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2025年07月11日

トランプ関税の日本経済への波及経路-実質GDPよりも実質GDIの悪化に注意

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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米国向け輸出数量は横ばい圏で踏みとどまる

図表1 米国向け輸出数量指数の推移 トランプ関税後の経済指標が発表されているが、現時点でその影響は限定的にとどまっている。財務省の「貿易統計」によれば、米国向け輸出は2025年4月に前年比▲1.8%と4ヵ月ぶりに減少に転じた後、5月には同▲11.0%と減少幅が急拡大した。しかし、輸出減少のかなりの部分は円高に伴う輸出価格の低下によるもので、数量ベースでは2025年4月が前年比1.2%、5月が同▲1.4%となっている。米国向け輸出数量指数を季節調整値(筆者による試算値)でみると、4月が前月比0.3%、5月が同0.6%、4、5月の平均は1-3月期比で0.3%となっており、関税が引き上げられた中でも、数量ベースの輸出は横ばい圏で踏みとどまっている(図表1)。
25%の追加関税が課せられた米国向け自動車輸出は4月に前年比▲4.8%と4ヵ月ぶりに減少した後、5月は同▲24.7%と減少幅が急拡大した。輸出数量は4月の前年比11.8%から5月には同▲3.9%と減少に転じたが、減少幅はそれほど大きくない。一方、輸出価格は3月の前年比▲1.5%から4月に同▲14.8%と急低下した後、5月は同▲21.7%とマイナス幅がさらに拡大した。米国向け自動車輸出は輸出価格の急低下を主因として大幅に減少している(図表2)。

貿易統計の輸出価格指数は円ベースのため、為替変動の影響が含まれるが、日本銀行の「企業物価指数」では、契約通貨ベースと円ベースの輸出物価指数が公表されている。北米向け乗用車の輸出物価指数を契約通貨ベースでみると、3月の前年比▲1.5%から4月が同▲8.1%、5月が同▲18.9%、6月が同▲19.4%とマイナス幅が急拡大している(図表3)。米国向け自動車輸出の価格が大幅に低下したのは、円高よりも契約通貨ベースの価格が急低下した影響のほうが大きいことが読み取れる。

関税引き上げによる輸出への影響は、価格競争力低下による数量の減少と数量の落ち込みを緩和するための輸出企業の価格引き下げに分けられる。現時点では、自動車メーカーが値下げをすることにより関税コストを一定程度吸収していると判断される。
図表2 米国向け自動車輸出の推移/図表3 輸出物価(北米向け乗用車)の推移
関税引き上げによる輸出への影響は、価格競争力低下に伴う数量の減少と数量の落ち込みを緩和するための輸出企業の価格引き下げに分けられる。米国向け自動車輸出は5月には数量、価格ともに落ち込んだが、価格の落ち込みによる影響が圧倒的に大きい。関税コストを一定程度吸収するために、自動車メーカーが価格の大幅な引き下げを行っていると判断される。
図表4 米国向け鉄鋼輸出の推移 一方、3月から25%の追加関税が課せられている(6月に50%まで引き上げ)米国向け鉄鋼輸出は4月の前年比▲29.0%から5月には同▲1.5%と減少幅が大きく縮小した。5月は数量、価格ともに低下幅が前月から大きく縮小した(輸出数量:4月:前年比▲20.3%→5月:同▲0.9%、輸出価格:4月:前年比▲10.9%→5月:同▲0.6%)。鉄鋼は自動車と異なり価格の大幅な低下は見られない(図表4)。

トランプ関税への対応は産業によって異なっている。米国に輸出する自動車は日本の海外子会社が米国で販売しているケースが多い。日本の親会社が米国でのシェアを維持するために関税引き上げ分のコストを負担していることが推察される。

自動車産業の収益計画が大きく下振れ

自動車産業の収益計画が大きく下振れ

米国向け輸出の数量が減少しても価格が低下しても、輸出金額が落ち込むことに変わりはないが、輸出減少が価格の低下によってもたらされた場合のほうが輸出企業の収益は大きく悪化する。

経常利益への影響が両者で異なるのは以下のような理由による。「経常利益=売上高-固定費-変動費」で表される。まず、人件費、減価償却費などの固定費は売上高に連動しない。このため、売上高が減少すると売上高固定比率は上昇(悪化)する。たとえば、輸出数量が10%減少した場合、輸出価格が10%低下した場合ともに売上高は10%減少するため、売上高固定比率の上昇(悪化)幅も等しくなる。

これに対し、原材料費、販売手数料、運送費などの変動費は売上数量に連動する性質がある。したがって、輸出数量が減少した場合には売上数量の減少に応じて変動費も減少するが、価格の引き下げを行った場合には売上数量が減少しないため、変動費も減少しない。この結果、価格の引き下げによって売上高が減少した場合は、売上高変動比率の上昇(悪化)による収益の下押し要因が加わるのである。
図表5 売上高が10%減少した場合の経常利益の変動(数値例)(外部購入ゼロの場合) 輸出金額の減少が数量の減少によってもたらされた場合、輸出企業の減益幅は小さくなるが、その分下請け企業の収益が悪化する。

たとえば、図表5のケースでは、A社の売上数量が10%減少した場合、A社の経常利益は▲30となるが、売上価格が10%低下した場合、A社の経常利益は▲100となる。また、A社の売上数量が減少した場合には、下請け会社B、C、Dは売上高が減少し、経常利益も減少する。A社の売上価格が低下した場合には、下請け会社B、C、Dは売上高、変動費ともに変わらないため1、経常利益も変化しない。全体(A+B+C+D)の経常利益は、売上数量が減少した場合と売上価格が低下した場合ともに▲100で変わらない。

なお、このケースは、ある企業の変動費は別の企業の売上高となる、すなわち外部購入ゼロを仮定している。外部購入がある場合には、売上価格が低下した場合のほうが、売上数量が減少した場合よりも全体の経常利益の減少幅は大きくなる。
 
前述した通り、現時点ではトランプ関税による影響は部分的にとどまっているが、自動車産業では輸出価格の大幅低下が明確となっており、このことが自動車産業の収益計画に反映されている。
図表6 日銀短観の売上・収益計画 日銀短観2025年6月調査では、2025年度の経常利益計画(全規模・全産業)が前回3月調査から▲0.6%下方修正され、前年度比▲5.7%となった。非製造業は前回調査から2.3%上方修正され、前年度比▲3.7%となったが、製造業が前回調査から▲4.5%下方修正され、前年度比▲8.4%となった。特に目立つのは、自動車が前回調査から▲24.9%の大幅下方修正となり、前年度比▲23.4%の大幅減益計画となったことが、全体の経常利益を大きく押し下げたことである。自動車は輸出の伸びが若干下方修正されたことに加え、売上高経常利益率が前回調査から▲3.05ポイントの大幅悪化となったことが経常利益を大きく下押しした(図表6)。輸出価格の低下が利益率の悪化をもたらしている。
 
1 A社の売上価格低下分をB、C、D社が負担しないと仮定

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(2025年07月11日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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