1990年10月01日

国連の旗の下の平和

細見 卓

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ソ連のペレストロイカを巡る動きによって招来した、軍事超大国による世界の二極支配の崩壊は、冷戦の収束をもたらし、軍縮を通じて所謂平和の配当が期待される時代が訪れると皆が予想した。しかしながら、最近のイラクのクウェート侵攻にみられるように、従来にない言わば中規模の軍事国家間の衝突の危険性は、超大国の影響力の減少の結果、むしろ大きくなっているように思われる。言葉を換えて言えば、近代の軍事技術の進歩によって軍事的中位国も強力な破壊兵器の保有が可能となり、その軍事力を背景として軍事的圧力を行使するような事態が起こった時には、それらの国々がいきなり世界を引回す舞台の中心にとび出てくることとなった。今回のイラクのクウェート侵攻においては、そうした軍事的冒険に対処するための緊急対応策ができていないことが暴露されて、世界はそういう中位国の軍事的跳ね上がりに対して如何に世界の平和を維持していくかについて、新しい大きな未解決の課題を抱え込むこととなった。軍事超大国時代の終焉、世界の恒久的平和というパラ色の夢を持った世界、少なくともその希望を持っていた先進国に対して、イラクのクウェート侵攻は強い衝撃を与えている。

国連の旗の下における世界の共同治安管理について準備ができていない現在の段階でのイラクの軍事的冒険は、米国という軍事超大国の治安維持活動に頼る形にもう一度立ち戻る必要を示しているようにもみえるし、そのような言わば逆行ではない新しい世界平和の共同管理体制というのは、最近の国連の対イラク制裁活動の実態をみていても、まだ十分に有効なものとして機能していないと思われる。確かにフセイン大統領は情勢判断を誤り、米ソ超大国の葛藤がイラクの軍事冒険に対する抑制行動を麻庫させるという期待はソ連の大転換によって空しいものになってしまっている。そのことは事実だが、ソ連が未だ国連の共同の軍事行動の旗の下に一体として参加するというところまではきていないし、また伝えられるところによれば、欧州の共同行為に対する各国の熱意、貢献の度合いにも差があるようである。従って、理念的には軍事超大国による世界支配が終わって、世界の主要国による世界平和の共同管理の時代に入っていかざるを得ないにもかかわらず、国連の旗の下における共同行為についてはまだ克服すべき色々の障害があるように見受けられる。現在のような状況が続くと、パックスアメリカーナへの後戻りも避けがたいと思われる。しかしながら、米国の経済力の相対的な減退は否定できないところであり、今後も武力衝突をも招来しかねない世界の治安維持を米国一国のみに負担させるということは、米国の国力からして限界があり、米国世論もそのことを受け付けなくなると推察される。とすれば、国連の旗の下における米国をはじめとする各国の共同治安維持行為の機能的な役割分担、経済的負担の分担について、今や世界は新しいシステムを作り上げなければならない時と思われる。さもなければ、米ソの後退は世界各地において軍事中位国の台頭、あるいは平和撹乱行為を惹起することになり、ついに世界は有効な対抗手段を持たないこととなる心配があるのではなかろうか。

このことは日本にとっても非常に大きな政策転換を要求するところであり、戦後約半世紀を経て戦後体制に綻びが出てきて、新しい体制の必要が痛感される時代に日本だけが戦後体制にしがみついているということは、国際情勢、客観情勢からみて許されることではない。日本の外交は国連主義をとり、安保理事会の理事国の地位も占めたいというのが我が国の外交政策であるならば、国連へのコミットメントの体制をいかにすべきかを根本的に考え直していかねばならない時期と思われる。世界の平和というものは、国連に常備軍がない限り、国連による行動を助けるメンバー国の強力なバックがなくては、維持できないのであり、国連主義を標榜するならば今の日本の地位に相応しい役割は何かということを考えるべきであり、まして日本は大きな経済力を持つ国になっているだけに、相応の負担、貢献を積極的に行わねばならないと考える。さもないと、国際協調の誠意を欠く利己的な国として孤立化していく恐れが大きい。

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