアングロサクソン社会に対して、 わが国の社会は競争に駆り立てられることを嫌い、 まず仲間のやり方を見て良かったら真似をするような自主性のない安易な経営が蔓延していたことによる。 いまや世界では日本の立ち後れをさしおいて、 さらにスピードを上げながら金融経済全般の革新が進んでいるようである。 従来の安易な 「競争のない社会は良い社会だ」 式の考え方で、 面倒なことを先送りしながら様子を見るというやり方ではもはや世界に伍していけるようなものではない。
好むと好まざるにかかわらず、 世界では 「速いことは良いことだ」 「先に行ったものが最も豊かになり報いられる」 といったルールが支配的になっている。 日本も一刻も速くそれに適応する必要がある。 市場の動向を迅速に把握して果断に対応し、 行き過ぎれば後で調整するくらいにしなければ、 市場から見放されることを知るべきであろう。

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