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コラム
2024年04月18日

サイレントマジョリティ⇒MAGAで熱狂-米国大統領選挙でリベラルの逆サイレントマジョリティはあるか-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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1――ニクソン大統領が呼びかけたサイレントマジョリティ

日本語でサイレントマジョリティとネット検索を行うと、アイドルグループ欅坂46のデビュー曲が上位に出るが、本来の意味は大人に抑圧される少年少女ではなく、舞台の上で歌って踊るようなイメージでもない。

米国でこの言葉が最初に登場するのは、1969年11月、共和党のニクソン大統領の演説においてである。ベトナム反戦運動が激化し即時撤兵が叫ばれる中、ニクソン大統領は「わが同胞たる米国人の偉大なるサイレントマジョリティ1」と呼びかけ、南ベトナムが力をつけるまで漸進的な撤兵とすることに理解を求めた。燃え盛るベトナム反戦運動は都会の知識人や大学生たちによるものであって、米国民の多くは語らないだけで彼らに同意しているわけではないと見越してのものであった。

マジョリティ(多数)という言葉から明白なように少数の人種や極貧層を特定する意図はない。むしろ平凡な、都会の高学歴エリートたちの言動を苦々しく思っているけれど意見を声高に表明することはない多数の米国人を意味する言葉となった。

ニクソン大統領の演説とは時期が前後するが、それまでの米国の常識とは一線を画する状況-公教育での礼拝の禁止や人種統合、妊娠中絶や同性愛の容認、フェミニズムの台頭、アファーマティブアクション(人種差別積極的是正措置)、ヒッピー文化など-が進んだ時代であった。地方に住みキリスト教を信じる白人労働者の眼からは、自分たちを置き去りにして世の中が変わっていくように感じられたことであろう。しかし物言わぬ彼らこそ実は多数である。そのようなサイレントマジョリティを忘れなかったニクソン大統領は1972年の大統領選挙で地滑り的圧勝によって再選を果たした。
 
1 原文は”The great silent majority of my fellow Americans”

2――MAGAの元祖はレーガン大統領

振り返れば1970年代は米国が最も自信を失った時期と言えよう。ウォーターゲート事件を受けてのニクソン大統領の任期途中辞任、米国史上初の敗戦と言われての南ベトナムからの撤兵、民主党カーター政権による弱腰外交、そして不況と物価高が同時進行するスタグフレーションなど混迷が続いた。

このようなときに共和党の大統領候補として登場したのがレーガン氏であった。1980年の大統領選挙において、レーガン氏はLet’s Make America Great Again(米国を再び偉大な国にしよう)を旗印に掲げ、その陽気なキャラの下に支持勢力が集まった。今でこそ略称のMAGAはトランプ氏の支持者やその活動の代名詞と化しているが、元はレーガン氏が苦境の米国を鼓舞しようと定めた選挙スローガンであった。

支持勢力の中で重きをなすようになったのがキリスト教右派であった。レーガン氏自身は敬虔なクリスチャンではなかったものの、妊娠中絶の禁止などキリスト教右派の価値観を公約に掲げて自らの陣営に取り込んだ。その多くは地方の白人労働者階級に属し、ニクソン大統領がサイレントマジョリティと称した人たちであった。著名な福音派の伝道師ジェリー・フォルエルが組織した団体は名前からしてモラルマジョリティ(道徳の多数派)である。遂にサイレントマジョリティが声を上げて政治に参画するようになった。

これらの勢力はニューライトまたはキリスト教ライトと呼ばれ、レーガン氏の下に保守勢力が結集したとも言われる。しかし封建制の歴史を持たず自由の国としてスタートした米国にとって保守されるべきは自由主義である。本来の保守は個人の自由を尊重し経済面では市場の原理に委ねる2ところ、社会規範や教育文化に関しては政府がしっかり統制すべきというニューライトは当初から保守の中で異質な面を有していた。保守と呼ぶよりも、リベラルが推進する新しく多様な価値観に抵抗する人たち、との定義が単純ながらも実態に近いであろう。

さておきニューライトも取り込んだレーガン氏は大統領選挙に勝利し、再選を経て8年間政権を保つ。新しく多様な価値観に抵抗する人たちが共和党を支援する体制は今日にまで至っている。
 
2 佐々木毅「アメリカの保守とリベラル」(1993年)14頁「ところでこの議論は自由主義というシンボルをめぐって激しい議論がアメリカで繰り広げられたことを示している。このうち、個人主義的で自由放任主義に傾斜する古いタイプの自由主義は保守主義と呼ばれるようになる。(中略)個人の独立独歩を強調し、誰にも頼らない点で、いわゆる起業家や西部劇の世界が保守主義のアナロジーとして用いられる。」

3――トランプ氏による2度目のMAGA

とはいえ近年は共和党の中でニューライトには好ましくない状況が続いていた。2008年はリベラル寄りのマケイン氏、2012年はモルモン教徒のロムニー氏が同党の大統領候補に選出され、どちらも民主党のオバマ大統領に敗退した。自分たちの声はもう共和党のエリート達には届かないのではないか。後の第2次MAGAと完全に重なるわけではないが、この頃に草の根的に発生した抗議運動がティーパーティーであった。

折しも貧富の格差はレーガン時代とは比較にならないほど拡大した。一部のエリート、セレブへの反発は共和党だけではない。民主党の予備選挙においても2016年、大統領候補の本命であったヒラリー・クリントン氏は社会主義者サンダース氏を振り切るのに予想外の時間を要した。かつてのサイレントマジョリティあるいはニューライトの白人労働者も徐々に中流階級から脱落していく中、共和党に登場したのがトランプ氏であった。

米国第一主義など過激に見えるトランプ氏の主張の多くは、実は過去に保守の政治家や論客が主張した内容でもあり、人格はさておき政策はエリート保守からも評価される素地があることを指摘しつつも、その強さはやはり岩盤支持層にある。地方の白人労働者がMAGA帽子をかぶって熱狂しつつトランプ氏を迎え入れ、トランプ氏は政治を握るエリート層への反抗を煽る。かつてサイレントであったことからは全く様変わりである。2016年の大統領選挙では、米国全体での得票数で民主党のヒラリー・クリントン氏の後塵を拝しつつも、選挙人数で上回り勝利3した。トランプ氏自身は高学歴の大富豪であるが、都会の高学歴エリートが世の中を変えていくことに抵抗する人たちの心を掴んだのは、セレブ感に満ちたヒラリー・クリントン氏ではなく口汚いトランプ氏であった。

このようなトランプ氏を共和党の中でもポピュリズム(大衆迎合主義)と批判4する声もあるが、サイレントマジョリティ―がニューライトとしてレーガン氏のMAGAに加わった時点で、そもそも保守あるいは共和党におけるポピュリズム部分であったとも言える。この勢力をトランプ氏が再び活性化し強力な支持を得た事実はエリート保守も否定できないであろう。
 
3 大統領選においては基本的に各州別の勝者がその州の選挙人を総取りする。ヒラリー・クリントン氏は全米の得票数でトランプ氏に対し300万票近い差をつけたものの、州ごとの勝敗を受けての獲得選挙人数で敗れた。
4 2012年に共和党の副大統領候補となり下院議長も務めたポール・ライアン氏は、トランプ氏が主導する現在の政治状況について「ドナルド・トランプというカルト的な個性に主導されたポピュリズム(大衆迎合主義)だ」と断じた(2024.4.3日本経済新聞)。

4――2024年大統領選挙

トランプ氏は2024年の大統領選挙で共和党の大統領候補になることが確実になった。2016年の大統領選挙ではヒラリー・クリントン氏の優位が報じられる中での逆転勝利であった。その際は、トランプ支持を表立っては明かさないものの、実は支持する「隠れトランプ」が一定数いたのではないかと報じられた。打って変わってトランプ氏は今回、支持率調査で民主党の現職バイデン大統領に先行している。

それだけMAGAの勢いが凄まじいということでもあろうが、ではMAGAが抵抗せんとする新しく多様な価値観を信じる人たちは現状をどうみているのだろうか。いわゆるリベラルの価値観も今となってはかなりの年数を経た。その中でおそらく最も歴史が浅いと思われる気候変動問題でさえ、パリ協定5から約9年、京都議定書6からは約27年が経過している。このような状況下、MAGAが叫ぶ伝統価値観がむしろ新鮮に見えてくる面もあろう。

他方、民主党のエリート層ではなくとも、普段は政治的意見を発信しなくとも、これまでは投票に行くことがなかったとしても、新しく多様な価値観が守られるべきだと信じる庶民はいるであろう。特にトランプ氏の優勢が伝えられ、2期目となれば前回在任時よりも独裁傾向が強まるとも懸念されている状況であれば「隠れリベラル」が民主党候補に投票することもあろう。MAGAの喧騒をよそに、ニクソン大統領時代とは逆にリベラルがサイレントマジョリティだったという結果が出るかもしれない。

もちろん投票先のバイデン大統領が米国の男性平均寿命をかなり上回る高齢7であることなど、その資質が気にならなければの話であるが。
 
5 2017年、共和党のトランプ政権はパリ協定からの離脱を表明。国連の規定により公式の離脱は2020年11月となったが、政権交代後の2021年1月に民主党のバイデン政権は再加盟を表明し同年2月に正式復帰が認められた。
6 2001年、共和党のブッシュ政権は京都議定書に参加しないと表明した。
7 OECD ”Life expectancy at birth by sex, 2021 and 2022 (or nearest year) ”によると米国男性の平均寿命が73.5歳のところ、次期大統領に選ばれた場合、就任時にバイデン大統領は82歳である。
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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人アフリカ協会
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

(2024年04月18日「研究員の眼」)

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