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2025年08月12日

世界のプレコンセプションケアから学ぶ日本の在り方-早急なエビデンス構築と政策評価のための指標の明確化、包括的セクシャリティー教育の推進-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――はじめに

プレコンセプションケアとは、2006年にCDCが、2013年にWHOが提唱した概念であり、妊娠前のカップルに対して医学的・行動学的・社会学的な保健介入を行うことである。日本では、2021年2月に閣議決定された成育医療等基本方針において明記され、「女性やカップルを対象として、将来の妊娠のための健康管理を促す取り組み」と定義、男女を問わず相談支援や健診等を通じて、将来の妊娠のための健康に関する情報提供や体制整備を図る方針が示された1。また、「経済財政運営と改革の基本方針2024」に「相談支援等を受けられるケア体制の構築等、プレコンセプションケアについて5か年戦略を作成した上で着実に推進する」旨が明記され2、2025年5月には子ども家庭庁より「プレコンセプションケア推進5か年計画(最終報告)」が公表されるに至った3

本稿では、日本がプレコンセプションケアを展開していくにあたり、参考となる世界各国のプレコンセプションケアに関する取組みについて概説し、日本のプレコンセプションケアの在り方について考えていきたい。
 
1 乾愛 基礎研レポート「プレコンセプションケアとは?(3)」(2022年10月31日)
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72831?site=nli
2 「経済財政運営と改革の基本方針2024」(令和6年6月21日閣議決定)(抄) https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/19f3feb3-912a-4741-9bd9-7f523d28e971/19bf7086/20240808_councilsA_kodomonojisatsutaisaku-  kaigi_19f3feb3_11.pdf
3 子ども家庭庁「プレコンセプションケア推進5か年計画~性と健康に関する正しい知識の普及と相談支援の充実に向けて~」https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/355db5bf-037d-4d17-bd25-d1382da80d5f/0b580c68/20250701_councilspreconception-care_05.pdf  

2――世界各国のプレコンセプションケア

2――世界各国のプレコンセプションケア

世界のプレコンセプションケアでは、その概念提唱の起源となった米国、早期からエビデンスの構築に取り組んだオランダ、性と生殖の健康に重点を置いているスウェーデンの内容を取り上げる。
1|米国:PCHHCのShow Your LoveとCDCのRLP
冒頭でも紹介したように、米国では2006年に米国疾病予防対策センター(以後、CDC)が、米国の先進国の中でも突出して高い周産期死亡率や若年者の望まない妊娠の増加などを背景に、すべての生殖可能年齢にある女性の健康状態を改善し、意図しない妊娠やリスクを減らすことを目的に、プレコンセプションケアの指針を掲げた4

この指針とともに、PCHHC5(National Preconception Health and Healthcare initiative : 以後、PCHHC)が創設され、この組織の「消費者」「臨床」「公衆衛生」「政治」「調査・データ」5つの作業部会は、「妊娠前の健康に関する男女の知識、態度、行動を改善する」「すべての妊娠は意図され計画されたものである」「健康の公平性を構築し、出産結果の格差をなくす」「生殖年齢にある男女が高いレベルの健康状態を維持し、リスクが最小限に抑え、最高な健康状態で妊娠に臨めるような質の高いサービスを享受する」「産後や妊娠期間中の介入を通じて、母体や胎児、乳児に悪影響を及ぼしたリスクを軽減させる」ことを目的に活動を展開している。

具体的な取組み内容としては、臨床医や医療従事者に対して主要論文やガイドラインを集約し迅速な情報提供ができるサイトである「Before, Between & Beyond Pregnancy」がある6。日本ではまだプレコンセプションケアに関する科学的なエビデンスの収集やガイドラインの策定方針を検討中の段階であるが、同様のサービスが構築されると、一般相談や専門相談を担う医療機関を目標値以上に展開できる足掛かりとなる可能性がある。

また、2013年には、PCHHCの消費者ワーキンググループが、若い男女の健康を改善し、妊娠前の最適な健康と生殖に関するライフプランニングを促進することを目的とした全国キャンペーンであるShow Your Love(SYL)を開始している。

米国では、10年ごとに国民の健康増進を目的とした目標と指針を示す「Healthy People 」7が公表されているが、この中の母子保健(MICH)の目標(14~16)には妊娠前の健康に焦点を当てており、プレコンセプションケアは国家主導の国民健康施策に位置付けられていることが分かる。また、CDCは、オレゴン州のリプロダクティブヘルス財団が開発したReproductive Life Planning(以後、RLP)というツールを推奨している。これは、「来年中に妊娠したいですか」など将来の家族計画(子ども希望、いつ頃、何人等)に関する質問(One Key Question)に対し、現時点での考えを「はい、いいえ、分からない、どちらでもいい」で回答する方式のもので、この結果を基に、具合的な妊娠計画や治療方針を提示するために活用されるものである。
 
4 CDC(2006)”Recommendations to Improve Preconception Health and Health Care — United States” https://www.cdc.gov/mmwr/pdf/rr/rr5506.pdf
5 The National Preconception Health and Health Care Initiative (PCHHC) https://www.mombaby.org/pchhc/
6 Before, Between & Beyond Pregnancy  https://beforeandbeyond.org/ 
7 CDC,Healthy People 2020.  https://www.cdc.gov/nchs/healthy_people/hp2020.htm
2|オランダのmHealth
2022年2月に国立成育医療研究センターにて開催されたセミナー資料8を参照すると、エラスムス大学のRegine PM Steegers-Theunissen教授によれば、早くからプレコンセプションケアのコホート研究9が進んでおり、プレコンセプションケア介入による良好な生殖転機10が科学的実績として得られたことにより、社会実装に踏み切っているという。このオランダのプレコンセプションプログラムでは、「葉酸摂取」「地中海式ダイエット」11「減量」「禁煙」に関する行動目標を掲げてライフスタイルへの介入を試みているが、受胎前のカップルを対象としたプログラムでは、医療職による医療的ケアに任せきりになったり、個人のライフスタイルには介入して欲しくないとの要望や、そもそも健康的な行動変容に関心がない層が一定数認められたことを契機に、受胎前の若年期からの介入とカップルに限らず全母集団への介入が重要視されるようになった。その結果、2007年から2012年には、プレコンセプションケアクリニックでパーソナルカウンセリングが開始され、3,500名に対して問診やホモシステイン検査、ビタミンB12 の検査と保健指導を実施し、健全な妊娠に向けてのリスク要因が30%減少、IVFによる妊娠確率が65%上昇するなどの臨床実績を得ることができた。ただ、この介入方法については、費用面での課題が生じたため、費用対効果や全母集団への展開を視野においてwebベースのアプリケーションを用いたライフスタイル改善プログラムが開発された。このmHealth12のsmarter pregnancyでは13、普段の栄養摂取状況や運動習慣などの簡易的な質問にいくつか回答した上で、個人のリスク評価に合わせた提案がなされ、この提案に応じて具体的なライフスタイル改善のための知識と行動目標を得られる仕組みとなっている。この手法は、他のライフスタイルプログラムの結果と比較検証され、コスパや行動改善に最も適した手法であるとの結果が得られている。現在、オランダの科学的エビデンスが確立されたこれらの手法が、世界各国のクリニックにて導入が進んでいるところである。
 
8 国立成育医療研究センター「「"性"と妊娠・出産における光と影-「世界」を知り、日本の未来を描く」vol.2」https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/pcc_report/220217.html
9 コホート研究とは、仮説として考えられる共通の特性を有する集団(曝露群)と持たない集団(火曝露群)とを長期間追跡し、特定の要因と疾病の罹患率又は健康状態の変化との関連性を調べる疫学的な研究手法である。
10 生殖転機とは、生殖に関する機能や能力が異なる結果へ変化したことを示す。例えば、保健介入により、従来の結果よりも妊娠確率が上昇したり、不妊症リスクが低減した結果となることを示す。
11 地中海式ダイエットとは、野菜、果物、全粒穀物、魚介類、オリーブオイルなどを豊富に摂取し、肉類や乳製品を適度に制限する地中海沿岸地域の伝統的な食文化を用いた健康改善のことである。
12 mHealthとは、スマートフォンやタブレット端末等を活用して提供される医療や診療サポート(健康管理)のことを示す。ヘルスケアアプリやウェアラブルデバイスを利用した、健康管理である。
13 smarter pregnancy  https://www.smarterpregnancy.co.uk/
3|スウェーデンのSexual and Reproductive Health/Rights
スウェーデンは、母子保健に関するサービスや妊娠・出産に関するケアについて、ほぼ全額が公費でカバーされる仕組みであり、プレコンセプションケアに関するカウンセリングや検査等もほぼ無料で提供されている。

特に、スウェーデンは上述したCDCが推奨しているRLPをカウンセリングツールとして活用しており、性や健康に関する情報について十分な知識を得た状態で、個人の希望に沿って適切に選択ができることを目的に導入されている14。これらのカウンセリングは、主に助産師が対応しており、その際に、生活習慣の改善指導や、慢性疾患の管理、感染症予防やワクチン接種、遺伝カウンセリングなどプレコンセプションケアに関する保健指導も実施されている。

また、RLPのカウンセリングの際に、子ども希望がない者に対しては、避妊指導を徹底しており、健全な妊娠を前提とした元々のプレコンセプションケアの概念とは一線を画すところである。これらの対応は、誰もが性や生殖に関して、心身ともに健康で、自分の意思で選択できる自由を示す「Sexual and Reproductive Health/Rights;以後、SRHR」に基づくものであり、「妊娠をしたくない」、「子どもを持ちたくない」とする個人の意思決定を尊重し提供されるケアの一部ともなっている。

さらに、スウェーデンでは、日本の様な性感染症予防や望まない妊娠に対応した性行為回避に重点を置く教育ではなく、生殖に関する基本的な知識を含む性教育が長年、学校教育で実施されることが義務づけられているのが特徴的である15。ユースクリニック16の導入も進んでおり、思春期時期の若者への保健指導の機会も十分に確保されている。
 
14 Preconception health in Sweden(2021)
 https://www.diva-portal.org/smash/get/diva2:1535519/FULLTEXT01.pdf
15 https://academic.oup.com/humrep/article/28/9/2450/599392 
 Agency for School Improvement, 2005 Hela livet: 50 år med sex- och samlevnadsundervisning
 http://www.skolverket.se/polopoly_fs/1.95608!Menu/article/attachment/hela%2520livet.pdf
3 January 2013, date last accessed
16 ユースクリニックとは、主に10歳代から20歳代前半の若者を対象に、性や身体の悩みなどについて医師や看護師などに相談できる医療機関や外来のことを指す。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年08月12日「基礎研レポート」)

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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・不妊治療・月経随伴症状・プレコンセプションケア等

経歴
  • 【職歴】
    2012年 東大阪市入庁(保健師)
    2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了(看護学修士)
    2019年 ニッセイ基礎研究所 入社

    ・大阪市立大学(現:大阪公立大学)研究員(2019年~)
    ・東京医科歯科大学(現:東京科学大学)非常勤講師(2023年~)
    ・文京区子ども子育て会議委員(2024年~)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

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