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2025年07月02日

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3.福岡オフィス市場の見通し

3-1.新規需要の見通し
(1)オフィスワーカー数の見通し
住民基本台帳人口移動報告によると、福岡市では長期的に転入超過が続いており、2024年の転入超過数は+8,507人(前年比▲5%)となった(図表-11)。

また、2024年の福岡県の就業者数は265.0万人(前年比+2.4万人)となり、13年連続で前年比プラスとなった(図表-12)。
図表-11 主要都市の転入超過数/図表-12 福岡県の就業者数
以下では、福岡のオフィスワーカー数を見通すうえで重要となる「福岡財務支局」の管轄下3県(福岡県・佐賀県・長崎県)における「企業の経営環境」と「雇用環境」について確認したい。

内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「企業の景況判断BSI3」(福岡財務支局)は、コロナ禍を受けて2020年第2四半期に「▲53.7」と一気に悪化した。その後は、回復と悪化を繰り返しながら推移し、2025年第2四半期は「▲5.1」となった(図表-13)。

また、「従業員数判断BSI4」(福岡財務支局)は、新型コロナウィルス感染拡大後、「+22.5」(2020年第1四半期)から「+5.2」(第2四半期)へ大幅に低下した。その後は順調に回復し、足もとでは「+25.4」とコロナ禍前の水準を上回っており、人手不足感が強い(図表-14)。
図表-13 企業の景況判断BSI(全産業)/図表-14 従業員数判断BSI(全産業)
こうした人手不足感を背景に、企業の採用意欲は高まっている。西日本新聞が九州の主要企業を対象に実施した2026年春の採用計画調査によれば、2025年春より採用人数を増やすと回答した企業は約3割に上り、その理由として最も多かったのは「人手不足への対応」であった5

また、帝国データバンク「2025年度の雇用動向に関する九州企業の意識調査」によれば、業種別の「正社員の採用予定」について、採用を増やすとした割合は、「金融業」が39%と最も高く、次いで「サービス業」が26%となった。

福岡市では、人口の流入超過が継続しており、福岡県の就業者数も増加が続いている。また、「企業の経営環境」は一進一退の動きをみせているものの、「雇用環境」については人手不足感が強く、金融業やサービス業を中心に企業の採用意欲が高まっている。

以上を鑑みると、福岡市のオフィスワーカー数が大幅に減少する懸念は小さいと言える。
 
3 企業の景況感が前期と比較して「上昇」と回答した割合から「下降」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど景況感
が悪いことを示す。
4 従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。
5 西日本新聞「26年春 九州主要企業調査 「中途採用の強化」7割 人材確保へ工夫 社員の知人推薦も」(2025年5月10日)
(2)福岡県内企業におけるオフィス環境整備の方針
福岡商工会議所「地場企業の経営動向調査(令和6年度第4四半期)」によれば、2025年度の設備投資に関して、約5割の企業が設備投資を実施すると回答した。設備投資の内容としては、「既存設備の維持・補修」(46%)が最も多く、次いで「情報化(IT・デジタル化)関連」(36%)、「設備の代替え」(29%)、「事務所等の改装・増設・拡大」(19%)の順に多かった(図表-15)。一定数の企業では、人材確保や従業員満足度の向上などを目的に、オフィス面積の拡張や移転を予定しているようだ。

また、従業員満足度の向上等を目的とした働き方改革が進展するなかで、テレワークの導入が進んでいる。福岡市「福岡市内事業所における労働実態調査」によれば、「ワーク・ライフ・バランス推進のために導入している制度」として「在宅勤務制度(テレワーク等)」を挙げた割合は、令和元年度の7%から令和6年度の32%へと大幅に増加している(図表-16)。

こうした状況を受けて、福岡市ではテレワークを取り入れたフレキシブルな働き方(ハイブリッドワーク)が広がりつつある。ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィスワーカー調査2024」によれば、福岡市のオフィスワーカーに勤務形態を質問したところ、「完全出社(62%)」との回答が最も多く、次いで「ハイブリッドワーク(36%)」が多かった。
図表-15 設備投資の内容(上位5項目)/図表-16 ワーク・ライフ・バランス推進のために導入している制度(上位5項目)
また、ザイマックス不動産総合研究所「大都市オフィス需要調査2024 秋」によれば、福岡市の企業にオフィスに関する課題を質問したところ、「会議室やリモート会議用スペースなどが不足している」との回答が最も多く、約6割に達した。今後は、テレワークへの対応や従業員間のコミュニケーション促進を目指したオフィス環境の整備が進むと考えられる。

多様な働き方が広がるなか、「シェアオフィス」や「コワーキングスペース」等の利用が増えている。ザイマックス不動産総合研究所「フレキシブルオフィス6市場調査2025」によれば、福岡市の「フレキシブルオフィス」の拠点数は「79」で、首都圏以外の主要都市では、大阪市(208拠点)、名古屋市(97拠点)、京都市(81拠点)に次いで多い。テレワークを取り入れた働き方が定着するなか、引き続き、福岡のオフィス需要を下支えするとみられる。
 
6 一般的なオフィスの賃貸借契約によらず、利用契約・定期建物賃貸借契約などさまざまな契約形態で、事業者が主に法人および個人事業主に提供するワークプレイスサービス。「レンタルオフィス」「シェアオフィス」「サービスオフィス」「サテライトオフィス」「コワーキングオフィス」などを含む。
(3)半導体投資拡大がもたらすオフィス需要への影響
AI 技術の進展等に伴い、半導体市場の拡大が注目されている。九州地方では、TSMC(台湾積体電路製造)の熊本進出以降、半導体関係企業の設備投資7が活発であり、地域経済の牽引役として大きな期待が寄せられている。九州地方の2024年の集積回路(IC)の生産額は前年比+14 %増加の1兆3,126億円となり、過去最高(2000年・1兆3,924億円)に迫った8

九州地方の中核都市である福岡には半導体関連企業が集積している。経済産業省「九州半導体関連企業サプライチェーンマップ」によれば、福岡県内に所在する半導体関連企業・事業所は「456」に達する。

九州経済調査協会の調査によれば、九州地域(九州・沖縄・山口)における半導体関連の設備投資による経済波及効果は10年間(2021年~2030年)で約23兆円に達すると推計されている。県別では、熊本県(約13.4兆円)が最も大きく、次いで長崎県(約2.6兆円)、福岡県(約2.1兆円)の順となっている9

また、東京商工リサーチ「2024年度本社機能移転状況調査」によれば、地方別の転入超過企業数(転入企業数-転出企業数)は、九州地方(+148社)が最多であり、すべての県で転入超過となった。県別では福岡県が+32社と最も多い。東京商工リサーチは「TSMCの進出などで、様々な産業で活況が続いていることが表れた」としている10

TSMCは、熊本第1工場で2024年12月から生産を開始しており、さらに第1工場の隣接地で熊本第2工場を2025年内中に着工する予定である11。政府は、2024年11月の閣議決定で、半導体・AI分野に対して、2030年度までの7年間に10兆円以上の公的支援を行い、10年間で50兆円を超える官民投資を促すことで、約160兆円の経済波及効果を実現するとしている12。今後、半導体関連の設備投資や企業進出が活発化することで、福岡のオフィス需要の高まりが期待される。

ただし、足元では、トランプ米政権の関税政策が電子機器や自動車の需要を減退させ、半導体市場の成長を鈍らせるとの懸念もあり13、今後の動向を注視したい。
 
7 経済産業省 商務情報政策局 情報産業課「政策動向について」(令和6年10月)によれば、主な設備投資計画は、4兆7,500億円超。
8 朝日新聞「九州の24年IC生産、14%増1兆3126億円 過去最高に迫る」(2025年2月19日)
9 公益財団法人九州経済調査協会「九州地域(九州・沖縄・山口)における半導体関連設備投資による経済波及効果の更新について」(2024年12月24日)
10 TSRデータインサイト「2024年度「他都道府県への本社移転」 1万6,271社 TSMC効果?九州が転入超過トップ、県別トップは埼玉県」(2025年5月28日)
11 日本経済新聞「TSMC「熊本第2工場、25年後半着工」 技術説明会で」(2025年6月11日)
12 経済産業省「国民の安心・安全を持続的な成長に向けた総合経済対策~全ての世代の現在・将来の賃金・所得を増やす~」(2024年11月22日)
13 日経クロステック「トランプ関税が半導体直撃、個人消費冷やし供給網揺さぶる」(2025年4月23日)
(4)「金融・資産運用特区」指定がもたらすオフィス需要への影響
2024年6月に、政府は、1)東京都、2)大阪府・大阪市、3)福岡県・福岡市、4)北海道・札幌市の4都市を「金融・資産運用特区」に指定した。上記の4地域は、各地域の特色を活かした特区のコンセプトを掲げている。福岡県・福岡市は、「スタートアップ 金融・資産運用特区」を掲げて、アジアのゲートウェイとして金融機能を強化し、福岡・九州のスタートアップ等を育成するとしている。

具体的な取組みは、産学官が連携した「TEAM FUKUOKA」が中心となって推進する。同機関が誘致した企業は、2024 年4月末時点の24社14から2025年6月時点の35社15へ増加した。進出企業は天神地区や博多駅前地区の主要ビルに入居している(図表-17)。
図表-17 「TEAM FUKUOKA」の支援を受けた福岡進出企業の拠点事例
また、厚生労働省「雇用保険事業月報・年報」をもとに算出した値によれば、福岡県の開業率は4.6%であり、沖縄県(5.6%)、埼玉県(4.7%)、愛知県(4.7%)に次いで全国第4位となっている(図表-18)。

福岡市の高い開業率の背景として、1)オフィス賃料等のビジネスコストが首都圏に比べて割安であること、2)空港から市内中心へのアクセスに優れるなど交通利便性が高いこと、3)他の主要都市を比べて人口増加率が高く平均年齢が若いことなどが挙げられ16、さらに、自治体の積極的な支援施策も起業を後押ししている。最近では、外国人による創業を促進する目的として、福岡市内で創業する外国人を対象に住居及び事業所の賃料の一部を補助する施策17も開始された。

今後、金融・資産運用業やスタートアップの企業進出が活発化することで、福岡におけるオフィス需要の拡大が期待される。
図表-18 都道府県別 開業率
 
14 金融庁「金融・資産運用特区実現パッケージ」
15 福岡市「~TEAM FUKUOKA 誘致企業~ 「⾦融・資産運⽤特区を活⽤したベンチャー・ファンド1号の設⽴」 及び「株式会社 Power Angels 福岡進出」について」(2025年6月6日)
16 野村敦子「スタートアップの集積拠点を目指す福岡市の取り組み」日本総研 Research Focus (2018年7月19日)
17 福岡市「2025年度 スタートアップ賃料補助の募集について」

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年07月02日「不動産投資レポート」)

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金融研究部   上席研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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